VOICE

NOTE制作ノート

2022.05.25 UP

Vol.3 『熊谷和徳×アイヌ伝統歌の唄い手4名』対談

日本とニューヨークを拠点に世界で活躍するタップダンサー熊谷和徳。国内外の数多くの一流ミュージシャンやアーティストとのコラボレーションを行ってきた彼だが、今回の舞台のテーマは「VOICE=声」。2年前、コロナ禍で閉塞的な気持ちを励ましてくれたのが人の“声”だった。その中で偶然見つけたのがアイヌの伝説的唄い手、日川キク子の“声”だ。自ら調べ、探しあてた日川キク子、またその過程でつながった床みどり、床絵美、郷右近富貴子とのオンライン対談が阿寒湖の郷右近の店と仙台のタップスタジオで行われた。

~日川さんを偶然、見つけたとのことですが、日川さんの唄に魅かれるのはなぜでしょうか?

熊谷:コロナ禍の2年程の時間のなかで、なんとなく気持ちが塞ぎこんでしまっていたのですが、そんな中、人の“声”の表現、特に民族音楽からインスパイアされることが多々ありました。
ある時、アイヌの音楽に興味を持ち偶然キク子さんの映像を見つけ、その声と唄に魅かれました。今回の公演のコンセプトを考えはじめた時に、共演できないものかとつながりを探しました。アイヌの音楽について調べていくうちに、キク子さんの出演していた映像を制作した方をたまたま紹介していただきました。さらに、調べていくと阿寒湖で行われている阿寒ユーカラ「ウタサ祭り」の映像に知り合いのミュージシャンが出演していることが分かりました。そこで、この祭りに出演しているKapiw&Apappo  / カピウ&アパッポ(床絵美、郷右近富貴子姉妹のユニット)とキク子さんが公演に一緒に来てくれたら素敵だなと思いました。
この時はアイヌについての知識がまだなく、阿寒湖のコタン(集落のこと)をはじめアイヌの文化がいろいろな地域で異なることも知りませんでした。後にキク子さんもカピウ&アパッポのお二人も同じ阿寒の方々と知り、全てがつながったという感じで、とてもこの偶然に驚いています!


~熊谷さんから共演のお話があった時はどんなお気持ちでしたか?


床絵美:アイヌ音楽とタップとの共演は初めてのことなので、とても斬新だなと思いました。


床みどり:「ウタサ祭り」で見たことのない楽器を演奏する方と共演することもあるので違和感はないけれど、タップとの共演は驚きました。ダンスというか、足でリズムを刻むものなので私は楽器なのかなと思っています。

 

日川:楽器ではなくダンスなのかと聞いて、共演なんてできるのかしらと思いました。自信ないなあ(笑)。タップのイメージも実際に見てみないと分かりませんね。

郷右近:タップとの共演は初体験です。

床みどり:映像で見るかぎり、タップは空中を歩く人という感じがします。地に足がついていないというか、浮いて見えますね。


~タップの歴史やルーツについて教えていただけますか?

熊谷:タップのルーツはアフリカの生活の中に根付いていたダンスでした。奴隷制により歌うことや踊ることを禁止された時代、唯一自由だった足で音を鳴らすことは、彼らにとって感情を伝える言語だったのだと思います。
先人たちからこういった文化を教えてもらいながら、彼らと分け隔てなく一緒に踊り、学んでいました。でも、自分の中にタップのルーツはありません。
だから、自分のルーツを表現している方には尊敬の気持ちがあります。でも、実際は大変なこともあるのだと思います。
特にアイヌ音楽を知るきっかけはあっても、歴史的な背景を知ることは少ないように思うのですが、どうお考えですか?
 

床みどり:私は、歴史的背景は自然と知るくらいで良いと思っています。調べてみれば分かることですが、あまり楽しい歴史ではありません。
それよりも、アイヌの持っている自然に対する精神性、人や物に対する独特な考え方を知ってほしい。踊り、唄、動物、自然に対してどういう考えを持っているかを。

郷右近:アイヌの精神世界とは、どんなものにも「カムイ(神)」が宿っていること、物を大切にする気持ちを言います。自然界に対する気持ちの向け方は、唄や踊り、儀式などすべて生活に結びついているのです。
この精神世界「アイヌ観」なくしては、唄は歌えません。
例えば、共演する方にも「アイヌ観」から唄ができている、といった根本的なことを知ってもらうと、より共感し気持ちをひとつに向けていけると思います。
母(床みどり)が話をしたように厳しい歴史や知っておいてほしい差別などももちろんあります。でも、アイヌ文化が懐の深いものであることをまずは知ってほしいですね。

床みどり:自然界に対する気持ちの向け方で思い出したのですが、森にプロジェクションマッピングを投影するイベントが今年は中止になりました。なぜなら、投影先にクマゲラの巣があったからなんです。クマゲラの子が巣立つまでイベントは中止です。

日川:この地では、クマゲラのほうがえらい(笑)。

郷右近:今朝も山に行ってきましたが、熊に合わないように「ホイホーイ」と声を上げながら歩きます。こちらの存在を熊に分かってもらえるように叫んだり、音を出したり。だから、足跡は見つけても熊に遭遇することはありません。

熊谷:阿寒では、熊との正しい距離感があり自然と共存しているのですね。

床みどり:ほとんどの熊は人を襲いません。人間より熊は性格がいいのです。

日川:アイヌは熊を大事にしているから、熊もアイヌだということが分かっています。だから昔から襲われたことはない。熊のほうが利口なんですよ。

熊谷:さきほど、厳しい歴史があったとお話しされていましたが、近年のアメリカでは、人種問題についてオープンに語り合おうという機運があります。
タップダンスも、さきほどお話した歴史を避けては通れない。でも、今まであまりその歴史に触れてこなかったがために、埋もれてしまった素晴らしいダンサーたちがいるのです。最近、ようやくこのダンサーたちも理解されはじめてきています。

床みどり:私の親の世代の時代はアイヌ語の禁止令があり、罰が課せられていました。祖母はアイヌ独特の入れ墨をしている人でしたが、孫の私にはアイヌ語を使うことはありませんでしたし、使ってはいけないと話していました。

熊谷:富貴子さんたちの世代では生活が変化していますよね。

郷右近:祖母が生きていたころが、一番大変な時代でした。私たちが子どもの時は、アイヌ文化を継承していこうという機運が高まってきたころです。

床絵美:母の世代は権利回復運動を起こして、戦っていましたね。私たちも若者代表、みたいな感じで勉強会に参加をしたことがあります。すると、自分たちの世代ががんばらないといけない、とプレッシャーをかけられて少し怖かったり、びっくりしたり。
阿寒のようにのんびりした地域だとアイヌの衣裳を着ていても気になりませんが、別の地域では全く違う境遇の方もいるし、アイヌであることを今でも隠している方もいます。


~熊谷さんは日川キク子さんと共演したい曲があるそうですね。

熊谷:「剣の舞」という曲をやりたいのですが、いかがですか?

日川:大丈夫ですよ。がんばります(笑)。

熊谷:アイヌ民謡はあるフレーズを繰り返すことが特徴だと思うのですが、何か意味があるのでしょうか?

日川:さあ、どうだろうか。そういうものだと思って歌っているけれど。

床絵美:始まりと終わりが分からなくて面白いですよね。

熊谷:繰り返しの回数は、決まっているものなのですか?

床みどり:回数は決まっていなくて、踊りが終わると唄も終わる、という感じです。

熊谷:それでは、踊り続けていたら終われない!!

床みどり:そうそう。唄い手が倒れるか踊り手が倒れるか(笑)。
儀式の場合はひとつの形で終わりますが、遊びで楽しんで歌ったり踊ったりしている時は競争をします。踊る人がいなくなるか、唄い手が歌えなくなるか…。
でも、最近はみんな疲れてさっさとやめちゃう。

床絵美:踊り手と唄い手とが両方でその場を作っているんです。

床みどり:人に見せるパフォーマンスというより、自分たちで楽しむのが基本。観客に見せる唄や踊りは、ここ最近、行われてきたことです。
お話したようにカムイに見てもらう、カムイと共に楽しむことがアイヌの唄と踊りです。

熊谷:倒れるまで歌ったり踊ったりすることは、カムイにそれをささげているということですか?

床みどり:ささげているのではなく、カムイと共に楽しんでいます。
みんなが歌ったり踊ったりすることでカムイが喜んでくれるから。みんながその場を楽しむことが、結果的にカムイを楽しませることになります。

郷右近:アイヌのウポポ(唄)を聞き、踊りが続いていく中に自分を投じていると、螺旋のループに入っていく感覚がありますね。

熊谷:トランス状態になっているのでしょうか?

郷右近:そうですね。だんだん、その場の空気感に自分が混ざっていく感じ。この感覚は神様に近づこうとしているのかな。

熊谷:ネイティブアメリカンにも繰り返されるフレーズで踊ることがあるので、何か意味があるのかもしれませんね。


~今も続いているアイヌならではの儀式やイベントはありますか?

熊谷:イヨマンテ(熊送り/アイヌの伝統的な儀礼のこと)は、今は行っていないと聞いています。

床みどり:阿寒湖畔では70年以上前から続いている「まりも祭り」があります。北海道中からアイヌの人が集まってきて唄や踊りなどを披露します。それぞれの地域で、衣裳も違うからそれを見るだけでも素晴らしい。でも、ここ数年はコロナで開催できていません。
最近では「ウタサ祭り」。来年で4回目の新しい祭りです。
 

郷右近:阿寒のコタンには、新しい音楽や試みに「よくわからないけれど、やってみるか」と協力してくれる先輩方がいるのが強みです。この気持ちがないと誰が訪ねてきてもうまくいきません。楽しもうとする心がないと難しい。

熊谷:映像を拝見しましたが、アイヌの伝統と最先端のものが絶妙に混ざり合っていて、新しいアートという印象を受けました。

郷右近:出演しているアーティストの方々も自分の音楽に取り込もうとせず、同じ土俵で考えてくれます。だから、こちらもこんな音楽や踊りがあるよと素直に出して、お互いに伝え合いながらひとつのものを作っていきます。

床絵美:出演者の方々と新たな音の世界…橋の向こう側に渡ろうと思ったのに、新しい試みが多くあるので知らないうちに山登りに!でもまあ、いいんじゃない?という感じでやっています。

郷右近:リハーサルと本番で2回しか顔を合わせていないこともあるしね。でも、まだ橋から落ちたことはないから大丈夫(笑)。
そういう意味では今回の公演も、ドキドキと楽しみが混じりあった気持ちですね。

 

編集&ライター:吉田葉子

 

 

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