エトワール・ガラ2016

Reportエトワールのいまをパリからお届け!

2016.05.27 UP

"エトワールのいまをパリからお届け!" Vol.1 ~バンジャマン・ペッシュが語るプログラムの魅力~

 8月3日に幕をあける待望の“エトワール・ガラ2016”。
参加ダンサーたちはオペラ座のシーズン最後の公演の稽古に勤しみながら、ガラのためのリハーサルも徐々に開始している。
すでに発表されているように、今年もとてもゴージャスで充実したプログラムだ。
アーティスティク・ディレクターを務める座長のバンジャマン・ペッシュは「2年前の“エトワール・ガラ”はとても好評でした。
それは、次も素晴らしいプログラムを用意しよう、次はもっと魅力的なプログラムにしよう!という意欲を生みますね」と語る。
今年2月にアデュー公演を開催し、オペラ座に別れを告げた彼。我が子のように大切に育てている“エトワール・ガラ”が今回は第5回目を迎えることにも、感慨深気な様子だ。
ダンサーたちによるセルフ・プロデュースである事がユニークな公演である。ダンサーたちの希望に耳を傾け、バンジャマンからも彼らに提案をし…
こうして構成されたAとBの2つのプログラムは、どちらもパリ・オペラ座の「伝統といま」を楽しめるラインナップである。
見どころを含めて、バンジャマンにプログラムを説明してもらおう。

*****

― フランス派スタイルの継承者ユーゴ・マルシャンが初参加する


「伝統という点でいうと、フレンチ・バレエのエレガンスが凝縮されているのは、グゾフスキーの『グラン・パ・クラシック』(Aプログラム)だと思います。これはローラ・エケが踊るのに、実にふさわしい作品ですね。パートナーはオードリック・べザール。2人ともすらりとした長身でとても良い組み合わせです。
この作品を思うと、2人の踊る姿がいまから目に浮かぶんですよ。
この作品ではフレンチ・アカデミズムのデモンストレーションを見ることができますね。
バランシンの『シルヴィア』(Bプログラム)はぜひともプログラムに入れたいと長年思っていたのですが、許可を得るのがとても大変で…やっと今回夢が叶い、とても満足しています。ジョン・ノイマイヤーの『シルヴィア』とは違って、バランシンのこれは2人のダンサーが踊る約15分の作品。これもローラ・エケ向けの作品ですね。
この作品の彼女のパートナーとして確かなクラシックの技術を持つ若いダンサー…それが今回白羽の矢をたてたユーゴ・マルシャンなんです。
昨年のコンクールでプルミエ・ダンスールに上がっていますが、彼に参加の打診をしたときはまだスジェでした。 オペラ座バレエの新世代を代表するダンサーで、オペラ座の未来です。
彼はフランス・スタイルのパーフェクトな継承者なので、日本のバレエ・ファンに彼のダンスを見てもらえる機会が得られてうれしいです。
彼は日々進化を遂げていて、今や国際的にも知名度を上げているようで…素晴らしいキャリアを築くに違いないダンサーですからね。
彼は『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』(Aプロ)にも、この“エトワール・ガラ”で初挑戦します。パートナーはドロテ・ジルベール。この2人の組み合わせは舞台の上で素晴らしい物を見せるはずですよ。ユーゴと組むことでドロテは一層と輝きを増し、生き生きと楽しげなダンスを見せるでしょう。
先ごろのオペラ座での『ロミオとジュリエット』で、彼らの相性のよさは実証済みです。その『ロミオとジュリエット』からバルコニーのパ・ド・ドゥ(Bプロ)も、2人は踊ります。
『ロミオとジュリエット』はガラでは、あまりヌレエフ版が踊られることはないで、楽しみにしてください」


ネオ・クラシックの新しいコレオグラファーたち

「今回のプログラムの特徴は、なんといっても新作がとても多いことですね。その中にはこれまで紹介したことのない振付家の作品がいくつも含まれています。
エレオノラ・アバニャートとオードリック・ベザールが踊るクリストファー・ウィールドンの『This Bitter Earth』(Aプロ) 。コロラドで開催されたバレエ・フェスティヴァルでこれを見て、素晴らしい作品だと思ったんです。
彼の作品は、今シーズン初めて『ポリフォニア』でオペラ座にレパートリー入りしましたね。
リアム・スカーレット同様に、彼も新世代のネオクラシック・コレオグラファーの一人で、この中にはエレオノラとエルヴェ・モローが踊る『クローサー』(Bプロ)を創作したバンジャマン・ミルピエも含まれますね。
今回はこうした新しい世代の仕事を日本の観客に紹介できる良い機会だといえます。『This Bitter Earth』の音楽はダイナ・ワシントンの歌です。こうしたことにも、一種のモダニティが感じられますね。
あいにくバレエ作品全部をまだ見たことがなく、このパ・ド・ドゥしか知らないのだけど、少なくともこのパ・ド・ドゥはエレオノラにぴったりだと思っています。
なぜか…それは彼女が持つ一種の奇妙さゆえです。彼女のダンスには独特な個性がありますよね、まるで昆虫のようで…。彼女の動きは純粋なアカデミックでも、純粋なクラシックでもなく、彼女ならではの特殊なランゲージを持っています。
パートナーのオードリックは素晴らしい踊り手です。稽古熱心で、彼なら安心して任せられますね。
『With a Chance of Rain』 のリアム・スカーレットは今話題のコレオグファラーといえるでしょうか。
つい最近ロンドンのロイヤル・バレエで公演のあった創作『フランケンシュタイン』のような物語は、この作品にはありません。アブストラクトで、バランシン的に雰囲気を語ります。
“エトワール・ガラ”ではこの作品から2つのまったく異なるパ・ド・ドゥが踊られます。
マチュー・ガニオとドロテはユーモアのある楽しいタイプを、エルヴェ・モローとローラは叙情的に…。
それぞれのカップルの個性にあっていると思いませんか?作品の一部とはいえ、20分近い演目なんですよ」


ヌレエフの『シンデレラ』と ノイマイヤーの『シンデレラ・ストーリー』


「前回の“エトワール・ガラ”では、ニジンスキーとロビンズの2人の振り付け家による『牧神の午後』をお見せしましたね。
このように同じ作品を異なる解釈で見せるのは、興味深いことだと思っています。
今回はAプログラムにノイマイヤーの『シンデレラ・ストーリー』 、Bプログラムにヌレエフの『シンデレラ』があり、前者を踊るのはシルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコ。
彼らは本拠地ハンブルク・バレエで何度もこの作品を踊っているけれど、“エトワール・ガラ”では初めてです。単にパ・ド・ドゥだけを見せるというのではなく、15分くらいのメドレー形式となります。
ノイマイヤーの方は特に時代設定はないのですが、ヌレエフ版の『シンデレラ』は30年代のハリウッドが舞台となっています。
今回は、これまであまりガラで踊られていない最後のヴェールのパ・ド・ドゥを、マチューとアマンディーヌ・アルビッソンがお見せします。
彼らはまだオペラ座ではこれを一緒に踊っていないけれど、2人は息のあった良い組み合わせなので素晴らしい舞台が期待できるでしょう。
前回はニジンスキーによるいわば伝統的な『牧神の午後』が出発点となって、影響をうけたロビンズが『牧神の午後』を創ったということもあって、2つの『牧神の午後』を同じプログラム内に入れました。
どちらも作品全部なので、こうして2つを続け見せることに意義があったのです。でも、今回はそれとは異なります。
ヌレエフもノイマイヤーもプティパの『シンデレラ』にインスパイアされているのであって、ノイマイヤーがヌレエフに影響を受けているのではありません。
それゆえ、どちらもシンデレラではあるけれどAとBに分けたのです」


男性ダンサー2名によるパ・ド・ドゥが2作品

「ぼくがいつもプログラム作りで心がけているのは、芸術的な提案です。というのも、日本のバレエ・ファンにいろいろな発見をして欲しいので。
その中で今回日本のバレエ・ファンにとりわけ気に入ってもらえるだろうと確信しているのは、男性ダンサーによるパ・ド・ドゥです。
1つはローラン・プティの『プルースト――失われた時を求めて」より“モレルとサン=ルー”』(Aプロ)。
これはぼくも過去に踊っていますが、男性ダンサーにとってとても魅力的なパ・ド・ドゥなんです。
そして、もう1つは世界初演となる『失われた楽園』(Aプロ)。
パトリック・ド・バナがマチューとエルヴェに創作した作品です。今回ド・バナの仕事を初めて紹介できるのも、うれしいですね。
彼独自の特殊な身体言語がこの作品でも見られます。音楽はアルヴォ・ペルトの「鏡の中の鏡」。ダンサー2人の関係が曖昧で、どちらがどちら…という視覚的な混乱があります。
こちらのパ・ド・ドゥが“ダブル”という重なりのアイディアがあるのに対し、プティのモレルとサンルーは白天使と黒天使という2面…男性のパ・ド・ドゥの異なる解釈がみられるので面白いと思いますよ」

*****

  ハンブルク・バレエ団のプリンシパル、シルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコの2人が踊りたいと希望した作品中、ティアゴ・ボァディンの『Sanzaru』と大石裕香の『See』は彼には未知の作品だったそうだ。
しかし初回から参加している2人が選んだというだけあって、どちらもバンジャマンの目指す今回のプログラムにぴたりと収まるセレクション。
ビデオでしか見たことがない作品を採用するのは珍しいことだというが、これこそが“エトワール・ガラ”が築いたダンサー間の信頼関係の強みといえるだろう 。

「今回はネオ・クラシックが多いこともあり、これまでに比べて舞台装置は比較的シンプルです。その代わり、雰囲気を生み出すために照明効果を前回以上に追求することになります。
そして今回の大きなポイントの1つとして、オペラ座で活躍する久山亮子がピアノ奏者として参加している事も言えますね。
ミルピエの『クローサー』、スカーレットの『With a Chance of Rain』、そしてロビンズの『アザーダンス』(Aプロ)の音楽が、彼女によるピアノ演奏です。
『アザーダンス』は最近オペラ座でも公演がありましたね。
マチュー・ガニオとアマンディーヌ・アルビッソンの組み合わせはパーフェクトでした。
でも、僕にとってこれは2人のパ・ド・ドゥという以上に、ピアノも含めたパ・ド・トロワなんですよ!」

 全作品について語りきれないほど、とにかく内容の濃いプログラムである。
自身の初振り付け作品『スターバト・マーテル』は、創りなおした新しいバージョンをドロテ・ジルベールと踊るそうだ。
座長バンジャマンの更なる心意気が感じられる“エトワール・ガラ2016”。
オペラ座の本拠地パリでも見る事のできないゴージャスなメンバーが踊る充実した2つのプログラムは、見逃せない魅惑にあふれている。


(取材・文 濱田琴子)