COCOON PRODUCTION 2023『ガラスの動物園』『消えなさいローラ』

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舞台写真&開幕レポート到着!

2023.11.07 UP

懸命に生きるすべての人々へ贈る鎮魂劇

 テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』と、その後日譚として描かれた別役実『消えなさいローラ』の連続上演という異例の企画が、ついに開幕した。上演時間は3時間45分(休憩15分)と聞いて少し身構えたが、杞憂に終わる。観終わった瞬間、切なさと晴れやかさが同時に湧き上がり、胸が熱くなって感涙。作品から感じられる優しさや温かみや匂い、俳優・演奏者・スタッフの懸命な姿から、辛く哀しい日々を慰められたような、疲れた魂を鎮められたような気持ちにもなった。この豪快なプランを渡辺えりに提案したという尾上松也に感謝したい。

 常軌を逸した松也の提案を真に受けた渡辺も正気の沙汰ではない。妥協を許さない渡辺は、いつにも増してのこだわりの演出でその期待に応える。さまざまな趣向が細部にまで行き届き、また何層にも重ねられていて、渡辺がこれまでの人生で得た計り知れない知識・知恵・経験を余すところなく盛り込んでいるのがわかる。渡辺が16歳の時に「本当に笑えて、本当に泣けた」と感激した長岡輝子演出『ガラスの動物園』(1971年、文学座)、そして作家のテネシー・ウィリアムズと別役実への心からの敬意もあちらこちらに感じられる。その演出によって、1971年に16歳の少女が味わった深い感動を追体験することができた。

 『ガラスの動物園』と『消えなさいローラ』をつづけて観劇すると、一度の観劇では味わい尽くせないほど見どころが数多にある。誰かと話し合いたいくらいだ。母親アマンダと息子トムの笑ってしまうような親子の言い争い、アマンダと娘ローラの優しい時間、ジム登場の楽しいドタバタ、『消えなさいローラ』の3バージョンの演出や演技の違い……など、挙げ始めたら切がない。ここでは特に深く印象に残ったものをいくつか挙げてみる。まっさらな気持ちで観劇されたい方はご観劇後に、少しでも見逃したくない方はご観劇前の参考に。

 

 

***ここからネタバレを含みます***

 

 開演前に流れていた伝説のロックバンド「PYG」の『花・太陽・雨』、ヘルマン・ヘッセの詩を曲にしたロックバンド「頭脳警察」の『さようなら世界夫人よ』から渡辺の意思表明を感じることができ、『ガラスの動物園』は遠くアメリカの昔の物語ではなく身近な家族の悲喜劇である、と導かれたように思う。また、社会情勢を思い起こす効果音では、忘れてはいけない痛みを胸に刻み付けられた感覚を得た。

 『ガラスの動物園』は《追憶の劇》であると作家は明確にしているが、さらに《トムの脳内》であると強く打ち出した渡辺の演出は愉快だった。戯曲ではトムが登場しないシーンにも、松也は舞台に居る。ミュージシャンへ指揮をしたり、物を書いていたり、登場人物の様子を眺めていたり、思わず微笑んでしまうチャーミングなシーンも。それは回想するトムの姿でもあり、作家ウィリアムズの姿でもあり、観客の一人でもあり。松也の豊かな表現を堪能できるうえに、作品をより立体的に感じられる。

 非常に繊細で情緒不安定な姉ローラに明るさを加えた吉岡里帆の表現はとても良かった。ハイスクール時代に憧れていたジムと思いがけず楽しい時間を過ごしたあとのシーンの表情が夢見る少女そのもので、だからこそ切なさを感じた。話し掛けることすら容易ではなかった《推し》と会話できただけで幸せ、というローラの気持ちに共感。あの表情を思い出すと、今でも胸が苦しくなる。

 和田琢磨が演じるジムの明るさや軽快さも良い。明るければ明るいほど彼の闇が見え、軽ければ軽いほどトムやローラの切ない感情が浮き彫りになる。ローラとのワルツからタンゴ、トムとのタンゴからローラとのワルツへと夢と現実が入り混じるようなダンスシーンは見事。ジムはトムにとっても憧れの存在であったことをタンゴで表現するとは。優しいエスコートと強いステップに目を奪われた。

 渡辺えりによるアマンダは肝っ玉母さん。お嬢様育ちだった彼女が生活と愛する二人の子どもたちを守るために、強く生きることを選んだ女性だ。口うるさいけれど実は思いやりに溢れ、心根の優しい女性であることは口跡からも明らか。

 音楽監督とコントラバスを担う川本悠自、ヴァイオリンの会田桃子、バンドネオンの鈴木崇朗の存在は本当に大きい。二作品をつなぐ重要なファクターでもあるからだ。『消えなさいローラ』劇中歌「夢を創る」にはカタルシスを感じた。

 『消えなさいローラ』の《女》は3バージョン。吉岡の回では『ガラスの動物園』の後日譚であることがダイレクトに伝わってくる。また彼女の巧みな間合いは、シニカルな笑いを生む。渡辺の回は《女》はローラなのかアマンダなのか、二重三重にも惑わされ、サスペンス色が強い。情熱的で強い歌唱は胸を打つ。男性である和田琢磨の回は滑稽かと思いきや、最も哀愁を誘う。ローラとアマンダの幻影が現れる演出で追憶の中に生きる女の像が色濃く映し出されるからだ。時間が許すならば、3人の《女》を味わってほしい。魅力はそれぞれ、松也の《男》も相手によって変わる。そのうえ別役実作品の懐の深さも体感することができる。

 最後に、本公演プログラム掲載の古木圭子氏(『ガラスの動物園』)、内田洋一氏(『消えなさいローラ』)による作品解説もお勧めしたい。

文:金田明子
撮影:細野晋司