今回の楽員インタビューは、2013年に入団、2015年からホルンの首席という重責を担う福川伸陽(ふくかわ のぶあき)さん。先ずは、4月初旬に東京文化会館で演奏されました『ジークフリート』(ワーグナー作曲)について伺いました。

『ジークフリート』第2幕のソロは、何と、舞台の上手から颯爽と登場、オーケストラの前で立って演奏されましたね。まるで、オペラの登場人物の様でした。

「今回、『ジークフリート』は初めての演奏でしたが、あのソロ自体は、オーケストラのオーディションなどでたびたび取り上げられますので、以前から暗譜するくらい良く知っていました。指揮者のヤノフスキさんが自由に演奏してよいとアドバイスしてくださったので、自分のペースで吹くことが出来ました。自分の音が消え入る後に、それを聴いているお客様の顔まではっきり見えました。」

ご自宅には、沢山の楽器(ホルン)をお持ちですね。以前、テレビで拝見しました。

「研究のために、様々な時代の、いろいろな地方の楽器を持っています。ベートーヴェンの時代の楽器(ナチュラルホルン)や、ピストンヴァルブが開発され、それがフランスに行って発展したりウィーンに枝分かれしていったり。日本のほら貝もありますよ。
今回のオーチャード定期でも演奏するブラームスは、自身もホルンを演奏出来たと言われていますが、ちょうど、ナチュラルとヴァルブの過渡期で、ヴァルブよりもナチュラルの少しくぐもった様な、いびつな音が好きだった様です。」

「例えば、『交響曲第1番』の第4楽章の有名なソロは、アルペンホルンの自然倍音をイメージしています。(と言って、目の前で実際に楽器を吹きながら解説してくださいます)このファ#は、不安定な高い音なんですけれども、ブラームスはそれを望んでいました。」

「それから、『交響曲第2番』の第1楽章の冒頭は、1番、2番ホルンは通常のオープンサウンドで演奏されますが、3番、4番ホルンは、“ふさいだ音”(クローズ)で始まるんです。つまり、作曲家は、1番、2番ホルンに比べて繊細な音から開始することを望んでいたのでしょう。
このように、実際に当時の楽器を研究することで、楽譜を見ただけでは理解出来ない、作曲家の欲していた響きや音のニュアンスを知ることが出来るのです。こうした研究の成果を、現代の楽器で大きなホールで演奏する私たちは、これから先の新しいものに繋げていくのです。」

では、ブラームスはお好きなのですね。

「ええ、大好きです。ブラームスを演奏していると調子が良くなるくらいです。この作曲家には、どんな音にも必ずエスプレッシーヴォがあります。一音たりともむだがないので、 一瞬たりとも気が抜けません。
ブラームスは、本当にホルンという楽器を愛してくれていたのでしょう。『交響曲第2番』でも、無理なく吹ける、美しいメロディを与えてくれています。」

ベートーヴェンは、どうでしょうか。

「ブラームスがナチュラルホルンの限界に挑戦していたのに対して、ベートーヴェンは、ブラームスほどではありません。ホルンに限らずどの楽器にもかなり厳しい書き方をしていて、作曲家の意志の強さを感じます。ホルンに対しては、信号的な使い方が多いですね。『田園』などは、自然倍音しか使わない。『英雄』の第3楽章もそうですね。あまり、旋律っぽいものは吹かせてくれない。」

『第九』の第3楽章のソロがあまりにも有名ですが。

「あれはベートーヴェンにしては珍しく、メロディックで大好きです。天国に近い階段を昇るような、本当に美しい音楽です。もう、あれだけで十分なくらい、そこに全てが集約された素晴らしい音楽です。第3楽章は、全て天国的ですね。『第九』は、年に5回くらい演奏しますが、吹いていて神様が降りて来てくれる日があるんですよ。」

ロンドンに留学されました。

「2006年、25歳の時に、一年間、ホルンのソロや室内楽の研究のために。週一回のレッスンを受けながら、毎晩、オペラ、コンサート、ミュージカルに足繁く通いました。美術館にも随分行き、インプットを沢山しました。一年間、音楽のことばかり考えていました。」

ロンドン交響楽団でも演奏されたそうですね。

「はい、ゲルギエフさんの指揮で『マーラーの交響曲第3番』などを演奏しました。マエストロは、パワフルで、それでいて繊細で、物凄い音をオーケストラから引き出します。
それよりも何よりも、師のデビッド・パイアットの演奏に触れられたことが一番大きな収穫でした。彼がふっと音を出すと、オーケストラの景色がさっと変わっていく。自分もあんなホルン吹きになりたいと思っています。」

個人で作曲家に作品を委嘱しているのですね。

「ホルンとピアノの作品は、既に20曲以上ある他、現在、藤倉大さんにホルン協奏曲を書いていただいています。以前、「ぽよぽよ」という作品を書いてもらいました。マッチョなイメージのあるホルンという楽器に、赤ちゃんのほっぺたの様な柔らかい音楽を奏でさせる。ロンドンに住んでいる藤倉さんとスカイプで話しあいながら、作曲家と演奏家が一緒に曲を作り上げるのはとても楽しいですよ。新作にもどうかご期待ください。」

ありがとうございました。