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小山実稚恵さん@ルドンの黒


『健全で怪しいルドン』


海老沢: 小山さんはオーチャードホールで2006年から12年間の長期間に渡る演奏会を行っていらっしゃいますが、演奏する作品を決めるときは、個別の演奏会単位で選ばれるのでしょうか、それとも全体の構成の中で選んでいらっしゃるんですか。

小山: やはり長期間といえども全体の構成は考えています。ただ、それと並行して、曲目はもちろん、それぞれの演奏会における起承転結とか、クライマックスの位置とか、自分のリズムで引きやすい導入など、細かな部分もしっかり考えています。そうしないと、自分本来のリズムが出せなくなることがあるんですよね。さらに、個別の演奏会では楽器との状態とか、その場の空気となじんでいるかどうかなども影響しますしね。

高山: 絵をご覧になっているときに、作品にあわせて音楽が聞こえてくることはあるんでしょうか?

小山: 絵から直接音楽が聞こえてくるというのはあまりありませんが、逆に絵を見たときに例えば演奏家でいうとこの人に近いんじゃないか、というような見方はしますね。そうすることによって画家のスタンスや立ち位置が見えてくることがありますから。

宮澤: 今回の展覧会では会場に音楽が流れていて、結構評判もいいんですが、例えば僕だとルドンを見て思い浮かぶのはサティの音楽とかなんですよね。何かそういうアイロニカルなものが合うんじゃないかと。

小山: なるほど。私はあえて言うならラヴェルの「夜のガスパール」の第3曲“スカルボ”あたりが浮かびますね。ギロッっと目をむいてシュルシュルと闇をかけめぐるような不気味な感覚など、共通する部分なのではないかしら。
私は音楽では、ベートーベンが好きです。なのにまた一方ではラフマニノフも好き。結局あまり時代や様式にはこだわらないんです。絵でも好きな画家はルドン以外だと、ゴッホに、ルノアールにレンブラント、フェルメール。結構、何でもありです(笑)。ただ、共通しているのは情熱的で美しい色ということなんですね。その画家の性格や主張よりも色を見たときに受ける印象が大事なんだと思います。そうそう、ボナールの色の世界だって好きです。

中根: ルドンの場合は黒の時代とそれ以後とぜんぜん色の使い方が違っていますが、ルドンをお好きな方って黒でも色彩でも何か共通したものを感じるんでしょうか。ちょっと病んでいる感じとか(笑)。

小山: そうかもしれませんね。病んでいるかも(笑)。確かにルドンは色彩が豊かになっても、そんなに健康的な印象はありませんね。花を描いていてもどこか内省的だし、幸せに咲いていたり、生命力にあふれていたりする感じは伝わってきません。例えばベートーベンなんかと比べるとすごく遠い世界ですね。

海老沢: 今回これだけ人の顔が描かれているのに絶対視線が合わないんですよね。誰一人としてアイコンタクトが取れないんです。こちらを見ているようで見ていない。

小山: 翼があるペガサスもよく登場しますが、大空を羽ばたいている図はないですよね。失敗したり囚われたりしていて飛んでいない。でも、色がついている時代のものはちゃんと飛んでいるものがある、それも象徴的で、この時代に寂しさを抱えていた彼が、結婚して子供たちが出来て普通になっていったんでしょうね。音楽家では若いときにいかにもロマンティストでありながら、だんだんと年を重ねるに従って怪しい世界に入っちゃう人が多い気がするんですが、彼の場合は逆ですよね。変人ではあるんだけれど、ある意味自然体。今の世の中、わざと変人に見せたがる人がいるじゃないですか。そういう意味ではまだ健全といえるのかもしれない。

宮澤: 確かにルドンの作品は自分の世界に閉じこもっている感じがありますよね。視線が合わないというのもそういう状態を表しているのかもしれません。でも、そういうある種変人っぽい部分があっても、ちゃんと芸術という方向に出してやれば、歴史的に評価されるものを作ることが出来るということですね。この黒の時代に自分の闇の部分を作品を作ることによって出し切ったんじゃないかな。だからちゃんと色彩の方に移行できた。

海老沢: 今回、お客様よりいただいた感想の中で印象的だったのが、ルドンは好きだけれど、そのことを公言するのには少し抵抗がある、という内容のものなんです。これは個人的にもわかるような気がしました。

小山: 作品には魅せられても、ルドンみたいな人間になりたいとは思う人はあんまりいないでしょうね。自分の中にもこういう部分があるということに気づかされてホッとするのかもしれません。ここまで自分の内面をさらけ出すことってなかなか出来ないし、そこがルドンらしさでもある。
やっぱり作品を見たらルドンだってわかるっていうことはすごいことだと思うんです。音楽でもそうですが、音を、曲を聴いたらこの人のだってわかるっていうことは一番優れていることだと思うんですよね。作品が好きとか嫌いとかの評価はその後の話ですから。黒の世界から色彩の世界まで、一貫してルドンとわかる作品群はやっぱり素晴らしいですね。

  編集後記
 
 

小山さんのお好きな画家の一人にルドンの名前が挙がったと聞いて、嬉しい反面、ちょっと脳裡をかすめたのが、小山さんのイメージからも「色彩のほうの作品が好きなのでは?」ということでした。実際にお伺いしてみるとやはり「黒の作品はあまり見たことがない」ということだったので、本展がどう受け止められるか内心ドキドキでしたが、黒の作品も気に入っていただけたようで、閉館後の館内で好きな作品を選んでいただく際に本気で悩んでいらした姿を見てホッとしました。とても気さくにそして真摯に語られる言葉からは、“色”を感性で受け止める小山さんの芳醇な感受性が感じられました。

海老沢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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