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國松孝次さん@アンカー展


『スイスと日本の共通点』


海老沢: 國松さんがアンカーの絵で一番お好きなのはどれですか?

國松: 僕が好きなのはこの《おじいさんとおばあさんの家》ですね。これがアンカーを好きになったきっかけとなった絵です。この暖炉の火の暖かい感じにおじいさんと子供の雰囲気。そして、後ろで何か用意をしているおばあさんの後姿。最初はアンカーだと知らずに見たんですが、本当にいい絵だなと思いましたね。
ただ、スイスでは、同じスイス出身の芸術家だと、アンカーが好きと言うよりも、パウル・クレーとかジャコメッティが好き、とか言う方がかっこいいとされることがたまにあるんです(笑)。それがちょっと気に入らない(笑)。

宮澤: そういうのはどこの国でもありますよ(笑)。でもクレーは抽象画が多いけれど、どちらかというと緊張感があるというよりは見ていてどこか和むところもありますよね。描き方はアンカーとまったく違うんだけれど、人の心に及ぼす影響っていうのはどこか共通している部分がある気がしますね。

國松: 僕は独断と偏見でフェルメールに似ているって言っているんです(笑)。時代は違うんだけれど、描かれている情景とか絵の雰囲気とかどことなく相通じるものを感じるんですよね。クレーもフェルメールも日本で人気があるから、アンカーも絶対気に入っていただけると思うんですが(笑)。

高山: 確かにフェルメールの絵の中に流れている時間とか光の当たり方とか、アンカーと共通するものを感じますよね。

國松: アンカーの絵は人間の心の葛藤や緊張感のようなものが伝わってくる絵ではないですよね。ただ、今の時代のように、ここまで人間関係が壊れてきちゃうと、やはり見ていて疲れる絵よりは、心の平穏を得られる絵の方がいいんじゃないでしょうか。これは絵だけの話ではなくて他の文化でもそうでしょうし、日本だけじゃなくて、世界的に時代が求めていると思いますよ。

宮澤: アンカーはアメリカでも受けるでしょうね。アメリカ人はミレーなんかをすごく評価してますから。ミレーの方が時代としてはちょっと先ですが、大体重なっていると思います。ミレーの場合はピューリタン精神に合致するということで評価されているんですね。働くことが神への奉仕だと。アンカーも働く子供や農民を描いていたりして、似ている感じがしますね。

國松: 私は本当に好きで見てきただけなので、キリスト教の精神性が画面に出ているというのは、最初はわからなかったのですが、彼自身、父親の勧めで牧師になる教育をうけたこともあったのですから、そういう人間性の部分が出ているのかもしれませんね。

宮澤: アンカーが生きていた19世紀末の頃のスイスって、例えばフランスやドイツなんかと比べてどうだったんですか?

國松: 農業が中心のこじんまりとした国でしたから、決して豊かではなかったと思いますが、産業革命をかなり早く成し遂げたのはスイスですし、農村部も極貧という状況ではなくて、質実剛健にやっていたというところじゃないですかね。明治維新の直後ぐらいに、岩倉具視を正使とした使節団がスイスに行っているんですが、その旅日記なんかにも、スイスという国はきれいで清潔で教育水準も高い、なんて書いてあるんです。

宮澤: アンカーは絵を売るためにスイスの持つ牧歌的なイメージや異国情緒を積極的に利用して絵を制作したんじゃないかということも言われていますが、昔から観光の国だったんですか?

國松: その頃はスイスには観光立国という考えはなかったと思いますので、アンカーが利用したということは無い気がしますが、彼が好んで描いた農村の風景や農民の風俗はパリに持っていくと売れたって言うことはあるでしょうね。
当時だけでなく、今でもスイス人は質実剛健な性格でよく働きますね。シャイで、堅実で、前にしゃしゃり出る人はあんまりいない。自分を売り込んだりするよりどちらかというと内にこもっちゃう。日本人もまったく同じですよね。また、どちらも長期にわたって他の国に支配されたことが無いんですね。歴史が切れていませんから、伝統文化が強く残り、人々は、それにすごい愛着を感じている。
ただ、国土は貧弱で資源もなくて頼れるものは人間しかいないんですよ。そういうところも日本と同じ。手先が器用で、時計のような精密機械の分野で才能を発揮するというのも同じ。

高山: 地理的にも日本は海に囲まれていますし、スイスは山に囲まれていますね。自然に対する接し方や感覚などは似ているのかもしれませんね。

國松: そういうこともあると思いますね。アンカーの絵は今お話したようなスイス人が本来持っている感性や風土、文化というものを精緻な表現でわかりやすく表現してくれているんだと思うんですね。それはわたしたち日本人にも共通するものだと思います。ですから、とにかく絵を見ていただければきっと心に響くものがあるはずなんです。それが日本人にとってのアンカーの魅力だと思いますね。

  編集後記
 
 

こんなに作品が素晴らしいのに、日本ではあまりにも名前が知られていないアンカーという画家 の魅力を語っていただくのに、國松さんほどふさわしい方はいないと思い今回のギャザリングをお願いしたのですが、本当に素敵なお話を聞かせていただくことができました。國松さんご自身、アンカーをぜひ日本で紹介したいと展覧会を実現すべく動かれたこともあったとか。日本人に本当に観てもらいたい作品と篤くおっしゃっていただき、本当に今回の展覧会を行ってよかったなと思いました。

海老沢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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