泥人魚

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2021.11.19 UP

熱気を帯びた稽古場レポートが到着しました!

唐十郎降臨!
12月6日の開幕に向けて、金守珍演出のもと、かなりのスピードで稽古を進めている『泥人魚』チーム。稽古開始から2週間が経とうとする頃、作品の生みの親である作者・唐十郎が稽古場に降臨! 数日前に文化功労者に選ばれたばかりの作家が稽古を見学するという一大イベントに、稽古場は朝からどきどきソワソワ、なんだか空気もいつもと違う。お肌ツヤツヤ、スーツにハット姿もビシッと決まった唐が稽古場に現れると、唐を師と仰ぐ金が「唐ッ!!!」と、ひと声(めちゃめちゃ声デカイ)。唐組のテント公演に俳優・唐十郎が現れたかのように稽古場のボルテージもぐぐっと上がり、そこは瞬く間に「唐十郎劇場」と化したのだった。これまで何本も唐作品のヒロインを務めてきたミューズ、宮沢りえも唐に駆け寄り、「唐さん、お久しぶりです、お元気そうで!」。満面の笑みで「おかげさまで!」と返す唐の周りにみるみる人の輪ができ、唐を囲んでキャスト・スタッフ全員での記念撮影とあいなった。
さて、この日のメインイベントは、唐に1幕の通し稽古を観てもらうこと。そのためにギアを上げて稽古を重ねてきたのだ。さっそく通し稽古が始まった。

 

 

唐戯曲に血が通う
仮とはいえしっかりセットが組まれた稽古場の空間に、宮沢りえと磯村勇斗の声が響く。『泥人魚』の大事なモチーフとなっている有明海を思わせる、海辺の詩情あふれる光景から始まったかと思うと──いきなりド肝を抜く展開が待っていた! これは劇場で体感していただくしかないのだが、金がもう一人の師匠と呼ぶシアターコクーンの前芸術監督・蜷川幸雄ばりの“幕開き3分”インパクトは絶大だ。「一体何が始まるんだ?!」と呆然となったところで、爆音の音楽と共に一気に唐十郎の劇世界へと誘われる。ニクい、ニクいぞ金演出。ぜひとも皆さま、くれぐれも開演時間に遅れないように。
物語の舞台は都会のブリキ屋という不思議な空間である。ブリキの湯たんぽがガラガラとぶら下がる店で、ここで働く、というか居候している磯村扮する青年・蛍一と、店主の伊藤静雄(風間杜夫)が、それなりにうまくやっているらしい。唐作品の常として、出てくる人たちはだいたいどっか抜けていて、行動がまったく予測できない人たちと突拍子もない出来事に、比較的まっとうな青年が振り回される……というのがデフォルトだ。“昼は要介護老人・夜はダンディな詩人”になる風間がもう絶品で、無茶な設定を嬉々として演じ、可笑しいやら切ないやら。対する磯村もこの自在な名優に臆することなく、のびのびと堂々と、純粋な青年を演じている。蛍一の台詞量は膨大だが、磯村は声も明瞭かつ張りがあって舞台向き、手には台本も持っておらず、台詞はもうしっかり身体に入っている様子。磯村だけでなく、見渡せば台本を手にしている者は誰一人としていない。もはや「稽古でじっくり作っていきましょう」レベルではなく、明日にでも本番、と言われたらみんな行けるくらいの迫力があるのだ。
蛍一のもとに岡田義徳扮する昔の朋輩・しらない二郎(ふざけた名前だ)だの、謎めいた男装の麗人・月影(愛希れいか)だの、その仲間と思しき踏屋(六平直政)だのが現れて、混沌とした中にも徐々に話の輪郭が見えてくる。蛍一はかつて長崎・諫早の漁港で働いていたが、干拓問題で揺れる地元を捨てて逃げ出してきたのだ。
そんな蛍一を追ってやって来たのが、宮沢演じる“やすみ”である。蛍一が「ヒトか魚か分からぬコ」と呼ぶ彼女の、「ごめん下さい」と言うその透き通った澄んだ声。宮沢が“唐作品のミューズ”と称されるのは、この声の魅力が大きい。唐が綴る詩的な台詞が、宮沢の鈴の音のごとき声で奏でられると、脳内に実に心地良く響いてくるのだ。響くばかりか、その言葉たちが熱を帯びて血の通ったものとなっていく。この不思議な現象も、劇場という空間で体験してほしい。
やすみは、なぜ人の海とも言える都会に現れたのか。謎ばかりが残る1幕のラスト、人魚の化身を思わせるやすみの、息をのむシーンにしばし陶然と見惚れ──。1幕の通し稽古は終了。

 

愛すべきキャラクターたち
稽古を食い入るように見つめていた唐も喜んだようで、あとで六平が言うことには「唐さん、最後のりえちゃんの場面で涙浮かべてたよ」。本来は1幕の通し稽古だけを観る予定だったのだが、唐の希望もあって、さらに2幕の稽古にも突入した。ここでは愛希演じる月影と蛍一とのコミカルなシーンなどもあり、登場人物たちの思惑とキャラクターがどんどん浮き彫りになっていく。
行けるところまで行ったところで、本日の作者見学はここまで。「まだ観てないところがいっぱいあって楽しみだね。じゃあ皆さん、頑張って!」という力強い言葉を残し、唐は稽古場を後にした。唐を見送った一同、緊張が解けて、今日一日の疲れがどっと出たようだ。
そうとう下世話でくだらない場面もけっこうあるし、ストーリーだけを追おうとすると往々にして迷子になりがちなので、唐作品は「これ、どういう風に観ればいいのかなぁ??」とポカンとさせられる面も確かにある。でも、個性が粒立つキャラクターたちには、だんだん愛しさを覚えてくるはずだ。そしてめくるめく物語に翻弄されるうち、人が生きていくうえで捨ててしまったもの、失くしてしまったもの、そんな中でも決して手放さなかったものなど、人間にとってほんとうに大切なものの姿があぶり出されてくる。ここで言うなら、泥にまみれてもなお透明であり続ける女・やすみと、彼女や周りの人々のありのままを真っ直ぐに受けとめようとする蛍一の必死さに、熱いものがこみ上げてきてしまう。
稽古の合間には、金や六平、石井愃一など、唐作品と縁の深いベラン勢が数々の「唐伝説」を披露するのも恒例の楽しい時間だ。磯村や愛希、岡田など、唐作品初参加組も、すっかりこの空気に馴染んでいる。そんな活気ある稽古場から生まれる『泥人魚』がどんな全体像を見せるのか。その「事件」を、ぜひとも劇場で目撃してほしい。

 

 

取材・文:市川安紀