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中鉢聡さん@ヴェネツィア絵画のきらめき


ID_025: 中鉢聡さん(テノール歌手)
日 時: 2007年9月10日(月)
参加者: 宮澤政男(Bunkamuraザ・ミュージアム学芸員)
ギャザリングスタッフ(中根大輔、高山典子、海老沢典世)

PROFILE

中鉢聡
東京芸術大学卒業。日本オペラ振興会オペラ歌手育成部第11期生修了。平成5年度文化庁芸術家国内研修員。1995年「椿姫」のガストンで藤原歌劇団にデビュー。翌1996年「東洋のイタリア女」(日本初演)のシーシンで好評を博す。その後イタリアに渡り、ミラノにてボッケリーニの「スタバト・マーテル」などのコンサートに出演。2003年に藤原歌劇団「ロメオとジュリエット」のロメオ役に抜擢され大成功を収め、続く2004年1月には同団「椿姫」のアルフレードに出演し好評を博す。その他藤原歌劇団では「イル・カンピエッロ」「愛の妙薬」等に出演し、最近では「アドリアーナ・ルクヴルール」のマウリツィオ(05年8月)「トスカ」のカヴァラドッシ(06年5月)等で好評を博す。また新国立劇場には開場記念公演「建・TAKERU」の両面少名でデビュー以来数々のオペラに出演。その他TV出演、各種コンサートなど多方面での活躍で注目を浴び、リサイタルも各誌で絶賛を博している。美声、美貌を併せ持つ活躍中の人気テノール。藤原歌劇団団員。


『インスピレーションで感じるヴェネツィア』


高山: 今回の『ヴェネツィア絵画のきらめき』展いかがでしたでしょうか。

中鉢: 会場に入ってまず、ティツィアーノのサロメ(《洗礼者聖ヨハネの首をもつサロメ》)に目を奪われましたね。これほど優しい顔のサロメは見たことがない。なぜこんなに穏やかな表情をしているんだろうと、ずっと見入ってしまいました。オペラでもサロメを題材にしたとても有名な作品があるんですが、サロメがヨハネの首の載った銀皿を持ってこさせて、その首に接吻をするっていうシーンなんかはかなりえぐいですよ。その前にサロメがヘロデ王に「何でも言うことを聞いてやるから」と頼まれて「7つのヴェールの踊り」を舞うシーンがあるんですが、これは一枚、また一枚と服を脱いでいく、まるでストリップのような妖艶なダンスなんです。こういった場面がこのオペラの呼び物になっているわけなんですが、それはもうすさまじい作品ですよ。 だから、最初にこの絵を見たときにサロメだとわからなくて、タイトルを見て驚いたぐらいです(笑)。本当に穏やかな顔をしていますよね。

宮澤: 確かにサロメを題材にした絵では、魔性の女として描いたものが多いんですが、これは普通ですね。サロメの残虐さと絵の普通さのギャップが面白いですよね。例えば、オペラで上演する場合、そのヨハネの首にはどういうものを使うんですか?

中鉢: もちろん作り物です(笑)。でも、素材としては樹脂や蝋を使っていると思うんですが、ヨハネ役の歌い手の方に似せて、結構精密に作るんですよ。
今回はこの絵だけじゃなくて、全体的に丸くて穏やかな顔が多かった気がしますね。僕はイタリアでの留学時代にフィレンツェやヴェネツィアには何度も行っていて、ヴェネツィアの絵はどちらかというと、会議場の壁画のような大作のイメージがあったんですが、今回は人物の雰囲気や空の色なんかが自然で、作為的な光も感じられないし、それぞれの作品が自分の中にすっと入ってくるようで楽しかったですね。芸術が持つ威圧感みたいなものもなくて和みました。

高山: 今回は音声ガイドもご用意しているので一応お勧めしてみたのですが、そういうものは一切排除してご覧になるスタイルでいらっしゃるんですね。

中鉢: せっかくご案内いただいたのにすみません(笑)。僕は基本的に絵でも音楽でも、まずはインスピレーションだけで鑑賞することにしているんですよ。実際、内容をよく知らない絵もあるんですが、説明されてしまうとそのようにしか見えなくなって、自分のインスピレーションの幅が狭くなってしまうと思うんですね。わからないのであれば、わからないなりに想像力を働かせたいし、楽しみたい。音楽でもそうです。これから歌う曲の内容や成り立ちを全部説明してから歌うと、おそらくお客様の耳もそのようにしか聞こえなくなってしまうと思うんです。でも僕がやるべきことは、そういう内容をなるべくちゃんと伝えられるように歌うことなんじゃないかなと。口で説明してから歌ったらこんな楽なことは無いんだけれど。
それは絵や音楽だけじゃなくて何でもそう。例えばステーキを食べるにしても、この牛の血統がどうだとか、育て方がどうだとか、食べる前に説明されすぎると興ざめになってしまう。うまそうだなと思ったら、すぐ食べればいい(笑)。特に日本人にはそういう説明が好きな人が多い気がするんですが、もっと自分の感性の入り口を広げてとにかく受け入れてみるということをやった方がいいと思うんです。

宮澤: ちょっと高級なレストランなんかに行くと、ワインなんかでも薀蓄を延々と説明されて困るときがありますよね(笑)。それは歌でも同じかもしれませんね。

中根: 毎回ザ・ミュージアムで開催される展覧会を見ていますが、確かに入り口で真剣に展覧会についての説明や解説を読んでから作品をご覧になる方がいらっしゃいますよね。実際僕もあまり知識が無いのでそうなんですが、時には、あえて読まずに自然体で接してみるのもいいかもしれないと思いました。

中鉢: もちろん、説明を見ないことで抜け落ちる情報もあるでしょうし、見ることでより深く理解できることもあると思いますが、基本的にはそれでいいんじゃないかと。オペラの公演もそうなんですよ。あらかじめCDを買って勉強してからじゃないと行かないとか、もしくは作品解説をちゃんと読んでからじゃないと楽しめないんじゃないかとか、そういう風に思っていらっしゃる方が多いんです。

宮澤: オペラってストーリーがわからなくても大丈夫なんですか?

中鉢: ええ、まったく問題ないですよ。例えば外国語の舞台やお芝居でストーリーがわからなくなると困ることもあるかもしれないけれど、オペラの場合はストーリーそのものが単純ですから(笑)。内容をわからずに聞いたとしても、登場人物が怒ったら怒りを表す音楽が、幸せになったら喜びを表す音楽が流れますから、そのまま受け入れていけば、言葉がわからなくても観ることができるはずなんですよ。
しかも、今ではほとんどの舞台に字幕が出るから大丈夫です。あまりオペラをご覧になったことがない方には、一番後ろの席をお勧めします。後ろからだと、舞台も字幕もオーケストラも俯瞰している感じで全部見えますから、映画を楽しむような感覚で疲れないんです。しかも実は後ろの方が音がいい(笑)。昔の劇場では、平土間にいるのは一般市民で、貴族たちは後ろのカーテンでさえぎられた怪しい場所で(笑)、いろんなことをしながら楽しんでいた。それがオペラなんですよ。

高山: 私は学生の時にロンドンのロイヤル・オペラにオペラやバレエを観によく通っていたのですが、学生枠というのが売りに出ていて、それが2階とか3階の席なんです。しかもその頃はオペラの知識が無い上に外国だったこともあって、まったく先入観がない状態で観ていたんですね。それでもやはりすごく良かったし、あとでストーリーを知ったときも大概あっていた(笑)のでまさにおっしゃる通りだなと。

中鉢: そういう状況でも十分感動しちゃったわけでしょ。それでいいんですよ。絵でも音楽でも、まずは自然体で接して、何か興味を持ったり、頭に残ったりしたところがあれば、それは後で知識として自分で調べればいいと思うんですよね。

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