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Bunkamura25周年特別企画 デュフィ展 絵筆が奏でる 色彩のメロディー

2014/6/7(土)-7/27(日)

Bunkamuraザ・ミュージアム

展覧会のみどころ

20世紀フランスを代表する画家

ラウル・デュフィ(1877-1953)は、ピカソやマティスなどとともに、20世紀前半にフランスで活躍した画家です。代表作である、パリ万国博覧会のための装飾壁画《電気の精》(パリ市立近代美術館蔵)のように、明るい色彩と軽快な筆さばきで描く、独自のスタイルを築きました。彼の手によって描き出される南仏の街や社交界といった近代生活の諸相は、華やかさ、軽やかさを湛え、今もなお多くの人々を魅了します。

画家の本質に迫る

社会や生活の明るい側面を鮮やかな色彩と軽やかなタッチで描くデュフィの作品は、「生きる喜び」を表現するものとして評されてきました。そうした作品の一面ばかりに注目が集まった結果、時にその本質が見過ごされ、真の芸術家としての評価が軽んじられてきたこともまた事実です。詩人であり美術批評家でもあったギヨーム・アポリネールは、デュフィを「不遇にして、偉大なる画家」と評しましたが、この言葉は20世紀美術史におけるデュフィの立ち位置を象徴的に表しているといえるでしょう。本展覧会は、作品の多様な造形を丁寧に検証することで、色彩と光の戯れの向こうにある画家の本質を引き出します。

多彩な作品による充実の回顧展

パリ市立近代美術館、パリ国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)、アンドレ・マルロー近代美術館(ル・アーヴル)、ロンドンのテートなど、デュフィの重要なコレクションを有するヨーロッパの美術館から協力を得て展示される作品は、画家の代表作をはじめ、日本初公開を含む、油彩、素描、版画、テキスタイル、服飾、陶器、家具など、多種にわたる作品を予定しています。

1 代表作でたどる創造の歩み

1899年、美術学校で学ぶためにノルマンディー地方の港町ル・アーヴルからパリにやってきたデュフィは、はじめ印象派に共感を覚えます。しかしその表現方法に限界を感じ始めた頃に、マティスの《豪奢、静寂、逸楽》を観て刺激を受けると、固有色にとらわれない強度あるコントラストと堅固なフォルムによる画面構成を行うようになりました。
さらに1907年、サロン・ドートンヌで行われたセザンヌの回顧展に感銘を受けたデュフィは、その翌年にブラックと共に南仏のレスタックに滞在し、セザンヌ風に筆触を重ねて風景を描きました。

その後、木版画やテキスタイル・デザイン、本の挿絵など、絵画制作以外の仕事に集中する時期を経て、1919年からデュフィは再び絵画に積極的に取り組むようになりました。20年代以降の絵画作品は、テキスタイル・デザインの経験を通して得られた、フォルムの輪郭のうちに色彩がとどめられることのない、線と色が互いに自律した表現によって大きな飛躍を遂げます。線から自由になった色彩は、さらに「光=色彩」という独自の理論のもと、空間に満ちる光のように画面を覆い、作品全体の美しい調和を生み出しました。
こうした鮮やかな色彩による洗練されたスタイルは、今日まで多くの人々を魅了し続けるデュフィの最大の魅力です。本展では、初期から晩年にいたる代表的な絵画作品を通して、デュフィの作風が確立される過程をたどります。

2 木版画―知られざるモノクロの世界

1907年から1911年までの4年間、デュフィは木版画の制作に力を注ぎました。特に1909年末にミュンヘンに旅行し、ドイツの表現主義の画家たちの木版画を発見して興味を抱くと、旅行後に《ダンス》を含む4点の木版画を制作しました。これらの作品では、人物の周りを取り巻く植物を表現する曲線やハッチングなどが、画面を装飾的に活気づけ、モノクロであるにもかかわらず力強く華やかな印象を与えます。
またギヨーム・アポリネール『動物詩集あるいはオルフェウスのお供たち』の挿絵のために、デュフィは登場人物であるオルフェウスや動物を描いた40点もの木版画を制作しました。そこには、中世美術、ゴーギャンの作品にみられるような原始性、同時代のドイツ表現主義の木版画など、デュフィの様々な関心や着想が統合され、ひとつの独創性豊かなかたちがつくりあげられています。

3 デュフィとファッション

1909年、ファッション・デザイナーのポール・ポワレとの出会いにより、デュフィは装飾芸術の分野に深く関わるようになります。ポワレが設立した装飾美術学校「マルティーヌ工房」のためのグラフィック・デザインに始まり、1911年にはポワレと共同で「小さな工場」と呼ばれるテキスタイルの製作所をつくります。ここで最初に制作されたテキスタイルのモティーフには、デュフィの木版画が用いられました。1912年リヨンの絹織物会社ビアンキーニ=フェリエと契約を結び、1928年まで布地のデザインを提供するなど、デュフィはこの分野で長らく活動を続けました。バラなどの植物から幾何学的形態、漢字を用いた東洋趣味にいたる多種多様なモティーフは、画家がいかにこのデザインに対して研究熱心に取り組んだかを物語っています。

4 デッサンと水彩画の充実

初期のスケッチからは、描く対象を視覚的にとらえ画面へ写すという、画家にとって最も純粋な創造行為のなかに凝縮される繊細な感覚がひしひしと伝わってきます。また、油彩画とその準備素描の比較からは、デュフィの制作の過程を垣間見ることができるでしょう。
一方、水彩画は、色彩表現を探求するデュフィにとって、油彩よりも手軽な実験の場でした。花をモティーフにした40年代の作品群は、本展の見どころのひとつです。デュフィはこれらの作品を制作するにあたり、水に浸してぬれた紙に水彩絵具で描くことで、色彩の透明感を引き出しました。この制作方法では、紙が乾かないうちに素早く描かなければなりません。人物や景色といったモティーフにも動きやリズムを与える即興的な手法は、スピード感や高揚感に満ちた近代生活を描き出すデュフィ芸術の真骨頂といえます。

デュフィと音楽

教会で音楽を教えていた父、ピアノ教師やフルート奏者の兄弟といった、音楽愛好家の家族の中で育ったラウルは、音楽をこよなく愛しました。バッハやドビュッシーなど好きな作曲家へのオマージュを表したり、オーケストラの演奏者をコンサートホールの空間の中でダイナミックに描くなど、デュフィの作品の多くは音楽をテーマにしています。

デュフィと旅

故郷のル・アーヴルからパリに出てきたときから、デュフィは国内外の様々な場所を旅行して制作を行いました。特に1903年から定期的に訪れたマルセイユやマルティーグ、ニースなど南仏の地で、自然の景観や町並み、ブルジョワ階級の観光や社交の場など、様々な題材を見出しました。

会期中、一部展示替えがあります。
展示替えの作品については作品リストをご参照ください。

【前期】6/7(土)- 7/1(火)
【後期】7/3(木)- 7/27(日)
*7/2(水)は展示替えのため休館