ミュージアム開放宣言ミュージアム・ギャザリング ― ミュージアムに出かけよう。ミュージアムで発見しよう。ミュージアムで楽しもう。

今月のゲスト:中本茂美さん@スイスの絵本画家 クライドルフの世界


『見えないものを感じる力』


高山: 今日は展覧会場に設けたリーディングコーナーでギャザリングを行わせていただいているんですが、せっかくですから特別に絵本を読んでいただいてもよろしいでしょうか。

中本: ええ、もちろんいいですよ。

-『くさはらのこびと』から《こけももの実を食べるくさはらのこびと》《こびとの村のけんかするふたりのお父さんこびと》のページの読み聞かせを実際に行っていただきました-

高山: ありがとうございます。やっぱりこうやって実際に読んでいただくと全然違いますね。何度聞いても素晴らしいです。

中根: ありがとうございました。ほとんど初めてちゃんとした絵本の読み聞かせを経験したんですが、今、本当に鳥肌が立ちました...。聞いていて思ったんですけど、絵本ってそもそも読み聞かせする事が前提で作られているんですか。

中本: そうなんです。お母さまの中には、お子さんがもう自分で読めるからっておっしゃる方がいらっしゃるんですが、基本的には読んで聞かせてあげるものなんです。こうやって聞くと、自分で読むのとは全然違うでしょ。例えば、この部分を読んでみましょうか。

―『花を棲みかに(春の使い)』から《ひかりをめざして》の部分を読んでいただきました―

中根: 今、読み終わった後に、船が動いて見えましたっ。

中本: そうでしょう(笑)。最後の「あなたがたをはるかな/無限のかなたへとおつれします」と読み終わったあとに、絵の中で蝶たちを載せた船がすーっと動くんです。子供たちもみんなそういいます。ちゃんと読んであげると、聞き手の想像力に繋がるんですね。そこが大事なんです。クライドルフもそれぞれの絵や言葉には描きたいもの、伝えたいことが詰まっていて、それを感じてほしいと思っているはずなんです。だから読み方、聞かせ方で同じ絵本が全く違うものになってしまう。そのために、読み手も技術的に上手いとか下手とかではなくて、まずしっかり感じないとダメなんです。

中根: クライドルフの絵本って、文章量が結構多いという印象があるんですが、実際にこうやって読んでいただくと、まったくそう感じませんね。

中本: 矢川さんの日本語訳が素晴らしいということもあると思います。今の時代にはない言葉のリズムがあるんですよね。さっきの《音楽散歩》に載せられた言葉でも「これぞ妖精たちの/生きがいというもの」「さてもかわいらしい/音楽散歩(コンサート)ですこと」ってね。このリズムが素晴らしいですし、また子供たちもちゃんとそのリズムを楽しむようになるんです。矢川さんは、作品の内容や雰囲気によって、言い回しをがらっと変えたりもされるんですよね。そういうところにも本当にこだわりを感じます。

廣川: 実は今回、絵とあわせて文章をどういう風に展示して見せるかはすごく悩んだところです。実際、出来るだけ本来の言葉の力を失わないように注意を払いながら、文章量を短くしたケースもあります。やはりまず絵をごらんいただいて、どんなことが描かれているのか、何が伝わってくるのかを感じていただきたいと思いましたので。

海老沢: 今回、クライドルフの絵本を出版されている童話屋さんに、『花を棲みかに(春の使い)』や『アルプスの花物語』を復刊していただきたいとお話したんですが、やはり難しいらしいんですね。というのも、これらの絵本は30年前に出版されたのですが、製本や印刷のクオリティが高くて、今の時代に再現するとものすごく高価なものになってしまうと。クライドルフが絵本の質にこだわったように、当時日本でも絵や言葉、色、形とすべてにこだわって作られたんだろうなって。

中本: 昔の版と比べると、まず紙質が違うんですよね。本当にこだわって原本とおり忠実に作られているものってあんまりないんですよ。

海老沢: クライドルフはかなり初版本を大切にされたそうで、次の版の絵本では一枚作品を抜いたりといったこともしたそうなんです。初版本と差ををつけたかったっていうことなんでしょうね。

中本: だからなんですね、版によって絵が抜けているものがあるのは(笑)。今の時代にこれだけのものを作ろうとすると難しいでしょうね。でも、子供用だからそれでいいということではないと思うんです。子供でもちゃんとそのあたりのクオリティはちゃんとわかるはずですから。

海老沢: クライドルフもクオリティにこだわりすぎてなかなか広まりにくかったので、廉価版を作ったりしたそうなんですが、常にいいものを作りたいという欲求と、たくさんの人に読んでもらいたいという欲求の間で悩みながら製作していたのかもしれませんね。

中本: いい絵本って、やっぱり作家さんのこだわりによって生みだされるんですよね。私の大好きなアメリカの絵本作家モーリス・センダックもかなりクオリティにはこだわっていて、クライドルフと同じく、原稿のチェックも相当厳しかったそうですから。

海老沢: 今回の展覧会に合わせて、代官山の蔦屋書店さんでクライドルフのフェアをやっていただいているんですが、クライドルフの前がモーリス・センダックのフェアだったんですね。その時に書店の絵本担当の方がおっしゃっていたんですが、実はセンダックもクライドルフのファンだったそうです。

中本: ええーっ。そうだったんですか?本当に?それは素晴らしいっ。

海老沢: その方がフェアにあわせてセンダックの本や関連書籍を読み返していてたんですが、その中にセンダックがクライドルフのファンであるという記述があったそうです。そういうつながりがあって私たちもびっくりしました。

中本: そうですね。センダックについて書かれた書籍は一通り読んでいるんですが、もう一回読み返してみます(笑)。そんなつながりがあったんですね。すごく嬉しいです。いいお話が聞けました(笑)。やっぱり今の子供たちには、こういう作品を読み聞かせてあげたいですよね。小学生の低学年向けだと、クライドルフの詩は少し難しいかなって思うかもしれませんが、「よちよち屋」の読み聞かせでも子供たちはすごく集中して聞いてくれるんですよ。子供たちってちゃんとわかるんです。むしろ難しい言葉が好きなんですよ。興味がわくんでしょうね。
そうやって、ちゃんといいものをずっと見せてあげていると、絵や言葉に対する感性が養われるんです。でも今は日本語もすごく崩れちゃっていて、子供だけじゃなくて大人も絵や言葉に対する感性が落ちている気がします。それがとても残念。だからこそ、質の高い絵や文章を用意してあげたいなって思います。

高山: 私もそうですけれど、お母さま方って、結局自分が小さい頃に母親から読んでもらった同じ絵本を選んでお子さんにも与えているんですよね。だから小さい頃の体験というのは本当に大切なんだなって思います。絵本もそうですし、美術館も同じ。小さい頃から美術館にも足を運んで色々感じたり体験してもらいたいです。子供には必ずしもきちんと理解できないこともあるかもしれませんが、いずれ大人になってからわかることもありますしね。

中本: そういう意味では、絵本は子供にとって初めて出会う絵と文章の芸術といえると思うんですね。だから本物を提供することが大事。そこにうそがあってはいけない。本物に繰り返し触れることで、本物に反応できるようになるんです。私たちには、ただ花が咲いていたり、昆虫がいるようにしか見えない風景でも、クライドルフには他の人には見えない音や声が聞こえたり、表情やしぐさが見えたりしたと思うんです。それはやはり感性が研ぎ澄まされていたからだと思うんですよね。子供たちにもそういう力があるはず。だから絵本にしても芸術にしても、やたら派手にしたり、わかりやすくしたりする必要はないんです。アメリカの海洋生物学者レイチェル・カーソンの著書「センス・オブ・ワンダー」の中に素敵な言葉が出てくるんです。「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要でないと。また、もしもわたしが、すべてのこどもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」をさずけてほしいとたのむでしょう。理解できるとかできないではなくて、その前にまず感じること。目に見えるものだけじゃなくて、目に見えないものを感じとること。すべてはそこから始まるんじゃないでしょうか。

  編集後記
 
 

「クライドルフの世界」はBunkamuraザ・ミュージアムとしてはじめての絵本原画展ということで、誰を対象としてPRしていくべきかとても悩みました。ちょうど1年前に、「相模原に絵本の読み聞かせの達人がいますよ」と紹介していただき「よちよち屋」におじゃまし、中本さんに読み聞かせやお話を聞かせていただいて、おとなでもこどもでもなくよいものはきちんと届くのだなということを肌で実感しました。特に絵本は「美しい絵と平易な言葉で大切なことをシンプルに伝える」という一番難しいことを実践しているからこそ、おとなにもこどもにもきちんと伝わるツールなんだということを教えていただき、そこからは自信を持って展覧会をPRしていくことができました。
1年たって中本さんとお話しさせていただき、また展覧会をとてもほめていただき、よいものをきちんと丁寧に伝えていくことの大切さを改めて実感しました。皆さまもぜひ機会があれば絵本の読み聞かせを体験してみてください!

海老沢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

 

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