Bunka祭(ぶんかさい)2020

2020.11.12 UP

文学賞

『川本三郎氏が語るカポーティ、その文学的魅力』開催レポート

ル・シネマ上映のドキュメンタリー映画『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』字幕監修を務めた、カポーティの遺作『叶えられた祈り』の訳者でもある川本三郎氏が、11月7日(土)に講演会を開催。カポーティ文学への愛と考察を語りました。

◆「強さ」が重視されるアメリカ社会で「弱さ」を描く

当時のアメリカ文学には、アーネスト・ヘミングウェイ、ジョン・スタインベック、ウィリアム・フォークナーという三大巨頭がいました。アメリカは、マッチョ的な信仰が非常に強い国で、男らしさをやたらと強調するのが特徴です。しかしカポーティの一番の特色は線が細いということ、非常に繊細で、文章は、それまでの作家と違って、ものすごく装飾的。

◆「孤児」の文学

そして孤児を主人公にした小説が多い。出世作となった『遠い声、遠い部屋』は、母親を失くした子供ですし、『草の竪琴』、『ティファニーで朝食を』は孤児が主人公。ノンフィクションの『冷血』には犯人が2人出てきますが、カポーティが、言ってしまえば恋をしてしまったペリィ・スミスも、孤児同然でした。そして遺作となった『叶えられた祈り』の主人公も孤児。非常に孤児の物語が多いんです。

ひとつには、ご存じのようにカポーティ自身が、親戚をたらい回しにされて、孤児同然で育ったから。それと、もうひとつ。そもそもアメリカ文学には孤児の物語が多いんです。新大陸であったために、両親が先住民に殺されたり、銃社会であったり、移動する社会であったことで、孤児が増えた。それから厳しいフロンティアの時代、ペリィ・スミスの親がそうだったように、親がアル中になってしまい、孤児同然の状況に置かれた。

加えて、そもそも家族という共同体が、ヨーロッパのようにきちんとしていないんです。逆にいえば、養子養女を育てることが普通になっているわけですが、家族というのはそこに自然にあるものではなくて、作っていくものだという考えがある。そうしたところで孤児の文学が大事にされていく。カポーティはそれを明らかに意識していました。

◆アメリカ文学とイノセンス

孤児というのは、当然ですが、まず子どもでなければなりません。新大陸はものすごく子どもを、そして子どもの持っている無垢、イノセンスをものすごく大事にします。

ヨーロッパの場合は、子どもが成長して大人になっていくのは、成熟していくということ。社会の汚れや汚さ、醜さも全部引き受けて大人になっていく。ところがアメリカ文学の場合は、「大人になるということは無垢な自分から離れていってしまうこと。イノセンスを失っていくことだ」という悲しみと痛みが支えになっています。

『遠い声、遠い部屋』のラストには、少年が今までの自分に別れを告げたといえる描写がありますが、それによってイノセンスを失ってしまうという悲しみが、作品の根底にあります。また主人公がカポーティの分身と考えていい『叶えられた祈り』では、イノセンスの世界から離れていってしまう自覚、慚愧、悲しさが、主人公の中にあります。『叶えられた祈り』の冒頭には8歳の少女が書いた作文が紹介されており、主人公は「自分はもう大人で醜いところもたくさん見てきた人間だけど、それでもまだこの少女の作文には惹かれるのだ」と持ってきています。

◆スックという、年上のいとこへの変わらぬ愛

今回の映画にも出てきますが、カポーティにはスックという年上のいとこがいました。スックには発達障害があり、人付き合いは全くできませんでした。子供時代、カポーティは親類の家に預けられます。その不幸な少年を、おばあさんのように歳の離れたこの従妹のスックだけが可愛がってくれたのです。

カポーティの短編『クリスマスの思い出』と『感謝祭のお客』には、スックという女性が登場します。それから『草の竪琴』の中に登場する女性も、スックをモデルにしています。カポーティは1984年に急死しましたが、葬儀を取り仕切った親友のジョアン・カーソンは、スピーチで『クリスマスの思い出』を朗読しました。かねがねカポーティ自身が、「自分の作品のなかで一番好きなのは『クリスマスの思い出』だ」と言っていたのを聞いていたからです。

今回の映画では、いろんな人がカポーティを語っていきます。そこで、あるファッション・ジャーナリストが、カポーティの遺品にあった、スックとの思い出が詰まった“クッキーの缶”について語ります。「カポーティがその缶を大人になってからも、ずっと大切にしていた」と。これはもう、まさにイノセンスそのものですね。あれだけアル中になって、ヤク中になって、乱れた生活をしていたカポーティだからこそ、子ども時代のイノセンスの象徴としての“クッキーの缶”を持っていた。いかにもカポーティらしいというか、アメリカ文学らしくて、ホロリとしました。『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』、ぜひご覧になってください。

構成・文・写真:望月ふみ