No 37大自然における孤独との共生
シベリアで過ごした6ヶ月の隠遁生活
ついに暑い夏が来ました。年々最高気温の記録がのびて、もう耐えられないと思った夏をいくつかすごした後で、皆が恐れていた今年の夏はどうなるのでしょうか。この暑さを逃れるためなら南極か北極にでも行ってみようか...とまでは思わないとしても、自然に涼しいところで夏をすごしたいと思う方も多いのでは。日本よりも早く、パリでは6月に42度を超えた日もあるそうです。
そして、大きなバカンスがあるとしたら、みなさんはどう過ごしたいですか。暑くても南の島や海辺で泳いだり、山の中で散歩をしたり、というような日常とは違う過ごし方をしたいでしょうか。知らない土地に行ってみたり、知っている人がいないところに行って、とにかくいつもの習慣とは全く違う環境に身をおいてみたり...では何のために。
今回の本の著者、シルヴァン・テッソンは暑さからの逃避ではなく別の理由から辺境の地シベリアで6ヶ月(2010年2月中旬から7月末)を過ごすことを企てました。北杉岬の先端、バイカル湖のほとりにある小屋がその住まいです。近隣の村からは120キロも離れていて、隣人も道路もなく、訪ねてくる人もごく少ない。冬の気温はマイナス30度、夏には氷が解けて岸辺に熊の姿も見えます。小屋の広さは三メートル四方。その小屋に持ち込んだものは60冊の本と葉巻やウォッカ、この厳しい環境で生きるのに最低限必要な道具類、保存食品もかなりの量とはいえ、最低限の"贅沢"のためです。その他には「空間、静寂、孤独」があるばかり。そしてそれらは「最初からそこにあったもの」です。
このプロジェクトは単に6ヶ月をシベリアで過ごすというものではもちろんなく、その間の毎日を日記に記していくことでした。その6ヶ月の記録がまさにこの著書となっているのです。ですからフィクションでは全くありません。記録は出発の前日2月9日から始まり、小屋から帰国の途につく7月28日で終わっています。作品中には、2月、3月というような月を記す日記の体裁をとった章立があり、日々のできごと、彼の自然をはじめ、人々との関係、人生についての省察等々さまざまなテーマが細かい日付のもとにほぼ著者の独白として語られています。
隠遁プロジェクトの由縁
実際何のためにこの土地に来たのかを、著者は最初から折々に語っています。「四十代になる前に森の奥で隠遁生活を送ろうと心に決めていた。」とその思いの強さを述べていますが、そう思うようになったのは、例えば日頃のごく些細なことのせいであったりするのです。「ハインツが販売しているソースは十五種類ほど。最後の買い物をしたイルクーツクのスーパーマーケットには全種類あって」、「ソースだけで十五種類とはね。この手のことのために、ぼくはこの世界に別れを告げようと思ったのだ。」(p.12)(それでもその中から「激辛タパスソース」を18本購入。)ではいつからこのシベリア滞在を夢見ていたのでしょうか。彼が初めてバイカル湖のほとりに滞在したのはその7年前、2003年のことです。砂浜を歩いていると、ぽつぽつと立ち並ぶ小屋に住む人々はとびきり幸せそうに見えたので、その時、「森の木陰に一人ひっそり隠れ住むというアイデアを」思いついたそうです。
隠遁生活における問題
都会の生活、喧噪からの逃避、ということが彼の隠遁生活への憧れの主な理由であることは歴然としています。誰もが感じるような感情と欲求ともいえるでしょう。その一方で隠遁生活における問題は、まさに「孤独」です。そして他人の眼を逃れて独りで暮らすことによって精神の緊張が失われ生活が乱れて行く...ウォッカをあおり、無気力で自堕落な毎日を送ることにもなりやすいでしょう。シベリアへの出発の前に、パリでみんなから警告されたのは、「退屈がおまえを痛めつける敵になるだろう!耐えられないぞ!」(p.97)ということです。著者は、しかし、知的にも精神的にも優れた人で、その問題を回避する方法をあらかじめよく考えていました。シベリアに到着して一ヶ月後に、彼は日記に記しています。
三月十七日
今後数ヶ月の間に明らかにするべき問いがある。それは、
ぼくは自分自身に耐えられるだろうか?
三十七歳にして自分を変革させることができるだろうか?
ここにはなぜ足りないものが何もないのだろう?
ということだ。(p.99)
そして小屋の生活に次のような規律を課します。
一、(窓枠によって画定された)自分の視野を監視し熟知する。そこでおこることすべてを伝える。
二、小屋のなかをきちんと手入れする。
三、ごくたまに訪れる客を出迎え、もてなし、案内する。それとは逆に、ときどきは、招かれざる客を阻止する。(p.99)
実際著者はこの通りの生活を以後5ヶ月間も実行することを果たします。シベリアでは全く他人に出会うことがなかったわけではなく、時折狩猟監視官、自然保護区の森林官、森林保護官、漁師、通りがかりの修道士、ロシア人たちが入れ替わり小屋に立ち寄ったり、著者が近隣の(とはいえかなり離れた)街で出くわす人々との会話や飲み会の様子も描かれています。とはいえ、パリで出会っていた人たちとはあまりにも違う文化をもち、恐らく世界観も(異なる政治体制下にあるので)違う人々で、それでも著者は彼らとのつかの間の触れ合いを楽しみます。彼はロシア人が好きだとも言います(かつてのロシアのイメージが強いとは思いますが、その土地の人々として西ヨーロッパ人とは違うからでしょうか)。
著者は携帯をもっていかなかったのだろうか、という疑問は当然でてきます。もってはいたようですが、簡単なメッセージを発信することはあっても、外からの連絡を受け取ることはなかったようです。そこで不思議に思うことは、彼が家族との連絡を全く記録に書いていないので、本当に音信不通だったのかということです。一度だけ自分の父親の誕生日のことが書かれています(彼の父親は著名なジャーナリスト・作家でした)。でもおめでとうのメッセージを送ったとは書いていません。誰とはわからないのですが、恋人を懐かしむ一節はありますが、実際のやりとりは書かれていません。6ヶ月間とはいえ、家族思いのフランス人にしては珍しいことです。
このような規則正しい?生活で自分を律している著者が、かなりの量のウォッカを消費しながらも日々克明に綴っているのは、肉体的な変化とともに、自分との対話です。
孤独とともに過ごす日々
シベリアの地で真冬から春を越え初夏まで隠遁生活を送ることを選ぶ人というのは、体力的にもそこそこの適正と自信があるだろうと思いますが、シルヴァン・テッソンが相当なインテリであることはこの記録を読んですぐに気が付くことです。とても若くはなくても彼の年代(当時37歳)で彼が選んだ本棚(本のセレクション)を作ることができるのは、まぎれもない知的エリートです。洋の東西を問わず、古今の哲学書、文学書を読むだけでなく、記憶し、自らの思索とともに引用することは、普通の人の教養ではありません。少し古い発想ですが、過酷な肉体的な労働を好んですることとは少しミスマッチ(すみません)のような気さえしたのです。時には難解な哲学に傾きかねない一節もありますが、テッソンはこの日記を一貫して簡素な、そして明快な言葉、しばしばユーモアにあふれ、時には詩的な文体で書き綴るという才能にも恵まれています。
孤独は傷口に塗る軟膏だ。それは共鳴箱にもなる。つまり、一人でいる時にある印象を受けた場合、その印象は十倍になるのだ。孤独は責任感をもたせてくれる。それは、人間がいない森のなかにいるぼくは人類の大使だ、という責任感である。ここにいない人々のためにぼくがこの光景を満喫しなければならない、ということだ。孤独は思考を生み出してくれる。というのも、ここでは自分自身としか会話をすることができないから。孤独は愛する人々の思い出を記憶に甦らせてくれる。孤独のおかげで隠遁者は植物や動物、そしてときには、ふと通りかかるかもしれない小さな神様と友情を結ぶことができる。(p.112)
その他の活動
知的に、内省的になって、孤独に向き合い「自分自身を探索する」ということばかりが著者の毎日ではありません。それどころか、どうしてもしなければならないことが毎日の三食の食事です。冬はマイナス30度になるような場所で、健康に過ごしていこうとするならば、これはとても重要な課題です。そして当然食事というのは、なにもすることがない時には(健康であれば)一番の楽しみであり、気晴らしにもなることです。シベリアのバイカル湖畔で手に入る食料となるものといったら、何を思い浮かべますか。商店もないわけですから自給自足を基本に考えて、そのための道具も用意してきた著者は、毎日せっせと釣りをしたり、アザラシの肉で誰かに接待されれば喜んで食します。想像がつきやすいのは次のような料理です。
今夜とうとうクレープ作りに成功した。クレープっていうのは子どもみたいなものなんだ。ぜったいに目を離しちゃいけない。ぼくが作ったのはアメます入りのブリ二だ。まずマスを釣る。巻きを割り、火を熾す。炎のなかでディルと一緒に魚を焼く。ブリニを作る。(もしベーキングパウダーがなければビールを何滴か垂らす。)魚の身から皮を剥がし、ブリニの上に置く。その上にもう一枚ブリニを被せる。全体を二五〇ミリリットルのウォッカに浸し、室温で置いておく。(p.128)
ブリニというのはフランスでもよく見かけるホットケーキとクレープの間くらいのパンケーキで、キャビアやスモークサーモンとも一緒に食べます。著者はよくこのブリニを食べながらとても幸せそうな気分を語っています。なかにはちょっと私にはとっつきにくそうな、特にかなり油濃くて匂いも強そうな肉の料理(?)もしばしばでてきますが、シベリアのような厳しい環境ではお腹を壊すよりも体力を養うほうが重要なのでしょう。ただしウオッカの飲みすぎはどうして体が持ちこたえられるのか分かりません。
バイカル湖は冬の間湖面が凍結しているので、当然その上を歩きまわることができます。でも歩くよりはスケートをした方がずっと気分もいいし体力も使わないでしょう。このような楽しみ方というのは、シベリアの美しい自然を背景にするとまさに楽園にいるような気分になる、そのような描写もこの作品では自然の厳しさと同じくらい多く語られています。
変革
毎日の生業で最も重要で厳しいものは、火を熾すための薪割です。森に行って沢山の丸太をつくり、それを火にくべやすいように更に割っていく。最初はとても時間がかかったけれどもどんどん慣れて速くできるようになっていきます。その一方で腕も体もだんだんたくましくなります。腕が膨らみ、脚にも筋肉が付いてきます。毎日の釣りや力仕事のせいで、また食べる物のせいで彼の体と人となりも変化していきます。
一日、釣りをして過ごす。魚を食べる人々は湖から栄養をとり、精神生理学的な変容をとげる。細胞はリンを摂取し、性格は魚の本質を取り込む。血気盛んな勢いを失う代わりに、落ち着いて無口になり、器用で手際よく、慎み深くなる。(p.242)
さらには、生き物に対する態度や関係の持ち方も変化します。著者はもともと犬が好きではありませんでした。多分犬よりも自由に見える猫の方が好きなのでしょう。けれども、それが生まれて4ヶ月の2匹の子犬の到来で大きく変わっていくのです。その子犬たちをくれたロシア人の友人は、子犬たちがきっと著者にとってよい影響を与えることになると考えたのだと思います。アザラシと違って、この子犬たちの愛らしい姿は私のような読者にも実によく思い浮かべることができます。まだ生まれてまもない子犬たちは、著者を母犬のようにしたい、常に著者の愛情を求めます。そしてこの子犬たちは著者が絶対絶命のピンチの時に彼にとってかけがえのない存在となるのです。どのようにかというのはこの本の読者の楽しみとしてとっておきましょう。
この作品の最後で、著者シルヴァン・テッソンは新しい自分を自覚しはじめていました。肉体的にも精神的にも変革をとげ、自然との共存によってその美しさと恐ろしい姿をあますことなく知り、自由ということを本来の意味で感じたと思われます。しかしそれも6ヶ月の期間の「一つの人生」として終わりを告げます。その後については一言も書かれていません。ですから、読者もそこでこのストーリーとは別れを告げることになります。ではそれぞれの読者にはどのような思いが読後に残るかということは、実は私には少し想像するのが難しいのです。
私がただ一つ言えることは、人間には孤独という恐れをいかに手なずけていけるかが人生の大問題であるということです。日常でその恐れと向かいあうことができない、したくないまま過ごしていくと、結局は自分を見失うことになるのではないのかということに気づき、その問題をシベリアという大自然の中で隠遁者としての生活と瞑想を通じて追及しようとした作者は大変勇気のある人だと感じました。それでも、では私はどうしたらよいのか、というのが私のこの作品の読後に残った、そしてこれから取り組むべき問題です。
さらに余談ですが、著者の隠遁プロジェクトの発想が得られ、実行にうつされたのは、実は現在のような世界情勢ではなかったことが幸いしているのではないかと思われます。ロシアは戦争をしていませんでした。同じ時期にも世界的テロはあったとはいえ、このプロジェクトは微妙なタイミングで実ることができたといえるのではないでしょうか。
そして、81年目の8月15日の終戦の日を迎えるにあたって、シベリアという地名が第二次世界大戦を生きた日本人にとって、忌まわしい記憶とし残っていることも事実です。戦後彼の地に抑留され帰国がかなわぬまま過酷な状況の中で亡くなった旧日本兵が多くいました。この名は家族を失った人々には悲しみを意味するだけかも知れません。それでも本書を通じて、シベリアの別の姿を知る機会を得ることができたとすれば、平和の重みを改めて認識できるのではないかと期待をいたします。
シルヴァン・テッソンについて
1972年4月26日パリ生まれ。冒険家、エッセイト、作家。特に旅行記作家として非常に評価と人気が高く有名な作家です。ヒマラヤ徒歩旅行、ユーラシア・ステップの騎馬旅行などの旅行記を発表し、エッセイ、中編小説なども手掛けています。著書『野宿生活Une vie à coucher dehors』(2009年)でゴンクール(中編小説部門)賞とアカデミー・フランセーズ(中編小説部門)文学賞を受賞。『シベリアの森のなかでDans les forêts de Sibérie』(2011年)はメディシス賞(エッセイ部門)を受賞、『ユキヒョウLa panthère des neiges』(2019年)でルノードー賞(小説部門)を受賞し、いずれもベストセラーとなっています。その他にもエッセイ『ホメロスと過ごす夏Un été avec Homère』(2015年)、自伝的作品『黒い径の上でSur les chemins noirs』(2016年)があります。本作『シベリアの森のなかで』は映画化され公開(2016年)されました。またシルヴァン・テッソン自身によるドキュメンタリーも制作されています(インターネット上で視聴できますので、実際のシベリアの自然の姿をお楽しみください)。
Sylvain Tesson six mois dans les forêts de Sibérie
https://www.dailymotion.com/video/xqgmd6