N響オーチャード定期

2017-2018 SERIES

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ゲルハルト・オピッツ

11月のN響オーチャード定期に出演するピアニストのゲルハルト・オピッツさんにメールでインタビューをしました。

©Concerto Winderstein

今回、NHK交響楽団とベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」を演奏されますが、「皇帝」の魅力についてお話ししていただけますか?
 
「この作品において、ベートーヴェンはピアノ協奏曲の概念と交響曲のアイデアを理想的な形で組み合わせています。この曲は、聴き合っているすべての人にとっての、いわば作用と反作用の音楽なのです。オーケストラのメンバーと指揮者、そして、ピアニストとの間で交わされる対話には、それがもっともよく表されています。なかでも第2楽章は、ほかのどんな音楽よりも、まるで宝石のように美しく、詩的で、精神が瞑想する、魔法のような力が際立っているのです」
往年の名ピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプに師事されたとききました。ケンプからは、ベートーヴェンの作品を弾く上で、どのようなことを学びましたか?
 
「ケンプはベートーヴェンのスコアを隅から隅まで読み込むことに熱心で、ベートーヴェンへの大いなる尊敬の念をもって、楽譜に指し示されたディテールに向き合っていました。しかしこの姿勢は、彼にとっては作品に生命を吹き込むためのただのスタート地点に過ぎず、そうすることによってはじめて、彼独自のファンタジーとイマジネーションを未知の世界へと旅立たせることができたのです。ケンプは五線譜の中に書き残されている充実した音楽のメッセージを探し出すことに成功しました。ケンプがベートーヴェンを弾くと、まるでその瞬間に創作された音楽であるかのように聴こえました。彼は、当時私のような若い音楽家に、あらゆる作品を再生して新たな生命を宿らせるよう、教えを授けてくれました」
ケンプのほかに、強く影響を受けたピアニストや指揮者を教えていただけますか?
 
「クラウディオ・アラウやルドルフ・ゼルキン、アルトゥール・ルービンシュタインといった、ケンプと同世代のピアニストの演奏を聴くと、さまざまなことが明らかになり、啓示がもたらされます。さらに、ベートーヴェンの音楽に長年精通している指揮者たち、ヴォルフガング・サヴァリッシュ、オイゲン・ヨッフム、カルロ・マリア・ジュリーニ、マレク・ヤノフスキ、リッカルド・ムーティらとのリハーサルやコンサートは、貴重なインスピレーションの源となりました」
N響とは2015年11月にネヴィル・マリナーの指揮でモーツァルトのピアノ協奏曲第24番を共演されていますが、N響とはどのような思い出がありますか?
 
「N響の皆さんとの前回の共演は、まるで奇跡のような体験であり、その時の思い出はとても大切に記憶しています。オーケストラの皆さんはモーツァルトの音楽言語を深く理解していて、ハ短調のピアノ協奏曲を表現するのに素晴らしいパートナーでいてくれました。この時、私の長年の友人であったサー・ネヴィル・マリナーと共に演奏したことを、敬愛の念をもって思い出します。悲しいことに彼はこの約1年後にこの世を去り、その東京でのコンサートが彼と共に音楽を創った最後の舞台となってしまいました」
オーチャードホールでは演奏されたことがありますか?
 
「1989年9月にオーチャードホールが完成されてすぐ、リサイタルで演奏させていただきました。「ハンマークラヴィーア・ソナタ」を含むベートーヴェンの3曲のソナタを弾きました。その後、1994年に東京フィルハーモニー交響楽団とブラームスのピアノ協奏曲第2番でご一緒しました。今、この素晴らしいオーチャードホールで再び演奏させていただけることを、心から楽しみにしています」
今回のN響との「皇帝」について、最も楽しみにしていることは何ですか?聴衆には何を聴いてもらいたいですか?
 
「NHK交響楽団の皆さんと指揮者のダレル・アンと共に、ベートーヴェンの圧倒的な存在感、そして、私たちの人生の喜びを演奏に映し出したいと思っています。もしベートーヴェンがこのコンサートに来ることができたなら、私たちの演奏に共感し、時々その顔に笑みを浮かべながら聴いてくれることでしょう」
日本にはたびたびいらしていますが、日本ではどこかお気に入りの場所はありますか? 日本での楽しみは?
 
「いろいろな場所のなかでも、とりわけ京都にはある種の憧れを感じています。街そのものだけではなく、眺望に囲まれた環境も素晴らしいです。しかしバイエルンの森で育った私としては、美しい山々、川、湖、森を見ることができる日本の山間部が好きで、九州の大都市から離れた場所が特にお気に入りです。次回の滞在では、日本の皆さんの生活という観点から、私の新たな地平線を切り開きたいと思っています。皆さんの見識に注意深く耳を傾け、皆さんと共に人生を楽しみたいです」
今後、特に取り組んでいきたいレパートリーは何ですか? 特筆すべきコンサートやレコーディングの予定は?
 
「来年は、私が若い時から、共に歩み、人生を豊かにしてくれたフランスの作曲家たちの音楽に立ち戻りたいと思っています。これらのレパートリーをさらに探求して、新たな発見をし、長年弾いていない作品を再発見することが楽しみでなりません。あまり耳にする機会のないフランス作品をフランスで演奏する機会が近年度々あり、聴衆の皆さんを驚かすことができました。私の今後のレコーディングからは、フランス語のアクセントがはっきりと聴こえてくるかもしれませんね」

インタビュー:山田治生(音楽評論家)