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今月のゲスト:ジョン・ホンヨンさん@エミール・ガレとドーム兄弟


ID_018: ジョン・ホンヨンさん(パティシエ)
日 時: 2006年7月21日(金)
参加者: 宮澤政男(Bunkamuraザ・ミュージアム学芸員)
ギャザリングスタッフ(中根大輔、高山典子、海老沢典世)
中川智子さん(リーガロイヤルホテル東京 総支配人室長)、佐藤麻理子さん(TBS ガレ展担当)

PROFILE

韓国出身。リーガロイヤルホテル東京を代表するシェフパティシエ。
自転車競技で韓国代表チームの一員である有名な選手でした。
あるときパティシエの道を薦められ、遂にはショコラティエの資格を取得。
2001年ジャパンケーキショー東京の「チョコレート工芸菓子」部門グランプリ(金賞)受賞。
2003年世界的製菓コンテスト「クープ・ド・モンド2003」で個人入賞5位。
2003年12月テレビ東京「TVチャンピオン」パティシエ大会優勝。


『ガレの創造性とテクニック』


高山: 今回はパティシエのジョンさんがゲストに来てくださったので、ガレやドーム兄弟と同じく、もの作りをしていらっしゃる方の視点からご覧になった感想をぜひお聞きしたいのですが。

ジョン: そうですね。時代は違いますが職人という意味では私も同じです(笑)。ただ、お菓子とガラスでは素材としてかなり差があるし、加工する技術的にはぜんぜん違うんです。ガラスの場合は膨らませたり、何重にも重ねたりして形を作って、そこから削っていく作業が多いですが、お菓子の場合は、削るということはほとんどないですね。それに気づいたときに、まずこのガラス工芸の世界を理解できた気がしました。またガレの作品には自然をモチーフにしたデザインが多いですが、花にしてもそんなにたくさんの種類が用いられているわけではないし、花びらも最小限の枚数ですよね。やはりすごく知識のあった方なんだと思いました。型にはまらない姿勢もすごく目立ちましたね。作品の下の方や、裏側の誰も見ないようなところに花を描くとか。きっと彼にはそれまでのルールややり方は意味が無かったんだと思います。作品なんかもよく見るとゆがんでいるものもあるんです。

宮澤: それは僕らもびっくりしましたね。フランスからロシアに贈られたものの中に、ちょっと前のめりになったもの(花器《トケイソウ》)がありましたけど、普通ないですよね。

ジョン: 僕はそのゆがんでいるのを見て、逆にガレっていう人を理解できたんです。つまり何を優先して作っているのかっていうことですよね。おそらく非常に高度なテクニックを使っているんですね。だから、失敗もしただろうし、割れたりしたかもしれない。完成しても素人にはきれいに見えないかもしれない。それでも高度なテクニックを使うために、少々のゆがみはしょうがないだろうと。お菓子の世界もそうですが、新しいものを生み出していくときには必ずテクニックが重要になるんですね。フランス人も、テクニックが大事だとよく言います。お菓子の世界でも、コンクールでは普通に美味しいだけではダメですね。そこに何か新しいテクニックがないと人を感動させたり驚かせたりすることは出来ない。それはフランスの国民性みたいなものかもしれません。そのあたりは同じ職人として共感できる部分ですね。

高山: 特に何かお気に入りの作品というのはありましたか?

ジョン: 衝撃を受けたのはカエルとトンボの模様が彫られた花器《ヒキガエルにトンボ文花器》「好かれようと気にかける」です。これは私自身の育った環境ともつながりがあるんですが、イメージとしては田舎の夕暮れですね。田舎の風景は昼と夜でぜんぜん違います。昼間はいいけど、夕方の空は真っ赤で暗くて、すごく怖い記憶があるんです。それを思い出してしまいました。人工的なものを表現するのではなくて、自然をじっくり観察して、それを元に作品を作ると、見る人の感動や驚きを引き起こしやすいということもあるんでしょうね。

宮澤: ガレはヨーロッパのいろんな分野の芸術家の中でも特殊ですね。普通ヨーロッパのこの時代までの芸術家は花とかほとんど興味ないですよ。全然描かないわけではないけれど、ガレは花自体をたくさん描いていますからね。日本の画家の考え方に近いところもあるんでしょうね。今回も素晴らしい作品が揃っていますが、ガレのいいコレクションは日本にも多いんです。同じ感性だから日本人は理解したのかもしないですね。

ジョン: 今回の展示でよかったのは、ガレだけじゃなくて、ドーム兄弟や他の工房の作品まで見ることが出来たことですね。ガレの創造性から刺激を受けて、自分だけじゃなくて同じ地方の人が集まって、お互いに刺激しあいながらもっともっとレベルアップしていこうという、そういう気持ちが見られました。その中でもみんなそれぞれに個性を出していますしね。

宮澤: ドーム兄弟は経営者としてはガレより能力があったんだと思いますが、アール・ヌーヴォーを語る上で、こういう様式が流行りだした頃に、ちょうどいいタイミングでガレという天才がでてきたのはやはり大きかったと思いますね。ただ、ガレの作品も含めて、最初に流行してから、しばらく評価されない時期があるんですね。理解されなかったり悪趣味と思われたり。アール・ヌーヴォーの再評価が始まるのは60年代頃ですよね。それから現代まで綿々とつながってきて、今ではクラシックとして評価されている。だから今回のようなガラス作品はまだ残っている方で、この時代の建築なんかは結構壊されてますよね。

中根: アール・ヌーヴォーって言うと曲線のイメージがあるんですが、今回の作品はリアルな虫の模様も多いですよね。カエルとかコウモリとか。そういう作品って最初から評価されたのが不思議な気がしますが。

宮澤: 時代がすごく新しいモノを求めていたっていうこともあるんだろうね。その頃は植民地政策なんかで儲けた人がいただろうし、そういう若い世代から新しい実業家とかが出てくると、自分たちの様式を欲しがるわけで、そういう意味でもガレの個性的で芸術性の高い作品群っていうのはちょうどはまったんじゃないかな。自分たちの時代のものとして支持した、と。
ガレも彼なりに努力していて、ボードレールとかメーテルリンクとか、同時代の詩人たちの詩からインスピレーションを得たり、詩を作品の中に彫り込んだり、彼らの作品から影響を受けながら、自分の作品を高めるようなこともやってるんだよね。それまでの時代はフランスではガラスはアートじゃなかったから、例えば油絵と同じように評価されるにはどうしたらいいか、かなり模索して作品を作っていたと思いますね。

ジョン:結局この人はデザインやプロデュースをして、何かを表現してそこで終わるんじゃなくて、見る人を感動させるために完璧に計算していますよね。ただきれいに作るだけじゃなくて、見た人が何か衝撃を受けたり、メッセージを受けとったり、人の心を動かす作品というのが彼の考えていたアートだと思います。料理の場合は、食べてもらって終わりのところがあるんですが、自分の場合はやはりその中でも何か感じてもらいたいし、ちゃんと伝えたいこともある。たぶんガレもそうだったと思うんですが、私は自分が作って満足するだけではアートとして認めたくないです。そういう意味では、私がやっていることもガレがやっていることも結局は同じだな、ということを確かめる機会にもなりました。

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