COCOON PRODUCTION 2023 ガラパコスパコス

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2023.08.25 UP

稽古場レポート到着!

※稽古レポートにはネタバレ要素が含まれるので、気になる方はご注意を。

 

派遣ピエロとして働く「太郎」と、老婆「まっちゃん」との不思議な同居を描いたノゾエ征爾の戯曲『ガラパコスパコス〜進化してんのかしてないのか〜』(2010年初演)が、この秋2023年版として再構築される。この作品では、幾つもの小さな営みがユーモラスに紡がれ、それらが積み重なった先に力強く浮かび上がるのは、「老い」「人生」「人間」「愛」といった、普遍的/哲学的なテーマだ。2012年には広島の若手俳優たちとリメイク版が上演され、2013年は三鷹市芸術文化センターで再々演。その時その時の社会状況と地続きになるモチーフが散りばめられた舞台は、上演するたびに新たな視点を生む、実に強度ある作品である。

8月中旬の稽古場では、連日、瞬時に俳優の人間的魅力を捉え、次々と芝居の中に取り込んでいくノゾエ演出に応えるべく、若手からベテラン、キャスト全員が次から次に思いっきり振り切って新しいアイデアを投入し、冒険的なトライが繰り広げられていた。
不器用な青年太郎を演じる竜星涼は、孤独で繊細な表情が印象的。高橋惠子による老婆「まっちゃん」は、時に少女のように可愛らしく、この二人の不思議な関係が、親子や姉弟、フッと恋人同士に見える瞬間もあり……と、場面によってユラユラうつろっていく様も心を揺さぶる。太郎を心配する兄夫婦(藤井隆と山田真歩)、太郎に淡い恋心を抱く派遣会社の女性社員(芋生悠)、彼女に妙に絡んでくる先輩社員(青柳翔の人間臭さが絶妙)、ワケありげな兄の後輩(ノゾエ)、老婆を必死に探し回る家族(家納ジュンコと中井千聖)とホームの職員(山本圭祐と山口航太)、太郎のかつての同級生(瀬戸さおり)と担任(菅原永二)、そして言葉の通じない外国人の隣人(駒木根隆介)……。凸凹(デコボコ)としたキャラクターたちが、稽古を繰り返すたび愛すべき人物にふっくら膨らみ、輪郭がくっきりしていく様子にもワクワクする(ちなみに、ノゾエの稽古場代役の柴田鷹雄は当初バスの運転手役のみだったが、さらに施設長も演じることに)。生きるしんどさ寂しさ欠落感……彼らの抱えた思いの“ヤジルシ”はどんどん強さを増し、眺めているだけで胸がギュッとしてくる。

さて戯曲冒頭のト書には「役者は各々チョークを持っている。用途に応じて、壁や床に物や文字を描いて世界を提示していく」「一度描かれた文字や絵は、消されることなくそのまま残されていく」とある。稽古場の真ん中では、さまざまな手書き文字や絵がびっしり描かれた黒板製の舞台美術がどーん!と存在感を放ち、片隅にはチョークや黒板消しなどが。スタッフたちは大量の雑巾を使って、俳優が休憩に入るたび、まっさらの状態に拭き取らなくてはいけない。普通の稽古場では見かけないこうした風景も、この芝居ならではだ。チョーク一本でシンプルな空間が変容し、劇世界がぐんぐんと立ち上がっていく演出効果は、本番でも観客の想像力を刺激するだろう。

劇中にはさまざまな音楽が響き(音楽アレンジは田中馨)、合唱稽古では、俳優たちが自分のパートの音階を真剣に確認しながら、ハーモニーを合わせていく姿がなんだか沁みた。思わずスタッフ陣から拍手がわき起こる場面も。少しのぞいたダンス場面稽古(振付は演劇作品でも活躍する入手杏奈)では、芝居心溢れる迫力ある動きが立ち上がっていた。パントマイム(パントマイム指導はノゾエと@ホーム公演に出演する山本光洋)の場面では、言葉を超越していく特別な時間が流れるだろう。

「人間には、二つの出来ごとしかないんですよ。ボーンとデス。生まれて、死ぬ。この二つだけなんです」とは、劇中の台詞。“生まれる”と“死ぬ”の間を人類は、足かき生きていく動物なのだろう。誰もが、過去/現在/未来の自分と重ねずにはいられない舞台……稽古が終わり、廊下に出ていく俳優たちの背中を見ると、全員がTシャツに白や赤や黄色のチョークの粉をくっつけている。そんなチャーミングな後ろ姿を見送りながら、初日に向けて日々“進化”する、生き物のような芝居の躍動を感じていた。

文=川添史子
撮影=宮川舞子