シアターコクーン・オンレパートリー2020 泣くロミオと怒るジュリエット

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2020.02.17 UP

2月8日 初日開幕レポート

 

ワンチームで魅せる想像を超える新たな“ロミ・ジュリ”

 

 

劇場に入り、まず目に飛び込んで来るのはみっしりと建て込まれた茶色の町並み。貧乏長屋はかくあろう、という木造・平屋の安普請が舞台の端から端までを埋めている。

 

演劇好きに知らぬ者のない王道古典のシェイクスピア作品『ロミオとジュリエット』と、そこから翻案・創作されたミュージカル『ウエスト・サイド物語』。シアターコクーン初登場の劇作家・演出家:鄭 義信が、そんな二作をベースに新たに生み出した『泣くロミオと怒るジュリエット』が2月8日に開幕した。人名・地名は原作そのままなのに、何故か関西弁が飛び交う戦後間もない港町が舞台。ロミオ=桐山照史とジュリエット=柄本時生に始まるオールメール・キャストのエネルギーは半端なく、先述の舞台セットの様子も加え、若い二人の恋物語=“ロミ・ジュリ”というイメージで来場した観客は、衝撃を受けるに違いない。

 

冒頭、柄本が「私、ジュリエットです」と名乗りを上げた瞬間、客席にどよめきが起きる。続けて彼女を迎えに来た、兄ティボルト(高橋 努)の内縁の妻ソフィア=八嶋智人が登場し、関西弁のマシンガントークで独白をまくしたてた瞬間、観客は爆笑とともに、劇世界にスルリと引き込まれた。

 

港と工場、煤にまみれた舞台となるヴェローナは、ヤクザが元締めのキャピレットと、戦前戦中に日本に移住してきた朝鮮人らを中心としたモンタギュー、二つの愚連隊が日々縄張り争いを繰り返す物騒な町だ。ティボルトはキャピレットのリーダーで、戦争で左足を失くしているものの、組の若頭ロベルト(岡田義徳)に目をかけられていると肩で風切る勢い。

 

一方のモンタギューでは、ティボルトと犬猿の仲であるマキューシオ(元木聖也)が喧嘩の最前線に立ち、争いを好まないベンヴォーリオ(橋本 淳)が尻ぬぐいに回る。二人と幼馴染で親友のロミオも、かつては愚連隊の一員だったが、今は足を洗って屋台の飲み屋を営んでいる。

 

不穏な町をイイ加減に取り締まる警部補カラス(福田転球)と巡査スズメ(みのすけ)に、ロミオを息子のように思う町医者ローレンス(段田安則)、傷痍軍人の風体で場ごとの音楽を奏でる朴 勝哲、そしてシーンが変わるごとに愚連隊メンバー、未亡人、娼婦など鮮やかな変わり身で舞台の空気をつくる10人の男優たちが今作のオールスターキャスト。大規模なプロデュース公演とは思えぬ“ワンチーム感”が作品の細部にまで宿る、圧倒的な熱量でドラマは進んでいく。

 

ロミオとジュリエットが出会うのは、憂さ晴らしに出かけたダンスホール。容姿や運命的直感よりも、ふと取り合った互いの手が働く者の“ガサガサ”した感触をしていたことが、二人を結びつける瞬間が秀逸だ。痛々しいほど真摯なロミオの佇まい、登場のたびに増すジュリエットの愛らしさは、演劇の魔法以上に、役に実を与える俳優本人の努力&魅力に他ならない。

 

 

他の俳優陣もみな、作品に欠かすことのできない存在感をそれぞれに発揮している。情が濃すぎて笑いと怒りと泣きが入り混じって爆発する八嶋ソフィア、戦争で受けた心と身体の傷に苛まれ続ける高橋ティボルトの虚無感、やり場のない憤りを無謀な喧嘩でごまかす元木マキューシオの焦燥、それを見守る橋本ベンヴォーリオが見せる複雑で繊細な心の変化、どれも観る者の心の奥に強い印象を残す。

 

カラスを演じる福田の強面とリアル関西弁、スズメ=みのすけの硬軟真逆タッグは、作品に絶妙な緩急をつける。鄭作品への愛着を公言する岡田が見せる、オモシロと怖さが混在するキャラクター造形も他では見たことがない。加えて段田ローレンスの、軽みと重厚さを自在に操る芝居ぶりは脱帽もの。

 

 

さらには派手なダンスやアクションも今作の魅力。音楽:久米大作、振付:広崎うらん、擬闘:栗原直樹は鄭組の常連プランナーだが、今作では常以上のダイナミックな彩として劇中で機能していた。

 

いかにも関西というベタな笑い、鄭作品ならではの胸打つ台詞に満ちた今作だが、やはり終幕に悲劇は訪れる。敵対する二つの愚連隊の抗争の激化、決闘、望まぬ死と別れ……。

 

 

ただし、原作同様の悲劇だけで終わらせぬのが鄭の優しさ、「人間を諦めない」という意思表明か。「特別なエンディング」が登場人物たちと観客、双方への贈り物のように用意されているのだ。一瞬だが、あたたかな人の想いが舞台上に結実するその瞬間、タイトルの意味と、涙と怒りの間にある劇中の、無数の笑顔が観客の脳裏に必ずや浮かび上がるだろう。

 

笑わせ泣かせ、観る者の心をとことん揺さぶるまったく新しい“ロミ・ジュリ”。そこには舞台に身も心も委ねる醍醐味が満ちている。

 

Text:尾上そら
撮影:細野晋司