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2026.03.16 UP
演奏曲の解説を全公開!
モーツァルト:4手のためのピアノ・ソナタ ハ長調 K.521
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)が1787年5月29日に作曲。この前日に彼は愛する父レオポルト逝去の報せを受けているが、それが創作にどれほど影響を及ぼしたかは定かではない。モーツァルトは友人のゴットフリート・フォン・ジャキンの妹であり、優れたピアノの腕前を持つフランツィスカに捧げようと準備していた(最終的には別の人物に献呈)が、その際モーツァルトはこの曲について「かなり難しい」と記している。
第1楽章はユニゾンで力強い主題で開始。どこかオペラ《後宮からの逃走》のコンスタンツェのアリアを思わせる。第2主題の旋律は優雅さに満ちたものとなっている。第2楽章はおだやかでありながらどこか哀しみを湛えた雰囲気が印象的。中間部になると短調に転調し、緊張感のある楽想となる。第3楽章のロンドはK.330のソナタの終楽章に通じる旋律を主題とする愛らしい楽曲。しかし徐々に急速な音階や分散和音、パート間でのポリ・リズムなどが盛り込まれ、華麗さを増していく。
シューマン:アンダンテと変奏曲 Op. 46
ドイツ・ロマン派の作曲家、ロベルト・シューマン(1810-1856)にとって唯一の2台ピアノための作品。2台ピアノとチェロ2、ホルン1という編成の室内楽曲として作曲されたが、非公式の場での試奏後、2台ピアノ用に改訂されたという経緯をもつ。室内楽版、2台ピアノ版ともに出版されているが、作品番号が与えられているのは後者のみである。改訂の理由の一つには室内楽曲でありながら、ほぼピアノ主導で楽曲が構成されているという点が挙げられる。なお、1843年に初演された2台ピアノ版では序奏、間奏、そして第10変奏がカットされている(これらはチェロやホルンが主導の部分が多いため)。
夢想的な雰囲気に満ちた主題は、各パートが交互に旋律を奏でて展開する。第1変奏は主題の内容を踏襲しつつ、徐々に変化が加えられ、第2変奏では分散和音によってより細かい変化が与えられている。第3変奏では新しい旋律の登場、第4変奏では激しさが加えられるなど、ドラマ性が与えられていく。第5変奏では荘重な雰囲気に変わり、前変奏とのコントラストが作り出されている。また、執拗なまでにファンファーレ音型が繰り返されるのが特徴的である。この音型は室内楽版ではホルンが担っていたものである。第6変奏は最初のテンポで主題がまた現れ、第7変奏は技巧的な面が目立つものとなっている。第8変奏ではリズムの要素が強調された楽想で、第9変奏はシンコペーションのリズムが特徴的な舞曲風の性格となる。終曲では主題がふたたび回想され、静かに曲が閉じられる。
ヴィトマン:色とりどりの小品
ドイツの現代音楽作曲家・指揮者・クラリネット奏者であるイェルク・ヴィトマン(1973-)による2台4手ピアノ作品。シューマンに同名のピアノ曲集(Op. 99)があり、それに対するオマージュや関連性を想起させるタイトルだが、実際にはヴィトマン自身の初期のピアノ・デュオ作品のアイディアをもとに発展させた曲集で、全6曲で構成されている。なお、2022年に行われた初演でピアノを担当したのは本日の演奏者であるユッセン兄弟であった。
第1曲〈ファンファーレ〉は華麗な楽曲で、どこかシューマンの作品の雰囲気を漂わせている。第2曲〈鬼ごっこ〉は急速な音型と長い音符、休符が絶妙に配置され、各パートのやりとりと相まってスリリングな雰囲気を作り出す。第3曲〈ワルツ〉はチャーミングな雰囲気を持ちつつ、激しさも湛えた曲想。第4曲〈死の舞踏〉は力強いアクセントが多用されたリズムの面白さやピアニストに求められる多彩な技巧に彩られた楽曲。第5曲〈なぞなぞ〉は闇の中をさまようような不気味さがあり、難解な謎に悩む様が浮かび上がってくるようである。第6曲〈サーカスのパレード〉は、激しいリズム音型が繰り返されるなかで軽快な旋律や急速な音型が次々と表れ、華やかに曲を締めくくる。
ドビュッシー:6つの古代エピグラフ
クロード・ドビュッシー(1862-1918)による4手のための作品。ドビュッシーは古代ギリシャに対する強い憧れを持っており、それは彼の傑作《牧神の午後への前奏曲》や《前奏曲集》などにもみられるが、友人でもあった詩人、ピエール・ルイス(1870-1925)の詩集『ビリティスの歌』に付曲した歌曲や詩の朗読つきの室内楽曲にも強く表れている。この作品はその一連の流れにあり、1914年に作曲。全6曲の標題はルイスの『ビリティスの歌』から着想を得ている。第1曲〈夏の風の神、パンに祈るために〉はフルートを思わせる旋律が印象的に響く。第2曲〈無名の墓のために〉は和音の響きによって神秘的な空気感が作り出されている。第3曲〈夜が幸いであるために〉も静寂を感じるが、こちらは宗教曲のような雰囲気に包まれている。第4曲〈クロタルを持つ舞姫のために〉は躍動的な舞曲。第5曲〈エジプト女のために〉はドビュッシーが得意とするエキゾチックな雰囲気に包まれた楽曲。第6曲〈朝の雨に感謝するために〉はそれまでの楽曲とは打って変わり、きらめきとさわやかさに包まれている。
ラフマニノフ:2台ピアノのための組曲第2番 Op. 17
セルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)は、調性音楽の枠の中で、甘美な旋律と和声、自身の優れた技巧を駆使した作品を書き、ピアノという楽器の可能性をより引き出していった。ラフマニノフは1897年の《交響曲第1番》初演の失敗と私生活における問題が重なり、精神的に大きくダメージを受けていたが、1900年にニコライ・ダーリ博士の催眠療法を受け復活。ピアノ協奏曲第2番ハ短調、そしてこの楽曲を完成させている。
第1曲〈序奏〉は堂々とした威厳に満ちた行進曲。第2曲〈ワルツ〉は、急速なテンポ、三拍子と二拍子のフレーズの交差によって、スケルツォのような雰囲気が漂う。一方、中間部は甘美な旋律が歌われる。第3曲〈ロマンス〉はラフマニノフ作品の特徴である旋律美が前面に出た楽曲。旋律が様々に変形しながら徐々にテンポが速められ、クライマックスへと向かう。第4曲〈タランテラ〉はイタリア南部の情熱的な舞曲。この作品はイタリアの民謡集から引用、変形した主題が使われ、第2主題には東洋を意識した旋律が用いられている。
文:長井進之介(音楽ライター)