ミュージアム開放宣言“ミュージアム・ギャザリング” ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:中本茂美さん@スイスの絵本画家 クライドルフの世界


ID_043: 中本茂美さん(よちよち屋店主)
日 時: 2012年7月3日(火)
参加者: 廣川暁生(Bunkamuraザ・ミュージアム キュレーター)、
ギャザリングスタッフ(中根大輔、高山典子、海老沢典世)

PROFILE

相模原にある良質な児童書とシュタイナーおもちゃのお店「よちよち屋」。普通の書店ではなかなか見つけられない翻訳の物語や絵本の古典・新刊などが並び、2階では絵本・物語の名作揃いの「文庫」で企画された読み聞かせや語りの会や大人一人のゆったりした本の空間を楽しめる時間も用意されています。「本当に子どもに読ませたい本」を常に探求してきた中本さんは、生きることの大切さ、真実と、楽しさを伝えられる本を選びます。 絵本なのだから絵の美しさも重要。どぎつくなく、人間の営みを映した絵として完成度の高いものを子どもに見せたいと語ります。絵本は、絵を見て文字を読み、そのふたつが絡み合って完成しますが、絵本の読み聞かせや講座の講師としても活躍する中本さんのフィルターを通した絵本の世界は、さらに深い輝きを放って聴く人の心に届きます。

よちよち屋HP http://www.yotiyotiya.com/


『絵から生まれる物語』


高山: 中本さんには、展覧会に合わせて南青山のギャラリー・ウーゴズさんで開催するイベント「クライドルフ・絵本の世界へのいざない」で、大人のための絵本の読み聞かせをお願いしているんですが、今日は、ギャザリングということで、日ごろから絵本に関わるお仕事をされていらっしゃる中での経験やクライドルフの魅力などについていろいろとお話いただければと思います。

中本: 私が普段から思っているのは、大人とか子供とか関係無く、本当に価値があるものに触れてほしいということなんですね。絵本に関して言えば、子供が相手だからといって、クオリティを重視しなかったり、わかりやすいものを選んだりするのではなく、絵にも文章にもちゃんと価値があるものを選んでいただきたいんです。そういう意味で、クライドルフの絵本は、本当に色と形と空間が素晴らしい作品です。今回の展覧会の中では《花を棲みかに(春の使い)》が好きなんですが、この作品をじっと見ていると、クライドルフにはきっと花や虫の声が本当に聞こえたんじゃないかなっていう気がしてくるんです。絵の中に登場する花や虫たちが感じている喜びや心地よさ、そういうさまざまな感情が伝わってきます。

廣川: クライドルフはアルプスの大自然に囲まれて暮らしていて、その自然の中にある小さな世界をずっとのぞいていたわけですから、本当にいろいろな動きが見えたり声が聞こえていたりしたのかもしれませんね。色彩も素晴らしいですし、描写もすごく繊細です。クライドルフの絵本の多くは水彩で描いたものをリトグラフに起こしているんですが、今回作品のいくつかをぬり絵にした際に、これでは色を入れられないんじゃないかっていうぐらい、細かな線で表現されている部分があって改めて驚きました。

中本: リトグラフとは思えない美しさですよね。クライドルフの絵本は、すべての工程をクライドルフひとりが手がけているんですか?

廣川: 《花を棲みかに(春の使い)》の作品はクライドルフが絵を描いて、リトグラフに起こしているのは別の人ですね。ただ、最初の作品《花のメルヘン》は、水彩の複雑な色合いをリトグラフに起こすためにすべて自分で手がけたようです。絵1枚に対して約10枚の版を使ったので、最終的には150枚ぐらいの石版を自分で作って。複雑に混ざり合った色彩をリトグラフに起こすのは本当に大変だと思いますけれど、徹底的にこだわったんですね。若い時にはリトグラフの工房で修行もしているんです。

高山: クライドルフの絵本は、絵だけでなくて文章も素敵ですよね。日本語版は矢川澄子さんが翻訳されていますけれど、クライドルフの絵の世界観がさらに昇華されている感じがします。

中本: 矢川さんの日本語訳が本当に素晴らしいんです。おっしゃるとおりクライドルフの世界観が広がっていますよね。クライドルフも喜んでいるんじゃないかしら(笑)。私は矢川さんの訳では、《花を棲みかに(春の使い)》の《音楽散歩》が大好きなんです。読んでいるうちに、その絵の中に音楽が流れているのが伝わってくるし、描かれている蝶たちが心から楽しみながら草の上を歩いている感じが伝わってきます。お互いに挨拶を交わして握手をして、それらのしぐさがとても品がいいんですよ。みんな貴族のように軽やかで。それが楽しいですね。

高山: クライドルフの絵本の物語って、起承転結を重要視したストーリーというよりは、どちらかというと詩みたいな感じですよね。

中本: まさに詩だと思います。絵本と言うより詩集といった方が近いかもしれません。最初から最後までストーリーが繋がっているんですけど、それぞれのページごとにしっかりと世界観や物語が展開されていますよね。

廣川: クライドルフはおそらくものすごい数のスケッチをしているんじゃないかと思うんですが、そうやって、小さな世界をじっくり眺めて観察しているうちに、いろんな物語が生まれてきたのかもしれませんね。

中本: 通常、絵本を作るプロセスとしてはストーリーが先にある場合が多いと思うんですね。編集者の方と、この物語のこのシーンにはこういう絵が必要ですね、みたいなやりとりがあったりして。でも、クライドルフの場合は、まず絵が存在していますよね。今回の展覧会でたくさんの作品を拝見して、クライドルフって情景を見て絵を描いて、そこから感じたことを言葉につなげるっていう作業を何十年もやってきたんだなってあらためて思いました。

海老沢: 昨年の夏によちよち屋さんにお邪魔した時に、絵本の読み聞かせを体験させていただいたんですが、そういう体験をしたことがほとんどなかったので、本当に新しい世界に足を踏み入れた感じでした。どちらかというと絵本の読み聞かせって子供向けというイメージがあったんですが、全く違いました。人の生の声を通して素敵な絵本の世界にひたる事ができるというのは素晴らしい経験ですし、大人がそういう風に本と触れ合う場がもっとあればいいのにって思いました。

中本: 絵も文章もクオリティの高い絵本には、大人向け、子供向けっていう括りはないと思うんですよ。対象に関係なく、素晴らしい芸術であることに変わりはないんです。だけど一般的には、絵本っていうと子供向けって思われちゃうんですね。そういう状況を何とかしたいと言う思いは常にあって、そのためには大人の方に聞いていただくのが一番いいんじゃないかと。

海老沢: 今回のクライドルフ展の開催にあたっても、絵本は子供向けという先入観から、この展覧会は大人も対象にしているというコンセプトがなかなか周りの方に伝わらなくて、会場を作る際も、作品の展示位置を低くしたり、子供向けに読み仮名をふったりする方がいいんじゃないかという案も出ました。でも、私たちはあくまでも子供向けではなく、まず大人が楽しんでそれを子供に伝えるっていうことでいいと思いましたし、結果的には大人も子供も関係なく楽しんでいただける展示になったと思っています。

中本: 大人の方は、みなさん物語がまずあって、絵はその物語の挿絵として存在しているという受け取り方をされるんです。そこに描かれているストーリーや知識に価値があるように思わってしまう。でもそうではないんです。特にクライドルフの作品はまず絵があって物語が生まれた作品ですから、まず絵を感じる事が大切なんです。不思議なんですけど、質の高い絵をゆっくり、じっくり見て感じれば、子供たちには絵が動いて見えるんですよ。

高山: 以前、中本さんから、読み聞かせの時はページをめくる瞬間がとても大切なんだと言うことをお聞きして、私も自分の子供に読み聞かせをする時に、意識してゆっくりページをめくるようにしたんです。そうすると絵本の世界への入り込み方がちがうんですよ。一枚の絵の中にいろんな発見をするんです。こんなものがあるとか、こんなことしているよとか。お話を優先すると、早く次のページへいきたくなるんですけど、そこをグッと我慢してゆっくりページをめくると、より深くその絵本の世界に入っていけるんだなっていうことを実感しました。

中本: 読み手の気持ちも大事なんですよね。ただストーリーを追うことに一生懸命にならずに、読み手も絵をしっかり見て感じながら、そこに言葉を乗せていくという読み方が必要なんです。その方が言葉を中心にした場合よりも、さらに世界観や内容が伝わるんですよ。むしろ絵本に描かれたそれぞれの絵と対峙する感覚ですね。

高山: まさに美術館で絵を見るときと同じですよね。美術館で展示されている絵には基本的に解説が付けられていて、解説を読んでから絵を見るか、絵を見てから解説を読むかは自由なんですが、やはりまずはじっくり絵を見てその世界観にひたっていただきたいですね。

中本: 私自身も若い時はそういう風に絵と対峙することってなかなかできなかったんです。でも意識してそういう絵の見方を続けているうちに自分が変わってきたんですね。かなり昔の話ですけれど、ムンクの展覧会でその感覚がわかった体験があったんです。展覧会の最後に4人の友人を描いた絵があって、それを見たときに、ムンクから「僕の友人です」って紹介された気がしたんです。絵の前に立って、全身で絵を感じるっていう見方がわかった瞬間ですね。そのときはいい意味で疲れました(笑)。
ですから、お母さまたちには本当にページをめくる“間”を大事にしていただきたいですね。物語を追って急いでめくるんじゃなくて、読む方も聞く方と一緒に絵と対峙している感覚を大事にしながら、ゆっくりとめくっていただきたいです。そうすると、ページごとに世界観が切れないんです。そこが切れちゃうと子供って感覚が鋭いのでわかっちゃうんですね。その絵を見て感じて、それに乗るようにして言葉を読む。そうすれば物語は切れずに続いていきます。

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