ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:ジョン・ホンヨンさん@エミール・ガレとドーム兄弟


『魔法の芸術』


(みんなでジョンさんが作られたお菓子をいただきながら)

高山: これが今回の展覧会にあわせて創作していただいた「ガトー・ド・ナンシー」ですね。これはフランスの伝統的なお菓子なんですか。

ジョン: そうですね。フランスにはいろんな地方の伝統的なお菓子があるんですが、これもそのひとつです。基本的にはアーモンドとチョコレートだけで作っています。アーモンドはかなり上質のものを使用しているんですよ。一般的にはアメリカのカリフォルニア産のものを使うんですが、あまり香りがついてないんですね。今回はしっかりと香りのあるヨーロッパのスペインやイタリア産のものをブレンドして使いました。アール・ヌーヴォーというクラシックな展覧会に合わせてのお菓子なので、レシピ自体もクラシックなものにしたかったんです。だからたくさんの材料を使って味を調合するんじゃなくて、チョコレートと卵黄とアーモンドでシンプルに焼き上げました。
素晴らしいガラス作品を鑑賞して家に帰った後も、アール・ヌーヴォーをイメージしたお菓子を召し上がっていただいて、また想像力を膨らませて楽しんでいただけるのかなと。難しかったのは展覧会場での販売の場合、すぐに召し上がっていただけないことですね。だから、ある程度時間が経って、実際に食べる時にちょうどしっとりとして美味しくなるように考えてあります。

高山: せっかくですから出来るだけおいしくいただきたいと思うんですが、保存の仕方やいただき方で何か気をつけた方がいいことってあるんでしょうか。

ジョン: 保存は普通に冷蔵庫に入れてもらって構いません。ただ、あまり冷たくしすぎるよりも常温で召し上がっていただいた方が良いと思います。これはお好みですが、電子レンジでちょっとだけ温めると焼きたてのような雰囲気が出ると思います。

海老沢: チョコの甘さが抑えられていて本当に美味しいですね(笑)。ジョンさんはやっぱりお菓子の中でもチョコレートがお好きなんですか。

ジョン: チョコレートっていうのは実は種類がすごく多いんです。いろんな素材との組み合わせが可能だし、意外と色も表現できるんですね。またチョコレートとか砂糖とか甘いもので食べ物を作ったり、大きなオブジェを作ったりするのは小さい頃からの夢や憧れでもありました。実際使うには温度に敏感で強度もないし、素材としてはすごく難しいんですが。でもそうやってチョコレートに興味を持ってやっているうちに、自分の性格として気持ちがどんどんエスカレートしていくんですね。もっとよくしたいとか新しいことを表現したいとか。

高山: 今回は、ケーキだけでなく、会場内に一緒に飾ってある、菊をモティーフにした飴細工もとても素晴らしいですね。よくお客様も足を止めてご覧になっていらっしゃいます。

ジョン: この作品を作るにあたって、まず展覧会を見てイメージを固めようと思ったんですが、今回は好きな時代の作品なのでじっくり見すぎたというか(笑)、最初にイメージを固めて取り掛かるまでが時間がかかりました。でも作り出すと、今度はスピードが大事になってくるんです。特に今は時期的に雨も多くて結構べとつくんですね。また飴同士は湿度が高いとお互いくっつかなくなりますから。

宮澤: 飴で作られているから食べられるのだと思いますが、こういう作品っていうのは実際に食べるんですか。

ジョン: いえ、どちらかというと見て楽しむものですね(笑)。これはガレの作品も同じだと思うんですが、この素材でここまで出来るのかっていう驚きですよね。菓子職人の独特の世界、特殊な表現方法だと思います。保存状態がよければ数ヶ月ぐらいは持ちますが、そういうものでもないですね。だからずっと残るという意味ではガラスはうらやましいなと思いますけれど、お菓子はたくさんの人に見せるというより、オーダーしてくれた人の心の中に入って終わるものです。美しい作品だけれど、それは魔法をかけて作られたもので、誰かが触ったとたんに砂になってしまう、そんな童話に出てくるような感じじゃないでしょうか。でもそういうはかなさっていうのは、たぶん日本人に受け入れられる要素でもあるんだと思います。

海老沢: ジョンさんはもともと自転車の選手で、日本には写真の勉強でいらっしゃったということなんですが、なぜお菓子の世界に入られたんですか。

ジョン: まあそれぞれのタイミングでいろんな人との出会いや縁があったっていうことですね(笑)。あまりいろんな分野を転々としたくないと思いながら、自分に合わなければしょうがないっていう気持ちもありました。でもお菓子の修行でフランスに行ったときに、あっ、この世界でやっていけるって思ったんですね。自分に合っていると。というのも食べ物に全然苦労しなかったからなんです。最近の日本人は香りが苦手だそうです。特に東京の子供たちは苦味に弱い。それはなぜかと言うと、スーパーで買い物をする時代になって、自分に合うものを選べるようになったということがあるらしいんです。それは便利でいいことでもあるんですが、結果として味覚が偏ってしまう。自分の場合は本当に田舎育ちで、川魚を捕って身と一緒に内臓の苦い部分を食べたり、草の根っこの甘い汁を吸うために土の苦味を味わったり、そういう経験があるんですね。だからフランスで香りの強い食べ物に出会っても抵抗がなかった。フランスでも都会では違うのかもしれないけれど。
今回のような作品作りの機会を与えていただくと、その時は大変なんだけれど、いろんな事を勉強できるので嬉しいです。今回もアール・ヌーヴォーについての理解がより深まりました。今の時代は自分のやっていることだけを理解するというだけではダメだと思うんです。例えばガラス作品にしても、お菓子と全く違うものでありながらお互いに結びついている部分もあって、全然関係ないとは言えないんです。どんなことでも深く探っていくと、すべてが関係している気がします。そういう関係が分かった時にお菓子をやっていてよかったなと思います。これからもこの仕事を長く続けたいし、そのためにももっと勉強していきたいですね。

  編集後記
 
 

ガレがガラス作品に込めた想いとジョンさんがつくるお菓子に込める想いは、時代や素材を超えてシンクロしていました。それは、“人の心を動かす”ということ。お菓子は美術作品と違ってはかないもの。でも、人の心の中に残ってくれたらうれしいとおっしゃるジョンさん。
常に新しいことへチャレンジしていきたいと語る前向きなパティシエ・ジョンさんの姿が、時折ガレという表現者の姿に重なってみえたのは私だけでしょうか??

高山(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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