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今月のゲスト:齋 英智さん@ポーラ美術館の印象派コレクション展


ID_015: 齋 英智さん(グラフィックデザイナー/日本デザイナー学院非常勤講師)
日 時: 2006年1月30日(月)
参加者: 宮澤政男(Bunkamuraザ・ミュージアム学芸員)
ギャザリングスタッフ(中根大輔、高山典子、海老沢典世)

PROFILE

齋 英智(さい ひでとも)
グラフィックデザイナー/日本デザイナー学院非常勤講師
1976年 宮城県生まれ
専門学校日本デザイナー学院 研究科グラフィックデザイン専攻卒業。
卒業後、広告代理店、デザインオフィスを経て、2002年よりフリーランス、日本デザイナー学院非常勤講師となり、現在に至る。
現在は主に学校と地域企業とのコラボレーション・プロジェクトに参画する。
日本デザイナー学院HP http://www.ndg.ac.jp/


『科学と芸術の融合』


齋: 今回、ギャザリングの前に一度拝見したので今日で2回目なんですけど、最初見たときとやはり印象が違ってさらに細かい部分まで理解できたし、次の時代に続いていくという流れみたいなものもわかった気がしました。やはり2回見ると違いますね。オランジュリー美術館のモネの部屋をイメージしたという空間もとても広くて過ごしやすくて気に入りました。でも、そもそもこれがすべて個人オーナーのコレクションと考えるとそれがすごいなと。

高山: 実際に箱根にあるポーラ美術館には、絵画や工芸品等の美術品だけでなく、昔の人が使った髪飾りとかお化粧道具のようなものまで含め、約9500点ものコレクションがあるんですよ。

宮澤: 化粧品会社の会長をしていらっしゃった方のコレクションだから、やはり印象派の中でも女性的な美しさや優しさを感じさせる作品が多いっていうのも特徴と言えるのかもしれないね。

齋: 僕は自分の専門がデジタルグラフィックということもあって、どちらかと言うと現代アートのような分野の方が馴染みやすいんですね。例えば現代アートでも前衛的なものなんかは作品そのものよりもコンセプトの方が重要だったりするので、どうしてもそういう視点で捉えちゃうんです。だから、印象派の歴史なんかは現代から遡って理解していたんですが、今回じっくり見ていて、もっと作品そのものを素直に捉えればいいんだなと思いました。

宮澤: もちろん、印象派からも学ぼうと思えばいろんな事が学べるし、読み取れる事もあると思うけれど、おっしゃるように基本的にはそのまま受け止めればいいんだと思いますよ。

齋: 今回最初に、「あっ」と思ったのが、クールベの「波」ですね。昨年、葛飾北斎の展覧会も見たのですが、僕は波の絵って好きなんですよ。波を描いたものって結構勢いのあるものが多いんですが、クールベの波はそうじゃなくて静かでこぢんまりとした感じでいいなあと。今回出展されている「波」の作品も以前何かの冊子で見たことがあったのですが、実物を見ると意外と小さいんだなと。これだったら部屋にも飾れると思いました。似合うかどうかわからないけど(笑)。

中根: 確かにカタログで見ると、静かながらももっと大きな絵のイメージがありますよね。僕は今回、モネの「サン=ラザール駅の線路」が目に留まりました。蒸気に包まれる駅の様子を描いてるんですが、特に美しい色がある情景ではないし、背景にきれいな山や緑を描いているわけでもないのに、青と白を中心に煙や蒸気がきれいに描かれているんですよ。そもそも世界というものを美しく捉えようとしていたのかな、と思うと少し幸せな気分になりました。

齋: 僕は後、スーラの作品が好きになりましたね。「ああ、ピクセル(=コンピューターのディスプレイ画面を構成する最小単位の点。画素)を作っちゃった人なんだ」、っていう(笑)。点描画って画素そのまんまですから。しかも31歳で亡くなったってありましたけど、今の僕と同じ年齢なんですよね。だからその辺も共感しちゃったりして。そういう作家自身の歴史や運命みたいな情報を通して作品を見るのが好きだし、癖になっちゃっているんですよ。シスレーも僕はほとんど知らなかったんですけど、実はモネとお友達であったり、すごく貧乏な中で亡くなっていたりとかってことを聞いちゃうと、共感しちゃいますよね(笑)。

宮澤: スーラは確かとある科学者の理論を実践したんだよね、絵画で。さっきの蒸気もそうだけど、18世紀から19世紀の頃というのは科学がいろんなところで躍進する時代でしょ、だから最初に科学ありきみたいな背景もあるんですよ。いろんな分野で科学が発達してきて、それと芸術が融合してきたと言うことなんでしょうね。スーラなんかはおそらく自分の作品を見る距離を具体的にちゃんと想定していたんだと思いますよ。

齋: 自分もB全とかそれ以上の大きなサイズのポスターを作りますけれど、やはり距離感は大事ですね。原宿あたりに置く大きな看板をコンピュータで一生懸命作っても、結局、実際見られる場所においた時に、歩いている人にどれだけ見られるかということが勝負ですから。見る人との距離や位置関係は本当に大事。最後の方にあったシダネルの「三本のバラ」なんてすごく幸せそうな、ゆったりした時間を描いていると思うんですけど、よく考えると何であんなでっかい大きさのキャンバスに描いたのかすごく気になりますよね。

中根: 今、グラフィックにしてもポスターにしてもほとんどパソコンで作られていますけど、その時点で画面のサイズがいかに大きいといっても製作する際に使う場合は17とか19インチとかですよね。今後もっと大きくなっていくとしても、その分、1メートルも2メートルも画面から離れてマウスを操作するなんて考えづらいし、結局、筆でキャンバスに描くような身体性とは全然違うんでしょうね。だから、印象派のある種の人たちは、美しい光や風景を大きさも含めてそのまま切り取ろうとしたのかもしれませんね。

齋: 印象派の絵画って言うのは、見ている我々はきれいだなとか美しいなというような、ハッピーな受け取り方をしているところがあるのに、科学と芸術の融合とか、批評家なんかも含めてダイナミックな時代背景の中からでてきたものなんだというところが、不思議でもあるし面白いですよね。

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