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2026.10.08 UP

ミュージカル『獅子 THE LION-BEAT』開幕レポート

 新宿の街の喧騒を抜けて劇場にたどり着くと、まんま地続きの猥雑と心沸き立つ斬新の混在した劇空間が広がっていた。61年前、寺山修司が一人のショーダンサーのたった一日のリサイタルのために書き下ろしたミュージカルを、杉原邦生がアングラ演劇への憧れと敬意を込めて再構築。舞台から突き刺さってくるのは、昭和生まれの人間には若干気恥ずかしくも愛おしいノスタルジィに、キャッチーな旋律に乗った歌とダンスの爽快なパワー。かと思えば近未来への扉のような映像効果も合わさって、観る者を心地よく惑わす、吸引力の強い“祝祭劇”が立ち上がっていた。

何より大きいのは杉原が信頼を寄せる☆Taku Takahashi(m-flo)による音楽の力である。全編を彩る20以上の楽曲が、昭和の郷愁と令和の刺激の入り混じった異空間へと誘ってくれる。

 印鑑屋で働くボクシング好きの素朴な青年が、ある謎の男と出会い、ボクサーに転身してチャンピオンへの道を駆け上っていく。寺山がゲーテの『ファウスト』を下敷きに書いたこの物語では、青年が夢の実現の代わりに失うものは言葉である。卓越したフィジカルをも武器とする主演の新原泰佑にとって、この“言葉ではなく身体で語る”主人公はいかにもハマり役。夢をあきらめて実直に生きる印鑑屋の“貞夫”から、しなやかな体躯で躍動するボクサー“猛夫”へ。その振り幅を真摯な歌声とともに全力で表現する姿が好印象だ。

貞夫の恋人“弓子”に扮する北香那は、冒頭すぐさま昭和の歌謡ショーを思わせる快活な歌とダンスを披露。突き抜けた歌声、思い切りのいい表現が実にチャーミングで、もう一つの役柄“あけみ”でも妖艶な魅力が光る。そして貞夫にボクシングの才能を与え、言葉を奪う謎の男“帽子の雨”、『ファウスト』における悪魔メフィストフェレスの役どころを、橋本さとしが怪しさ全開の中にコミカルな味を滲ませて演じ、安定の美声を響かせる。粋でゴージャスな仕掛け人といった存在感は、まさしくこのミュージカルの大黒柱だ。

 ニューヒーローの誕生に小躍りするボクシングジムのマネージャー(田口トモロヲ)や、猛夫の拳をくらってボクサー人生を終えた男(勝矢)、かつてのヒーローで復活に賭けるボクサー(岡田義徳)と、彼をもう一度輝かせるため奔走するマネージャー(さとうこうじ)、力ある者へと即座に関心を移す記者(田中俊介)など、寺山が愛読した『あしたのジョー』のキャラクターたちを彷彿とさせる色濃い人間模様が、奇妙なファンタジーにリアルな哀感をもたらしていく。

 さらに、この個性際立つ面々に勝るとも劣らない実力でドラマを盛り立てる、14名のアンサンブル陣が鉄壁すぎた。疾走感あふれる力強い群舞のほか、要所要所で個々の魅力がしっかり浮かび上がるところに、「学生時代も文化祭など祝祭ごとが大好きで、全員でモノを作り上げることに喜びを感じる」と語っていた杉原の緻密な采配、演劇への情熱が覗く。とくに、闘争心あらわなボクサーに扮した男性陣のパフォーマンスに呼応するように、同ナンバーでエネルギッシュに歌い踊る女性陣の姿に興奮しきり。時代背景を尊重するがゆえに残された、今では不適切とされかねない表現も見かけるにつけ、61年前の舞台での女性たちの描かれ方は違っていたのでは……と勝手に想像し、目の前の勇姿に胸を熱くした。

 寺山修司の伝説の舞台などと構える必要はなく、非常にシンプルでわかりやすい展開、ストレートな歌詞に身を委ねて、散らばった謎を自由に楽しく解いていけばいい。貞夫の自分探し、本当に大切なものに気づく旅の終わりの大団円は、言葉通りの晴れやかな祝祭ムード一色だ。舞台と客席の熱気が合わさって、手を打ち鳴らさずにはいられない。ファンタジーでありながらそこかしこに人間のひたむきな汗が飛び散る異色ミュージカルは、アングラ=エンタメの高揚感を存分に味わわせてくれる。

文・上野紀子
撮影・細野晋司