N響オーチャード定期

2016-2017 SERIES

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ライナー・キュッヒル

 1971年に弱冠20歳でウィーン・フィルのコンサートマスターに就任し、2016年まで45年間にわたり世界最高のオーケストラをリードしてきたライナー・キュッヒルさん。今年4月のN響オーチャード定期のゲスト・コンサートマスターを務め、リムスキー=コルサコフの「シェエラザード」では独奏も披露する。そんな彼に、1月、ウィーン・リング・アンサンブルとの日本ツアーの合間を縫ってインタビューした。キュッヒルさんはときには日本語も交えて話してくれた。(1月14日、ANAインターコンチネンタルホテル東京にて)

キュッヒルさんは4月のN響オーチャード定期でゲスト・コンサートマスターを務められますが、N響と初めて共演されたのはいつですか?
「1979年7月に弦楽四重奏団のメンバーとして日本に来ていたときに、マネージャーから『来週N響でチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を弾くように』といわれました。江藤俊哉先生が急病になり、私が代役を務めることになったのです。九州・沖縄演奏旅行で6回共演しました(福岡、長崎、熊本、大分、宮崎、沖縄)。指揮は井上道義さんで、徳永二男さんがコンサートマスターでした。沖縄公演で、すごい雷がコンサートの最中に聞こえてきたのを覚えています。

 その後、N響とは2007年にプフィッツナーのヴァイオリン協奏曲、2012年にグラズノフのヴァイオリン協奏曲で共演しました。グラズノフの協奏曲を指揮したマゼールさんは、その2年後に亡くなられたのですが、あのときは歩くのも辛そうでしたね。演奏が終わると私に『アンコールを弾きなさい』と言って舞台の袖の椅子に座り込んでられました。マゼールさんとは80年代のウィーン・フィルとの日本ツアーで鹿児島まで行きましたね。ニューイヤー・コンサートにもたくさん出ていただきました。

 2014年からは東京・春・音楽祭の『ニーベルングの指環』(四部作)で毎年ゲスト・コンサートマスターを務めています。そのほか、尾高忠明さんの指揮でR・シュトラウスの『英雄の生涯』のコンサートマスターも務めました(2011年)。N響でのコンサートマスターはやりやすかったですよ。オーケストラのみんなとも早くコンタクトがとれました。もちろん、N響はウィーンと奏法が違うし、違ってしかるべきなのですが、それでもすぐに一緒に演奏できるようになりました。私がオーケストラにスタイルを合わせるようなときもあります。R・シュトラウスなどの中央ヨーロッパの音楽では、できるだけ、私のウィーン風のやり方を伝えられればよいと思っています。その演奏会では、前半に尾高さんの父親の尾高尚忠の交響曲第1番もありましたが、その曲ではまったくマエストロのいう通りにしました。

 N響は継続して良くなっていると思いますよ。1950年代のヒューブナーが弾いていた頃のN響のフィルムを見たことがありますが、そのときに比べると、すごくうまくなったと思います」
リムスキー=コルサコフの「シェエラザード」のソロはどのように演奏されますか?
「指揮者によってものすごく違うので、指揮者が何を求めているかを知らなければなりません。スケールの大きなものを要求するのか、軽いものを要求するのか、ロマンティックなものを要求するのか、などなど。指揮者の要求によって、ソロも変わってきます。

 個人的には、『シェエラザード』はいろんな音色のあるカラフルな音楽だと思っています。ウィーン・フィルでは、1980年代初頭のプレヴィンとの演奏がすごく良かったですね。録音もあります(注:現在もCDとしてリリースされている)。彼とはギブ・アンド・テイクの良い関係でした」
前半にはブラームスのピアノ協奏曲第1番を演奏しますね。
「これも難しい曲です。特に第1楽章で良いテンポを見つけるのが難しい」
共演は、オルティーズさんです。
「25年ほど前、プレヴィン指揮ウィーン・フィルで、メンデルスゾーンのト短調のピアノ協奏曲を共演したことがあります。その頃、オルティーズさんは若く、とても上手でしたよ。

 (テーブルにあったN響オーチャード定期の来シーズンのチラシを手にして、ウィーン・フィルのヴァイオリン奏者出身のサーシャ・ゲッツェルの写真を見出す)。サーシャがN響オーチャード定期を指揮するのですか! 本当なら、その演奏会で弾きたいと思いますが、来年1月7日は、ウィーン・リング・アンサンブルのツアーがあって、出られないですね…。サッシャは、年末にウィーン国立歌劇場で『こうもり』を振ったり、大活躍しています」
ウィーン・フィルのコンサートマスターを退任して、最近は、どのように過ごされていますか?
「これまでは午前と午後にリハーサルがあって、夜は必ずオペラやクァルテットで演奏したり、何かがありましたが、今はとても自由になりました。それでいっぱいある楽譜や今までのプログラムの整理をしようと思ったのですが、いろいろなところでの演奏会が忙しく、なかなかできませんね(笑)。昨年11月にギターの福田進一さんとレコーディングしました。パガニーニやジュリアーニの二重奏曲です。春に発売される予定です」
ありがとうございました。

インタビュー:山田治生(音楽評論家)