授業レポート

5限目:ザ・ミュージアム

アートの料理人
~ ザ・ミュージアムのキュレーター ~

9/7(日) 14:00~16:00

  • 先生 : 宮澤政男(株式会社東急文化村 ザ・ミュージアム チーフキュレーター)
  • ナビゲーター : クリス智子(ラジオパーソナリティ、タレント)
  • 教室 : 渋谷ヒカリエ8 / COURT
  • 定員 : 80名

Bunkamuraがプロデュースしている6つの施設を軸に、様々なジャンルの文化・芸術の楽しさを、シブヤ大学の協力のもとに紹介していく『オープン!ヴィレッジ』の授業レポートです。

5限目となる今回は、Bunkamuraザ・ミュージアムがテーマの『アートの料理人 ~ ザ・ミュージアムのキュレーター ~』。先生はBunkamuraザ・ミュージアムのチーフキュレーターである宮澤政男さん。キュレーターというお仕事やBunkamuraザ・ミュージアムのこだわりについて学びます。

Bunkamuraザ・ミュージアム

渋谷ヒカリエ 8 / COURT

会場となるのは渋谷ヒカリエの8階にある多目的スペース「8 / COURT」。今回は映像とトークを中心にした座学のみの授業。まず、シブヤ大学の授業コーディネーターの"おやびん"こと佐藤さんが、『オープン!ヴィレッジ』および授業について説明。続いて今回の授業を担当する"村人"、ミュージアム運営室の高山典子さんが登場。Bunkamuraザ・ミュージアムの成り立ちや特徴について説明してくださいます。

Bunkamuraザ・ミュージアムは、Bunkamuraのガーデンフロアと呼ばれる地下1階に位置する、総床面積837平方メートル、天井高4mの美術館で、展覧会毎にガラッと変わる展示空間やこだわりの演出が魅力。近代美術の流れに焦点をあてた展覧会を中心に、それまで日本で紹介されることが少なかった作家の個展や海外の著名な美術館の名品展などを手がけてきました。

シブヤ大学授業コーディネーターの佐藤さん

ミュージアム運営室の高山さん

ここで今回の進行役、81.3FMラジオJ-WAVEのナビゲーターとして活躍されているクリス智子さんとBunkamuraザ・ミュージアムのチーフキュレーターの宮澤さんが紹介され、壇上に登場。授業のスタートです。

チーフキュレーターの宮澤さん

ナビゲーターのクリスさん

<宮澤さんがBunkamuraザ・ミュージアムのキュレーターになるまで>

クリスさん:「Bunkamuraのキュレーターになられるということは、もともと西洋美術を専攻されていたのですか?」

宮澤さん:「いいえ、それが違うんですよ。大学ではフランス語を専攻していたんです。その後、大学院でアールヌーヴォーを研究し、その発祥の地ということで、政府給費留学生としてベルギーに留学しました。ただ、留学中に美術品の輸送会社に就職が決まり、そのままベルギーに居ついたんです。修士論文を書くために、一度日本に戻りましたが(笑)。当時の日本はバブル経済の頃で、ヨーロッパまで美術品を買い付けに来る人が多くて。そういう人たちの現地でのコーディネートや展覧会の準備などにも携わっていて、それが縁でBunkamuraとつながったんです。」

クリスさん:「ベルギーで美術関連のお仕事というと、大変なこともいろいろおありになったのではないですか?」

宮澤さん:「ベルギーでは、オランダ語とフランス語が公用語なので、まず電話の応対が大変でしたね。最初に相手の反応を聞いて、オランダ語かフランス語かを判断し、それから対応しないといけないんです。美術を扱う仕事なのに、搬送作業のときに作品の近くで平気でタバコを吸う人もいて、それを注意したりもしましたね(笑)。」

宮澤さんからは、他にもいろいろとベルギーでの貴重な体験をお話いただきました。その後、勤めていた会社が倒産、ご自身の通訳の能力や展覧会関連の仕事で培ったノウハウをもとに、フリーランスで活動を開始。10年ほど経った頃、『ジャン=ミッシェル・フォロン』(1995年開催)の展覧会で本格的にBunkamuraとのつながりが出来、それをきっかけに日本に戻り、宮澤さんのキュレーターとしてのキャリアがスタートしたそうです。

<キュレーターというお仕事について>

クリスさん:「そもそもキュレーターってどういうお仕事をされるんですか?」

宮澤さん:「Bunkamuraザ・ミュージアムでは、キュレーターと呼んでいますが、キュレーターとは学芸員のこと。で、よく言われるのは"雑"芸員(笑)。展覧会の企画、運営、広報など、展覧会に関するあらゆることをこなさないといけない。ただ、展覧会カタログなど、翻訳をする作業も結構あるのですが、そういう意味では、今まで自分がやってきたことが役に立っていると思います。こういう分野の翻訳は美術の知識が無いとできませんから。」

クリスさん:「宮澤さんの専門は西洋美術ですから、基本的にはBunkamuraザ・ミュージアムもそういう分野の展覧会が多いんですよね?」

宮澤さん:「そうですね。ただ、たまに日本の美術も混ぜています。お正月の時期だと、日本の美術をやってもあまり違和感がないんです(笑)。最近だと2012年の12月から開催した『白隠展 HAKUIN』ですね。でもBunkamuraらしさを出すために色々工夫しています。白隠展の場合もタイトルの文字をアルファベットにしたりね。そういう工夫をしています。」

クリスさん:「最初に展覧会の企画案を出すのは宮澤さんなんですか?」

宮澤さん:「いろんなパターンがあります。自分たちで考える場合もあるし、外部から持ち込まれるケースもあります。いずれにしても、展覧会を企画・運営する作業は、さまざまな新聞社、テレビ局の方などとの共同作業になりますね。」

キュレーターというお仕事に関するお話は20分程度でしたが、それでもその守備範囲の多さに驚かされました。今回の授業はキュレーターを目指している方も多く参加されていたようなので、みなさん参考になったのではないでしょうか。

<Bunkamuraザ・ミュージアムのこだわり・エントランス>

ここで今まで開催された展覧会のエントランスの様子がまとめられた映像が流れます。

『薔薇空間』(2008年開催)
宮澤さん:「タイトルの装飾に、アトリエ染花さんのコサージュを使わせていただきました。非常にリアルで美しいコサージュを、より美しく際立たせるために、壁紙を一度貼った後に全部張り替えたんです。」

『奇想の王国 だまし絵展』(2009年開催)
「左に展示されている作品は彫刻のように見えますが、実は一枚の板に描かれています。エントランスをさらに不思議な空間にするために、右にその影を描きました。これは照明に映し出されたものではなくて、壁に描かれたものです。これによって、より"だまし絵展"らしくなったと思います。」

『ブリューゲル版画の世界』(2010年開催)
「版画の場合は作品に当てる光の照度が大体50ルクスに指定されているんですが、これはかなり暗いんですね。この時は夏だったので、明るい屋外から入ってくるとほとんど見えない。だから、入り口の照度をあえてもっと暗くして、中に入ったときに50ルクスでしっかり作品が見えるよう演出しました。」

他にも『巨匠たちの英国水彩画展』『白隠展 HAKUIN』など、さまざまな展覧会のエントランスを宮澤さんに解説いただきながら拝見しました。こうやって比較しながら見ると、展覧会ごとに全く違う演出がなされていることがよくわかります。これからはエントランスに要注目ですね。

<Bunkamuraザ・ミュージアムのこだわり・展示室内>

続いていくつかの展覧会の館内映像を見ながら、各展覧会のこだわりを宮澤さんに解説いただきました。

宮澤さん:「会場内のソファのカバーは、展覧会のテーマや雰囲気に合わせて毎回変えているんです。『スイス・スピリッツ』(2006年開催)のときは牛柄にしました。白黒と茶色の模様の2種類。この展覧会のためにスイスに何度か行ったんですが、現地の牛は大体茶色なんですね。この茶色の牛柄の布を見つけるのが大変でした(笑)。図柄もイメージ通りのものを探さないといけませんし、ソファを覆うのにある程度の幅が無いといけないなど、いろいろと制約が多いんですが、毎回こだわっています。『ブリューゲル版画の世界』(2010年開催)の時はオリジナル柄の布を作っちゃいましたから。そのぐらいこだわっています。」

『ブリューゲル版画の世界』で使用された布地

宮澤さん:「会場内にも、展覧会のテーマに合わせていろんな空間を演出します。『薔薇空間』(2008年開催)の時は、会場内にパーゴラとガーデン用の椅子とテーブルを置き、バラの庭園のような雰囲気を演出しました。この展覧会では、同じようなサイズの植物画がたくさん並ぶので、単純に横一列にするのではなく、上下に並べたり、動きをつけたりして、見る人が退屈しないように、作品の配置にも気を配りましたね。最後はバラの写真を大きなパネルにして、トンネルを作ったんです。作るのも大変だったし、照明にも苦労したんですが、イメージ通りのバラのトンネルが美術館という空間の中に作れたと思います。さらに会場の一部という設定で、バラ研究家の松浦教子さんにご協力いただいて、会場外のガーデンフロアのスパインにもバラを飾りました。

宮澤さん:こうやって毎回いろんな演出をしているんですが、見ている方には、そういうことは考えず、ただ心地よく見ていただきたいですね。何か退屈だなとか、ちょっと変わっているなとか、思われたらダメ。何も気づかれずに心地良さだけを提供できれば、演出が成功した証拠だと思います。

展覧会を作る作業って、アーティストとキュレーターとのコラボレーションみたいなところがあるんです。だから、お借りした作品を最高の状態で見せるってことはもちろん、それ以上のものを出せるように工夫しています。

キュレーターを始めて、最初の頃に手がけた『パリ・オランジュリー美術館展』(1998年開催)では、オランジュリー美術館が改装前ということもあって、たくさんの作品が借りられたんです。どれも素晴らしいものだったんですが、中にはそうでもないものもある(笑)。そういう作品を、本場では絶対やらないような演出で見せたところ、先方の館長さんが「うちにはこんないい作品があったんですね」って褒めてくれたんです。あの時は嬉しかったですね。」

さらに、何も無い会場から一つ一つ壁を作り壁紙を貼り、会場を作っていく映像が流れます。作品が梱包されている様子、運び込まれる様子、現在開催中の『だまし絵? 進化するだまし絵展』の設営の様子など、普段見ることのできない場面がスライドショーで映し出されました。さらに最後は宮澤さんの実際のデスクの様子も登場。これはこれで貴重(笑)。この写真で、キュレーターを身近に感じられた方も多かったのではないでしょうか。

<Bunkamuraザ・ミュージアムを支えるプロフェッショナルたち>

ここからは、展覧会を支えるプロフェッショナルの方をゲストにお招きしてのトークコーナー。
一人目のゲストは、株式会社丹青ディスプレイのデザイナーの寺崎宏さん。

株式会社丹青ディスプレイの寺崎さん

寺崎さん:「Bunkamuraザ・ミュージアム開館の頃から空間デザインを担当しています。具体的には、まずキュレーターさんから展覧会の概要やコンセプトをお聞きして、作品の資料をいただき、そこから会場レイアウトを作っていきます。それぞれの作品をどう見せるか、毎回難しいです。宮澤さんは、色見本を自分で持っていらして、椅子や壁などご自分で色を選ばれるんですが、ここまでこだわる方はあまりいないですね。宮澤さんならではだと思います。」

宮澤さん:「色見本を見て決めても、実際に並べてみないとわからない部分がありますので、展示してみてからガラッと変えることもあります。お客さまにこの作品をこう見て欲しい、しっかり見て欲しいというメッセージを込めています。壁紙によって作品の見え方が全然違ってきますからね。例えばピカソなんかは朱色のような強烈な色を背景に使っても負けないですしね。逆に相乗効果でピカソの情熱がより感じられるんです。こういう大胆な色使いは公立の美術館では難しいかもしれません(笑)。」

寺崎さん:「展覧会の空間構成というのは、パズルみたいなところがあるんですね。作品の並べ方一つで空間の雰囲気が全然変わります。だから構成や位置などをいろいろ考えながら作っていくんですが、しっかり考えた結果、すべてうまく収まったときはやっぱり嬉しいですね。」

ヤマトロジスティクス株式会社の土屋さん

二人目は、ヤマトロジスティクス株式会社の美術品輸送カンパニー東京美術品支店の土屋久美子さん。

土屋さん:「入社してから7年、ずっと美術品の仕事に関わらせていただいています。最初は宮澤さんのような学芸員にも憧れていたんですが、色々考えているうちに今の会社に出会い、この道に入りました。作品をいかに安全に、効率的に、運んだり展示したりできるかを日々考えながら仕事をしています。

宮澤さん:「美術品の運搬はセキュリティの問題もあって大変なんですよね。作品には我々も触れられませんから。触るのはすべてヤマトさん。毎回クーリエという美術品の輸送や展示作業に立会う担当者が海外から作品と一緒に来るんですが、日本の輸送業者の評判はいいですね。後、いつもすごいと思うのは、当たり前のことなんですが、作品を横一列にしっかり並べてくれること。うちの場合は作品の中心線が155cm。作品のサイズ、掛ける場所、すべて違うけれど、ちゃんと揃えてくれます。」

土屋さん:「作品を並べる際は、レーザー水準器を使いますが、最後はやはり目視で調整します。額そのものがゆがんでいる場合もありますので。そこは職人の世界なんですね。私は7年目ですが、20年、30年の経験がある先輩たちもたくさんいらっしゃるので、まずは10年ぐらいでやっと一人前かなと。だから今はまだスタートラインにも立っていないと思います。でも大好きな美術の世界に関われて毎日楽しくお仕事させていただています(笑)。」

三人目は株式会社共立ライティングの照明製作部チーフLDの四野宮さん

株式会社共立ライティングの四野宮さん

四野宮さん:「展覧会によっては、水彩画と油彩画が混ざっている場合がありますので、そういう場合はそれぞれ照度を変えないといけないですし、照度の調整、紫外線、赤外線のカット、熱を抑えるなど、照明につけるさまざまなフィルターがあって、作品に合わせてひとつひとつ調整しています。照明は展覧会の最後の仕上げのところですから、時間的にも余裕の無い場合がありますから結構大変ですね。

宮澤さん:「『アントニオ・ロペス展』(2013年開催)では、ポスターにも使用した《グランビア》という作品があって、作品自体は素晴らしいんですが、額が全然作品に合ってなかったんですね。でも額ごと借りざるを得なかった。だから、作品の後ろに額と同じ色の壁を作って、なおかつ、額縁に照明を当てないように四角に光を切ってもらったんです。おかげさまで、額がほとんど気にならないように展示することが出来たんです。」

四野宮さん:「宮澤さんのチェックは毎回厳しいですからね(笑)。後、照明で大変なのは作品のガラス面への映りこみを避けること。ギラギラ光らないように方向も変えますし、地明かりといって、会場内に暗いところが無いように、作品以外にも照明を当てます。今開催中の『だまし絵? 進化するだまし絵展』も結構苦労しましたね。立体作品が多いんですが、平面作品と違って、いろんな角度から見られますから。テレビの仕事だとカメラが映した場面に照明を当てればいいんですが、美術館のような空間はお客様が動きますから、360度に気を配らないといけない。だから気が抜けないですね。」

みなさんのお話はどんどんディープになっていきましたが、普段聞けないお話ばかりで本当に刺激的でした。

最後は質疑応答のコーナー。今回は座学のみということで、質問コーナーにもたっぷり時間を取りました。「美術館のオリジナルグッズは誰が作る?」「会場構成の際に休憩所はどう設定する?」「予算を超過したような場合はどのような工夫をされていますか?」「宮澤さんの手がけられた展覧会で一番思い出に残っているのは?」などさまざまな質問が飛び交いました。

質疑応答のコーナーの後、宮澤さんからキュレーターとして、これからの抱負を語っていただきました。「今まで通りのこだわりを続けていくことに尽きると思うんですが、Bunkamuraザ・ミュージアムは私立の美術館ですから、やはり私たちらしさ、Bunkamuraらしさというものを大事にしていきたいと思います。」

これですべてのプログラムが終了。希望者が壇上に集合、みんなで集合写真を撮影しました。

今回は実際の施設ではない場所での座学でしたが、クリス智子さんの素晴らしいナビゲートと、宮澤さんの軽妙なトーク、展覧会を支える職人さんたちの貴重なお話によって、あっという間の2時間でした。

アンケートに記入してお帰りになる生徒さんにお話を伺いました。

こちらはアート関係の仕事に関わりたいとおっしゃる生徒さん。「キュレーターさんのお話がたくさん聞けて非常に勉強になりました。照明に関するお話も興味深いことばかりで楽しかったです。」と、大変喜んでいただいたようです。

こちらは大学で美術を勉強されていたという生徒さん。「普段聞けないお話がたくさん聞けてとても楽しかったです。ヤマトさんを始め、企業として展覧会を支えるみなさんのお話が面白かったです。」とのこと。今日はちょっとマニアックなお話も多かったですが、みなさんしっかり楽しんでくださったようです。

アートの展覧会では、展示されたアーティストたちの技術や情熱が注がれた作品に圧倒されますが、その裏には、展覧会を企画し、構成し、演出する、多くのプロフェッショナルの技術や情熱が存在しています。そんな職人技の世界に触れられた授業でした。アートの料理人たちが精魂こめて作った料理を、ただ"食す"だけではなく、"味わう"ということ。それが展覧会鑑賞をより豊かなものにしてくれるのではないかと思います。今日の授業を受けた生徒さんたちは、これから展覧会を見る目がガラッと変わるかもしれませんね。

出演者&スタッフのみなさん、ご来場いただいた生徒のみなさん、ありがとうございました。

クリス智子さんがナビゲートする番組
81.3FM J-WAVE 「atelier nova」
毎週土曜日12:00~15:00
番組URL:http://www.j-wave.co.jp/original/atelier/

文:中根大輔(ライター/世田谷233オーナー)
写真:大久保惠造