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サエキけんぞうさん @青春のロシア・アヴァンギャルド展


ID_029: サエキけんぞうさん(ミュージシャン、作詞家)
日 時: 2008年7月8日(火)
参加者: 宮澤政男(Bunkamuraザ・ミュージアム学芸員)
ギャザリングスタッフ(中根大輔、高山典子、海老沢典世)

PROFILE

サエキけんぞう (ミュージシャン/作詞家)
バンド「パール兄弟」のほか、近年はフランスでも音楽活動をしており、
最新作『CLOCLO Made In Japan』は2008年春、日仏で同時リリースした。
今後のライブ予定は、
8/29(金)代官山・晴れたら空に豆まいて(共演:松尾清憲)、
9/26(金)渋谷・青い部屋(共演:中村扶美)など。
その他にも執筆活動、講演など幅広く活動中。


http://www.saekingdom.com


『混沌の時代が生んだアート』


海老沢:今回の「青春のロシア・アヴァンギャルド」いかがでしたでしょうか。

サエキ: 今日は、参考までにこういうレコードを持ってきたんです。こちらが坂本龍一さんの「B-2 Unit」で、こっちが加藤和彦さんの「うたかたのオペラ」です。「うたかたのオペラ」は最初のヴァージョンのジャケットですね。「「B-2 Unit」」はロシア構成主義っぽいし、「うたかたのオペラ」はマレーヴィチのようなキュビスムをイメージさせますよね。僕がデビューしたのはニューウェイヴというジャンルなんですけど、当時1970年代の終わりから1980年代にかけては、国内外を問わずこういう感じのジャケットが多くて、今回の展覧会は個人的には非常に親しみやすいところがありましたね。

中根: 僕はニューウェイヴにどっぷり浸かってきた世代なんですが、あらためてそう言われると、どちらのアルバムも、まさにジャケットはそういう雰囲気ですよね。

サエキ: ただ、会場で見るとまた違う印象があって、マレーヴィチの一連の作品もすごく温かみを感じました。やはり本物の絵が持つ力なんでしょうね。

宮澤: 特に今回の作品ではマレーヴィチの白いキャンバスに白いクロスを描いた作品《スプレマティズム(白い十字架のあるスプレマティズムのコンポジション)》は、カタログで見るのとは全く違いますよね。よく見ると筆のストロークがちゃんと見えますし、色も同じ白でも背景は少しグレーで、クロスの部分はおそらく最初に赤を塗ってから白で塗っているんじゃないかと思うんですね。そういう細かな部分は、まさに本物を見て意識できるところかなと。 後、今回カタログを作るときに結構決断が難しかったのが、発音ですね。ロシア語だとディアギレフじゃなくてジャーギレフという感じになるんですよ。カンディンスキーもどこを伸ばすか、というのが若干違うんですよね。

海老沢:シャガールの名前もマルク・ザハーロヴィチ・シャガールとなっていて、お客様から本当にこれが正しいんですかってお問い合わせをいただいたことがあります。

サエキ: なるほど。確かにシャガールも本名ってあまりなじみがないですね。カンディンスキーも正式にはワシーリー・ワシーリエヴィチ・カンディンスキーですか。何かかっこいいね(笑)。 彼らみたいな人気のある画家のルーツがロシアにあるって言うことが僕らにとって非常に謎めいている感じがしてよかったですね。それぞれの画家が、ロシアから亡命したり、また戻ってきたり、そういう動きも興味深かった。

宮澤: 要するに今までの美術史だと西ヨーロッパを中心に見ているので、シャガールがしばらくの間ロシアに行って帰ってきたっていう風に語られるんですね。でもモスクワから見ると、フランスに行って帰ってきて、またフランスに行って戻ってこなかったっていう認識なんです。もちろんその間には、戦争や革命なんかがいろいろあるわけでそう単純ではないんですが。今まで裏だったものが正面になるといろんなことが見えてくるんですよね。

サエキ: 決して華やかな感じではないけれど、力強さ、質実剛健さ、そういうのは感じますよね。一見地味なんだけれど、その中にはものすごいパワーが隠されている感じ。

宮澤: もちろん、中には西ヨーロッパでやっていた作風の真似みたいなものもあるんですよ。リュボーフィ・ポポーヴァの《ギター》なんかは、いかにもキュビスムのパブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックなんかを髣髴させますよね。そういうプロセスもたどりながら、独自なものを打ち出していったんでしょう。

サエキ: ソ連の崩壊によって共産主義や社会主義幻想が壊れたというのが、こういう芸術を見る上でもプラスに働いていると思うんですね。やはり体制的にそういう思想を前向きに捉えてしまっている国が、世界の中で力を持っていると、芸術を見るときにも何らかのバイアスがかかってしまのではないかと。ただ、90年代にはマニアックな存在として日本でも紹介され始めたと思うんですが、その頃の“壁の向こう側のもの”的な独特の雰囲気も、それはそれでよかったんですけどね。

宮澤: ペレストロイカ以降までは、見てはいけないもの、美術館に置いてはいけないものでしたからね。ですから出始めたときは玄人好みというか本当に新鮮でしたよね。それから少しずつは浸透してきたと思いますが、展覧会をやるほど出回ってはいなかった。ポスター展はありましたけれど、今回のように油絵なんかも含まれているのは初めてかもしれませんね。そもそもモスクワ市近代美術館自体が90年代に出来たわけですから。作家もみんな亡命もしたりしていますから、作品もどこにあるか分からないんですよね。

海老沢: ロシアでも美術館ではなくて個人のコレクターが持っているケースが多いんです。

宮澤: 今回のモスクワ市近代美術館にはピロスマニの絵がいっぱいあるのは理由があって、もちろんそのピロスマニが発見されて、一世を風靡したんだけど、ピロスマニ自身はモスクワにいたわけじゃないんですよね。これを集めたコレクターがグルジアオリジンの人なんです。今、モスクワの美術アカデミーの会長をしているので、完全なロシア人なんですけど、オリジンとしてグルジア人なんですね。だから一生懸命集めたんだと思いますよ。今回展覧会で一番象徴的なのは、最後のマレーヴィチの肖像ですね。あれなんて30年代・スターリンの頃ですよね。こういうのしか描いちゃいけなかったんですよね。

中根: 政治が不安定な中で、国に残る人もいれば出て行く人もいる。どちらが幸せかは一概に言えないと思いますが、いずれにしても何が正しいのか分からない、みたいな混沌としたエネルギーを感じる展覧会ですよね。

サエキ:例えば華やかなりし1920年代のパリなんかで制作された絵画は、評価や見方も確立されているんだろうけれど、今回、素朴な絵のピロスマニに焦点が当たっていたり、プリミティブなものからスプレマティズム、その他にもロシア構成主義、キュビスム、そういった系統のものが入り乱れていて、自分で好きなものを発見する楽しみがあるところがすごく面白いですよね。

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