No 34手紙のもつ力を感じてみましょう
幾千年も人々を繋ぐコミュニケ-ションの原型を見直す物語
2026年も早最初の一か月が過ぎようとしています。今年は昨年よりも世界の誰もが安心して暮らせることを祈った方が多いことと思います。私もその一人です。さて、新年を迎えるにあたって、自分でメッセージを考えて自筆で年賀状を書いた方はどれだけいらっしゃるでしょうか。今やほとんどの人がメールやLINE、その他の方法を利用して年に一度のコミュニケーションを、それでも相手のことを忘れていないと伝えようとしていると思います。
私自身はといえば、10月くらいから気にしているのに、毎日のように忙しさにかまけて引き伸ばし、挙げ句の果てにはお正月を過ぎてからやっとわずかな枚数のカードや年賀状を投函するというありさまです。それでも自筆で書いたものを送りたいのに、肝心のメッセージに苦労したりしています。30年前外国にいた時は、メールもアプリケーションによるコミュニケーション手段もなく、母にいつも殴り書きのような手紙をせっせと書いていました。(書くことが多すぎて急いで書いていたからです)というのも、当時国際電話は恐ろしく高く、月に一度母との会話を1時間だけするのが楽しみでした。内容は日常生活の出来事が主だったと思います。
人は手紙を書く時に、何を伝えるかに気を使います。言わない方が良いと思えば悩みごとも書きません。相手も同じで全てを書き綴ってくれるとは限りません。それでも文通をすることで何か気がすむことがあるのでしょう。お互いを想っていると知ることで安心するのでしょうか。逆に大事なことを伝える時は、できるだけこちらの気持ちを正確に受け取ってもらえるようにと苦心します。そうしていくことで、言葉で伝えることを学ぶのではないでしょうか。そのような意味ではメールもメッセージも同じかもしれませんね。
ですから、手紙の書き方という教本やガイドを参考にすることもできるのですが、自分が実際に書いた手紙を見てアドバイスをしてくれる人がいるとしたら、一度試してみようと思いますか。
この作品は、ある女性がこのような提案をする講座への参加を希望してきた5人の人々と始めた手書きの手紙の交換を描いたものです。
エステルの「手紙の書き方講座」とは?
その女性、主人公のエステル・ユルバンは42歳、フランスの最北東の主要都市、リールで書店〈セ・タ・リール〉を経営し、書店終了後にノール地方出身の作家による文章講座を開催しています。教師でも作家でもありませんが図書館の文書管理係として書簡集を担当した経験があります。「手紙の書き方講座」への参加者の募集もきちんと書店のWEBサイトや4つの地方新聞に告知しました。
エステルがこのようなアイデアを思いついて行動に起こしたのにはきっかけがあります。彼女は亡くなった父親と文通をしていました。けれども実際には、同じ街に住み、週に一度は会って話もしていたのです。作家であった彼は娘の手紙を添削していました。といってもコメントのように追伸にダメ出しをする感じです。その父親が自殺したのです。早くに妻を亡くして、娘を育てながら再婚はせず、それでも恋愛はいくつもしていました。ときおり将来の自分の決断を暗示してはいたのですが。父親が亡くなってエステルは深い悲しみに囚われます。そして「父が亡くなって二年経つ頃、父との文通の思い出に、「手紙の書き方講座」を開きたいと思った」のです。
作家志望の誰かや、高齢の手紙好きばかりではないかというエステルの不安を裏切り、この講座に申し込んで来たのは様々な年齢の、それもとても違ったプロフィールの人たちでした。まず、一組の40歳近くの夫婦。夫二コラは有能なシェフ、妻ジュリエットはパン屋を営んでいますが、目下別居中です。そして出張の多いビジネスマンのジャン、とても若いニートの青年サミュエル、もっとも乗り気に見える年配の女性ジャンヌの5人です。(彼らはジャンを除いて最初に一度パリで顔合わせをしています。)彼らは自分で選んだ二人のメンバーに手紙を書いて、エステルにそのコピー(写し)を毎回送らなければなりません。文通相手としてエステルに書くこともできます。エステルは、内容には(感情や意見)一切口出しをせずに、手紙(文章)の書き方にアドバイスをするという役割を担います。
文通の期間は2019年2月4日から5月13日で、その間彼らは間をなるべく置かずに返事を書かなければなりません。彼らはそれぞれ手紙を出すのですが、結局、組み合わせとして、ジャンと二コラ、二コラとジュリエット、ジュリエットとジャンヌ、ジャンヌとサミュエル、ジャンとエステルという5組が成立しました。期間中は手紙だけで連絡を取り合うこと。そしてエステルから出されるいくつかのテーマに従った文章を書き送らなければなりません。相手のことも良く知らずに、何かを書き始めるというのはなかなか難しいことでしょう。ですから最初にエステルから次のようなテーマが与えられます。「あなたは自分の中の何と闘っているか。」
手紙を書く(便箋と封筒を用意し、切手を買い、投函する)という現代ではとても手間がかかると思われる作業を、二人の相手と頻繁に、しかもコピーを講師に(写真に撮ってメールで、または郵送で)毎回送り、講師はフィードバックを電話かメールでするというのは、かなりの時間的、精神的な負担を伴うことですので、全員が本当にやり遂げられるのだろうかと思うのですが、実際に彼らはそれぞれの組み合わせで期間中に往復約8回強の交換をします。成り行きをみていると、エステルの添削はあまり重要ではなく、文通はそれぞれが自立して行なったように思われるのですが、それは書き手が文通にどんどん執着していったことを意味しています。
それでは、彼らはどのような状況にあり、何を語っているのか、語りたがっているのでしょうか。
登場人物
主人公のエステルについては最初にご紹介しましたので、参加者のご紹介をします。(登場順)
ジュリエットと二コラ・エストヴェル:この二人は実は彼らの精神科医の勧めで申し込みをする。結婚して16年、9ヵ月前に初めての子ども、アデルが生まれたが、その子が生後5か月の時にジュリエットが「産後うつ」と診断される。短期間入院後自宅に戻り娘と一緒に週一で通院しているが、本人の状態は悪く、夫と娘と別れて生活することを望み別居をしている。しかし、二人の出会いはスペインの二人の研修先で、運命的なものだった。お互いの才能を尊敬し、とても愛し合っていた。結婚してパリでそれぞれの店をもち、充実した生活を送っていたが、娘の誕生とともにジュリエットが産後うつに苦しめられ、二コラもそれをサポートするのに疲れてしまっていた。それでも、二人はやり直す最後のチャンスとしてエステルの手紙の書き方講座で文通することにした。
ジャンヌ・デュピュイ:リヨンから30kmほど離れた田舎で暮らしている67歳の元ピアノ教師。国立高等音楽院出身だが、子どもにピアノを教えることが好きなので教師になったが今は引退している。10年前に医師だった夫を心筋梗塞で亡くし、現在は地域の自然破壊と動物虐待に怒りを感じて抵抗運動をしている。一人娘とはうまく行っていない。必要とされていないことに寂しさを感じている。精神的な弱者を気にかけていて、ジュリエットとサミュエルに手紙を書く。
サミュエル・ジアン:パリ在住、21歳だった兄ジュリアンを2年前にガンで亡くしてから何もしていない20歳の青年。病気の兄を心配する両親のもとで育ち、兄の死の影から抜け出せずにいる。両親に不満もなく、友人もいる。勉強が苦手で全然できないので高校を退学になり、それ以降は何もする気がでない。兄の死後、彼のために自分がもっと何かをすべきだったのではという呵責をもち、頭から離れない。最近兄の残した蔵書を読み始めた。
ジャン・ボーモン:有能なビジネスマンで常に電車と飛行機で国内外を駆け回っているビジネスマン。同僚に頼りにされ、どんな汚れ仕事も引き受け、仕事に忙殺される毎日を送っている。高収入で自分の優秀さを意識し、一時はそれに有頂天になっていたが、妻と子供を全く顧みず、むしろ避けて近寄らず家庭は崩壊、離婚している。彼自身の子供時代も両親とは疎遠で、両親の関係を見て自分はそのようになりたくないと思ってきた。でも今は自分の孤独を噛み締め自己嫌悪に陥っている。誰かに話したいという気持ちからこの講座に参加する。
以上のような背景から、それぞれがエステルの「手紙の書き方講座」に参加をしたわけですが、彼らは必ずしも手紙を上手に書けるようになることを目的としていたわけではないようです。長い間、自分の心の中だけにしまっていた「名状しがたい」気持ちが、どこかにはけ口を求めた結果の行動でした。講師として彼らを導くはずのエステル自身も、一人の参加者として巻き込まれていきます。
三つのテーマ
彼らの手紙を読み進めていくと、段々二つのテーマが見えてきます。一つめは、彼らの悩みや問題には"家族"の歴史が描かれていることです。性格も違い、家族の在り方もそれぞれ違っても、彼らの悲しみ、恐れ、そして怒りには、家族でありながら言葉にできなかった、自分のうちにしまいこんできた思いがあり、徐々に語られていきます。この作品を読むと、すべての悩みは家族との問題にあるとさえ言えるように思われます。このような問題に自分も思い当たることがあるという方は多いのではないでしょうか。家族の秘密というのは口にされることがありません。なぜなら、知り合いに知られることを恥じたり、直接相手に言ってしまうことで、さらに傷ついたりより大きな失望を招くことがありうると思うからです。それなら見知らぬ誰かに打ち明ける方が安心だったり、逆に他に手だてがないならば勇気をもって本人に告げるしかない。その手段としてこの作品では手紙に再び注目したのです。実際手紙ではなくても、最近のフランスの文学では"家族"にまつわる内容がよく目立ちます。*国家よりも社会よりもより親密な枠組みの問題を通して人々は世界を見るようになったのかも知れません。
さて、もう一つのテーマとは、お気づきのように"喪"のテーマです。参加者5人とエステルで合計6人の中で、最初からそのことには触れないにしろ、徐々にサミュエル、ジャンヌ、エステルの3人が大切な人を亡くしたことをトラウマとしてかかえ、人知れず苦しんでいることがわかってきます。他のニコラ、ジュリエット、ジャンもそれまでの自分とは違う人生を歩もうとしています。つまり自分自身の"喪"を経験しているのです。ところで、ヨーロッパには20世紀にいたるまで、話題にはしない、人々が触れない二つのタブーがあったと言われています。まずその一つの"性(セックス)"がフロイトの精神分析によって20世紀初頭に解放されました。しかし、もう一つのタブーは20世紀の後半になってやっと人々に認識されるようになります。1970年代ころからアナル派の歴史学者による、死に対する人間の態度という研究が大きく注目されるようになりました。これは日本の読者が思うよりも画期的なことだったのです。仏教の文化では死を語ることに抵抗がないと思いますが、フランスでは私がいた90年代でもあまりオープンではなかったと思います。(今でも、文学では扱われても、人々は終活とかいうことは話題にもしないようです。)この作品では、それぞれの書き手、登場人物が"喪"の状態にあって、そこから新しい人生に立ち向かうきっかけを手紙が与えたことを作者は描きたかったのではないかと思います。
手紙が行きつく最後のテーマは、ですから、一人で抱えている苦しみを言葉にすることによって、他者と繋がろうとする"再生"です。この作品ではエステルが10年後について書くと言う課題を出しています。5人は何を書いたのでしょうか…
アプリケーションによる即時メッセージは、日常のやり取りには便利です。ソーシャルネットワークは、自分がどれだけがんばっているかを不特定多数の人を含めて、知り合いに伝えるためにはとても便利な方法です。しかし、この作品にあるような問題をそこに書くことは、あまり一般的とは思えません。この小説は、アプリケーションの時代に忘れられかけている手紙に立ち戻ることが、ハイになるばかりではなく、自身の心を深くさぐるということに繋がり、さらには他者にも共感をもって繋がっていけるかも知れないと考えさせるお話です。
あるインタビューで作者が述べている通り、手紙というのは、書いた人の温かみを感じさせるとか、返事を待つ時間を持つことができるとかいうような長所があるのはもちろんですが、私としてはやはり書いたことに対する責任を、メールに書く場合よりも感じるようです。手紙は物理的にも旅をします。人の手を介して旅をして、そうやって届く手紙には真摯な気持ちを抱きます。無事に届いたこと、読まれることにも感謝します。そして、手紙を書く時、誰もがいつもより個性的な文を書いたり、詩人になるとも言われています。
どの国、文化も手紙、書簡と呼ばれる文章を文学として残しているものです。字を書くことができる人々の環境、社会では手紙は公的にも私的にも重要なコミュニケーションでしたから、それぞれの時代、社会という背景を反映しているだけでなく、個人の独自の思想、感情を綴っているので読む人の関心をとらえ、共感を呼ぶ力があります。そのようにして手紙がヨーロッパでは中世のアベラールとエロイーズの往復書簡のように、日本においても平安時代から今まで文学として残ってきたことを、思い出させられました。手紙は幾千年も前から、人々を結ぶコミュニケーションの原型としての普遍性を持っているのです。
性格もプロフィールも話し方も、おたがいとても違う人たちが偶然に出会った相手、あるいは長年の伴侶や家族でも実は本音を知らなかった相手とどのように心を通わせていくのかがこの作品のストーリーの面白さでもあります。またフランス人と日本人ではそこに違いがあるのでしょうか。そんなような興味をお持ちの方にもお薦めできる肩をはらずに読める一作です。
さて、この作品では、最後の最後に日本の読者にはサプライズのようなエピソードが語られています。ぜひ本作を最後までお読みください!!
作者セシル・ピヴォについて
1966年パリ生まれで、ジャーナリストの養成学校で学んだのち、出版界で有名雑誌の編集やインターネット版の編集者を経て、ジャーナリストとしてのキャリアを築きました。2017年に自身の息子アントワーヌの自閉症とアスペルガー症候群【自閉スペクトラム症(ASD)】についての証言である本を発表します。その後2018年に父ベルナール・ピヴォと共著で読書と読書の喜びについて語った本を出版し、好評を得ます。2019年には自閉症の子を持つ夫婦を描く小説第一作を、そして2020年に『エステルの手紙教室』を刊行しました。その後も2021年、2022年に家族をテーマにした小説を発表しています。
セシルの父親、ベルナール・ピヴォはジャーナリスト、文芸評論家であり、テレビでは数々の文化関係の番組を司会し、全国的な催しとしてディクテ大会を始めました。2004年にゴンクール賞委員のメンバーとなり2014年から5年間の間委員長を務め、文学賞委員会の改革に努めた後、本人の希望で引退しまし、2024年に89歳で闘病の末亡くなりました。20世紀末から21世紀にかけてのフランス文化、文芸界を代表する人物の一人でしたが、セシルにとっても大きな影響を与えた存在といって間違いないでしょう。