N響オーチャード定期

2016-2017 SERIES

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アンヌ・ケフェレック

5月のN響オーチャード定期に出演するフランスの名ピアニスト、アンヌ・ケフェレックさんに、昨年9月に新日本フィル定期演奏会のリハーサルの合間を縫って、お話をきいた。(2016年9月15日・都内ホール・楽屋にて)

©caroline doutre

日本には何回くらい来てられますか?
「日本に初めて来たのが25歳のときでした。もう、30~40回は来ていますね。日本は大好きで、たくさんの思い出があります。来日のたびに会うお友だちグループのようなものがあって、気持ちが温かくつながっています。ホテルだけでなく、お友だちのお宅に泊まることもあります。

 もちろん、最初に日本に来たときは言葉の壁がありました。北海道でリサイタルをしたあと、地元の関係者の方、男性ばかり約40人がディナーを用意してくださいました。その素晴らしい料理は目にもごちそうでした。でも宴なのに、誰も英語がしゃべれなくて、とても静かでした。私は話したくてたまらなくなり、お酒も入っていたからでしょうか、突然、フランスの古い歌を歌いました。すると、そこの紳士たちも北海道の漁師の歌を一緒になって歌ってくれました。言葉はわからなかったですが、みんなで一緒に歌えて楽しかったですね。音楽がコミュニケーションをとってくれた。日本での最初の素晴らしい思い出です」
NHK交響楽団とはこれまでに何度も共演されていますね(1992年にG.A.アルブレヒト指揮でベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番、1995年にローレンス・フォスター指揮でサン=サーンスのピアノ協奏曲第2番、1998年にアラン・ギルバート指揮でモーツァルトのピアノ協奏曲第9番「ジュノム」)。N響の印象は?
「すごくプロフェッショナルで、とても良いオーケストラだと思います」
N響との共演は何が楽しみですか?
「オーケストラとの共演には、リアルタイムの面白さがあります。音楽の美しさと時間を人々と分け合う楽しさです。予想や計画をしていかない方が良い。私は、生き方を決めるたちではなく、いつも出会いや音楽のサプライズを楽しんでいます。

日本のお客さんが素晴らしいですね。静かに聴いてくださるだけでなく、芸術へのリスペクトがあります。誠実に音楽を聴いてくださっているのがわかります。モーツァルトやベートーヴェンを弾くと、お客さんに熱が伝わった手応えを感じます」
今回は、モーツァルトのピアノ協奏曲第9番「ジュノム」を演奏されますね。
「モーツァルトのピアノ協奏曲は、それぞれの作品が奇跡であり、ユニークであります。私は第9番にエニグマ(謎)を感じます。私はフランス人なので、モーツァルトがジュノム女史にこの曲を書いたことを誇りに思っています。彼女はモーツァルトにたくさん与え、モーツァルトは彼女のためにとてもヴィルトゥオーゾな曲を書きました。モーツァルトのピアノ協奏曲でカデンツァまできっちりと書かれたのは珍しいのです。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番と同様に1小節目から独奏ピアノが登場します。オペラの人物のような印象的な登場の仕方です。

私の目からすると、モーツァルトのピアノ協奏曲はすべて、オペラの翻訳だと思います。特に第9番は、固定したものではありませんが、自分のなかでストーリーを作って、それを思い浮かべながら、弾いています。特に第2楽章は、深み、内的な力強さ、悲劇、痛みがあって、素晴らしい。第9番は、モーツァルトが20歳を超えたばかりの頃の作品です。ちょっと聴いただけでは時期がわかりにくい。彼はこの曲を書いた後、しばらく間を空けてから、チャレンジングな大曲に取り組みました。

私はアルフレート・ブレンデルに多くを学びましたが、彼が引退前、最後に弾いたのがこのピアノ協奏曲第9番でした。この曲への思い入れがあったからだと思います。彼のお客さんへのアデュー(さようなら)です。今回、私は、アデューの意味ではございませんよ(笑)」
ピンカス・スタインバーグさんと共演されたことはありますか?
「昔、一度だけですが、イギリスで共演しました。腕の良い指揮者だと思いました。たぶん、リストのピアノ協奏曲第2番だったと思います」
日本滞在中の楽しみは何ですか?
「日本ではいつもやりたいことがあります。日本の店は楽しいですね。私はユニクロで買い物をするのが大好きなのです。パリのユニクロとはかなり違いますね。それからドン・キホーテも大好きです。ファンタジーがあり、何もかもごちゃごちゃなところが楽しい。いつも女友だちと行って、笑ってばかりいます。お友だちがいろいろなところに連れて行ってくれます。仕事以外のことを見るよい機会ですね。日本の料理が大好きで、デパートの地下を歩くとクラクラします(笑)。それから歌舞伎が好きですね」

インタビュー:山田治生(音楽評論家)