授業レポート

6限目:ル・シネマ

世界を見つめる映画館ミニシアター
~ ル・シネマから映画の旅に出よう ~

9/27(土) 14:00~16:00

  • 先生 : 中村由紀子(株式会社東急文化村 ル・シネマ プログラミングプロデューサー)
  • 聞き手 : 古賀太(日本大学芸術学部映画学科教授)
  • 教室 : 渋谷ヒカリエ8 / COURT
  • 定員 : 80名

『ようこそ、Bunkamuraへ!×シブヤ大学』のコラボレーション企画、『オープン!ヴィレッジ』の授業レポートです。『オープン!ヴィレッジ』はBunkamuraがプロデュースしている6つの施設を軸に、様々なジャンルの文化・芸術の楽しさを、シブヤ大学の協力のもとに紹介していく全6回の授業。

最終回となる6限目は、Bunkamura6Fにあるル・シネマがテーマの授業『世界を見つめる映画館(ミニシアター) ~ ル・シネマから映画の旅に出よう ~』。ル・シネマは独自の作品選定によりヨーロッパやアジア映画を中心に世界各国の芸術性の高い作品や作家性にこだわった作品を単館ロードショー方式で上映。数々のヒット作品やロングラン作品を生み出しています。

Bunkamuraル・シネマ ル・シネマ1とル・シネマ2

会場となるのは渋谷ヒカリエの8階にある多目的スペース「8 / COURT」。今回も映像とトークを中心にした座学のみの授業。まずは、シブヤ大学の授業コーディネーターの"おやびん"こと佐藤さんから授業についての説明や注意事項についてお話がありました。続いて、今回の授業を担当する"村人"、シネマ運営室の石川温子さんが登場。石川さんより『オープン!ヴィレッジ』および授業について説明があり、今回の先生でいらっしゃる、ル・シネマ支配人の岡田重信さん、シネマ運営室長でプログラミングプロデューサーの中村由紀子さん、聴き手を務めてくださる日本大学芸術学部映画学科教授の古賀太さんが紹介されました。壇上にて、みなさんからの簡単な自己紹介があり、授業がスタートしました。

シネマ運営室 石川さん(左)とシブヤ大学授業コーディネーター 佐藤さん(右)

ル・シネマ 支配人 岡田重信さん

プログラミングプロデューサー 中村由紀子さん

日本大学芸術学部映画学科教授 古賀太さん

前半はル・シネマやプログラミングプロデューサーのお仕事などについて、スライドショーを見ながら学びます。

<ル・シネマについて>

岡田さん:「ル・シネマはル・シネマ1とル・シネマ2の二館ございまして、1の方が150席、2の方が126席となっております。料金体系に関しては一般の方が1,800円で、シニアの方やTOP&カードをお持ちの方には割引料金をご用意してありますが、若い方にも積極的に映画館に足を運んでいただきたいということで、この春から、大学・専門学生の方は平日1,100円となっております。また、上映中は静かな環境で映画に没頭していただくために、座席での食事はご遠慮いただいております。その代わり、会場にはビュッフェがございますので、こちらでゆっくりとお食事をお楽しみください。また、これはBunkamuraのコンセプトでもありますが、お客様に手から手へ、さまざまなサービスやコンテンツをご提供させていただくということで、自販機や発券機などは置いてございません。これらが私たちの大事にしているおもてなしの心、ホスピタリティです。」

岡田支配人からは、他にも空調に関することなど、映画館という空間で快適に過ごすためのこだわりをお話いただきました。私もル・シネマは何度も利用させていただいているのですが、初めて伺う話も多かったです。ミニシアターのファンとしては、まさにかゆいところに手が届く徹底ぶりで、このお話だけでテンションが上がりました。

<ミニシアターとシネマコンプレックスの違い>

中村さん:「いわゆるシネコンと呼ばれるシネマコンプレックスには、一つの建物に5から10、またはそれ以上のスクリーンがあって、その時期の最新作や話題作をほとんど網羅しています。したがって上映される作品も邦画・洋画を問わず、メジャーな作品が多くなるのが特徴です。一方ミニシアターでは、それぞれの映画館が持つ個性に合わせた作品選びをしています。従来から渋谷は"ミニシアターの街"と言われており、個性的な作品を上映するミニシアターがたくさんあります。上映作品を選ぶことを番組編成というのですが、それぞれの劇場には、私と同じように作品を選ぶスタッフがいて、テーマを設定したり、監督にこだわったり、自分たちの劇場に来てくださるお客様に合う作品を選んでいます。これがミニシアターの一番の特徴だと思います。」

古賀さん:「歴史的には、日本で最初のシネコンは1993年に海老名で始まったんです。それ以来どんどん増えて、今では日本の映画館の85%がシネコンになっています。」

中村さん:「1989年にル・シネマがオープンした時は、ミニシアター全盛期の一歩手前だったんですね。それまでも岩波ホール、シネマスクエア東急、シネヴィヴァンと言ったミニシアターがあって、それぞれ非常に特徴的なセレクトで、魅力的な映画を上映されていました。そんな中でル・シネマでは、施設の名前がフランス語であったこと、Bunkamuraの建物のデザイナーがフランス人であったこと、それまでのミニシアターでは、アメリカのインディーズ作品が多く上映されていたことなど、さまざまな状況を考慮して、当初はフランス、ないしはヨーロッパ映画にこだわってセレクトしていました。」

古賀さん:「ル・シネマでは、25年間で300本近い作品を上映されていますが、いわゆる"ル・シネマらしさ"がでてきたのはどのあたりでしょうか?」

中村さん:「彫刻家オーギュスト・ロダンの弟子と言われた女性が主人公の『カミーユ・クローデル』(1989年10月公開)という作品がありまして、当時、東急百貨店でカミーユ・クローデルの作品展が開催されるなど話題になっていたのですが、この作品をグランド・オープニングに近い形で上映できたのが大きかったと思います。この作品は予想を上回る大ヒットになりました。特に女性のお客様がたくさんご来場くださったんです。しかもみなさんからは、映画への興味だけではなく、彼女の彫刻作品や生き方に共感する想いが伝わってきた。その時に、ル・シネマでは、こういうお客様を念頭において作品を選んでいきたいと思いました。」

いきなりの大ヒット作となった『カミーユ・クローデル』は、41週にわたって上映されたとのこと。古賀先生によると、シネコンができてから、上映のサイクルも段々早くなっているそうです。上映形態、サイクルなど、映画館の運営も時代とともに移り変わっている様子がしっかり学べました。

<プログラミングプロデューサーのお仕事>

古賀さん:「中村さんは日本ヘラルド映画という会社に7年お勤めされ、その後ル・シネマにいらっしゃるんですよね。どういう経緯だったんですか?」

中村さん:「映画会社では、最初は音楽の仕事、その後はビデオの仕事をさせていただいたのですが、シネマスクエアとうきゅうなどで、上映された作品のビデオ化にも関わらせていただく機会があったんですね。そういう仕事を続ける中で、自分も観てくださった方の心に残る作品を上映するような仕事ができれば嬉しいなと思っていたところ、運よくご縁があってBunkamuraという新しい施設で映画の番組編成をやりませんか、というお話をいただいたんです。本当に偶然の出会いでした。」

古賀さん「番組編成の担当者として、さまざまなこだわりで上映作品をセレクトされていると思いますが、監督にこだわった作品選びもなさっていますよね?」

中村さん:「先ほどからお名前を挙げさせていただいているミニシアターの先輩たちも、監督にこだわった特集をよく組まれていたので、ル・シネマでも素晴らしい監督に出会えれば、とは思っていました。そこで1991年に『髪結いの亭主』という作品を通して出会ったのがフランスのパトリス・ルコント監督です。作品選定の試写会でこの作品を見たときに、今まで味わったことの無い感動を覚えました。"かほりたつ、官能"のキャッチコピーの通り、スクリーンから温度までもが伝わってくるような色っぽさを感じました。しかもそれはヨーロッパの作品というよりも、日本独特の奥ゆかしさのような色気なんですね。さらにアラビックな音楽も非常に印象的でした。この作品を日本のみなさまに大変支持していただきまして、その後ルコント監督の作品を8本上映させていただきました。」

古賀さん:「『髪結いの亭主』は、ル・シネマの歴代興行成績でも10位に入っていますね。」

中村さん:「本当に日本で愛されている監督だと思います。後、ポーランドのクシシュトフ・キェシロフスキ監督も素晴らしい作品を残しています。この監督の特徴は映像で登場人物の心情を物語るところです。そして、常にコンビを組んでいたズビグニエフという作曲家がいまして、彼の音楽と映像があいまって、えもいわれぬ感動を生み出します。この監督の作品はぜひご覧いただきたいです。」

作品選びにあたっては、映画の内容だけでなく、本当にさまざまな要素から総合的に判断されていることに驚きました。ご自分の感性や想いを信じつつ、客観的な目線も忘れない、プロフェッショナルとしてのお話がたくさん聞けました。ここで一旦休憩。授業は後半に入ります。

<海外映画祭について>

古賀さん:「中村さんは、海外の映画祭にもよく参加されていますが、具体的にはどういうことを行われているんですか?」

中村さん:「海外の映画祭は作品の買い付けにおいて非常に重要なマーケットです。私たちがメディアで目にするのは、いわゆる賞レースの部分ですが、その裏では、作品の売り買いにおいて熾烈な競争が行われています。海外の映画祭では、2週間ぐらいの期間で作品数が800本ぐらいになるときもあります。特にカンヌ映画祭のような大きな映画祭で賞を獲った作品は世界的にも注目されますし、作品の価値も上がります。映画祭での評価は作品を選ぶ上でも重要な要素ですね。」

古賀さん:「日本映画の場合は製作→配給→興行という流れになりまして、興行というのは映画館のことですね。で、外国映画の場合は買付→配給→興行となります。なので、ル・シネマのような劇場が直接買い付けるわけではありませんから、わざわざ映画祭に出かけなくてもいいのでは?」

中村さん:「さまざまな映画館の番組編成の担当の方たちが映画祭の現地にいらっしゃいますので、やはりその時に注目される映画に関しては、競争になることが多いんです。どこの配給会社が買い付けるかを情報収集する必要もありますし、場合によっては、ル・シネマで上映することを条件に、配給会社に買い付けてもらうよう依頼することもあります。配給会社と映画館が二人三脚で買い付けるイメージですね。」

古賀さん:「映画の買い付けの金額って生徒のみなさんもご興味があると思いますが、基本的には時価なんですね。お寿司と一緒(笑)。大体数百万円から数億円ぐらいの幅があるんです。賞を獲ると値段が急に跳ね上がったりする場合もあります。本当にリスクの大きいビジネスですね。」

中村さん:「数百ヶ所の映画館で上映されるような作品では、買い付け金額が何十億円という値段が付くものもあります。ただ、値段が高い作品がヒットするかというとそれは全く別の問題です。ミニシアターでは基本的にそこまで高額の作品は取り扱いませんが、それでもやはりリスクは大きいビジネスですね。」

<上映作品選びについて>

岡田さん:「『別離』、『愛、アムール』、『グレート・ビューティー/追憶のローマ』と、2012年より3年連続で、ル・シネマで上映した作品がアカデミー外国語映画賞を受賞しました。これは素晴らしい実績だと思うんですが、それぞれ観たときに、手ごたえのようなものはあったんですか?」

中村さん:「どれも素晴らしい作品だと思いましたが、それぞれに印象は違いました。例えば『別離』は非常に難易度も高く、一見地味な作品です。ただ、これはぜひ日本のみなさんに観ていただきたいという想いがありましたので、半年近く、どういう風にプロモーションが出来るのかを考え続け、海外の映画祭での評価なども収集しながら最終的に決断しました。逆に『愛、アムール』に関しては、脚本を見せていただく機会があり、その場で買い付けを決めました。もちろん"老い"というテーマがお客様にとって身近な問題であることや、ミヒャエル・ハネケ監督の評価が世界的に高まっていたことなど、さまざまな情報や評価から判断しているのですが。後、賞を獲れるかどうかはもちろん運もあります(笑)。」

中村さん:「ミニシアターでは、それぞれの劇場の個性に合わせた作品選びをしています。ル・シネマでも、誰もがいいと思う作品を上映しているわけではありません。みなさんも、自分がいいと思った作品に自信を持ってください。自分の中で、その映画の良さを見つけていただければいいんです。また、ミニシアターで上映される作品は、結末がよくわからない作品が多いという声もたまに聞くことがありますが、これもみなさんが決めてください(笑)。自分で決めた結末がその映画の結末です。そういう楽しみ方が出来るのがミニシアターの良さなんです。」

<作品決定から公開までのプロセス>

古賀さん:「実際に買い付けを行ったとして、その後、上映まではどういう作業が必要になるのでしょうか?」

中村さん:「海外から作品の素材が来た時は翻訳も字幕も無いわけですから、まずそれをつける作業を行います。さらにタイトルやキャッチコピー、ポスターのビジュアルなども必要です。それらが揃って上映できる状態になると、まずはマスコミの方に見ていただきます。このあたりは主に配給会社の方のお仕事になります。タイトルやポスターのビジュアルなどは、私たちも関わることが多いです。本来なら原題を直訳してタイトルとして成立するのが一番いいんですが、それでは日本のお客様に内容や雰囲気が伝わらない場合があるんですね。」

古賀さん:「確かに『髪結いの亭主』なんかは原題のフランス語を直訳すると"美容師の夫"ですよね。これだと意味はわかるけれども、作品としての魅力が伝わらない(笑)。」

中村さん:「『髪結いの亭主』は日本的な情緒を含んだ作品だと思うので、日本独特の言い回しをタイトルにすることで、そういうニュアンスも伝えられるのかなと。昨年末に公開した『バックコーラスの歌姫たち』の原題は『20 Feet from Stardom』でした。センターステージから20フィートってことですね。これだけだと映画の内容が伝わりづらいので、バックコーラスの女性たちがメインの物語であること、とはいえ、"裏"というイメージでは無くて、縁の下の力持ちとしての誇りも伝えたい、などの要素を考慮して決めました。ポランスキー監督の『毛皮のヴィーナス』は、ポスターのメインビジュアルがシンプルすぎたので、日本では独自のビジュアルで展開しています。」

岡田さん:「タイトルの決定には私たちもスタッフとして参加します。今、ル・シネマで公開中の『リスボンに誘われて』も、原題は『Night Train to Lisbon』で、「リスボンへの夜行列車」だったんですが、みんなでいろいろと話し合った結果、この邦題になりました。」

中村さん:「25年、長いことやっていると目線が自分たち目線になってしまって、お客様がイメージして浮かぶタイトルと我々スタッフが考えるタイトルが乖離してしまうと、危険で、そうならないように、皆さんの目線で作品も選んでタイトルも決めるよう、一番気をつけています。」

ここで後半の授業も終了。続いて質疑応答のコーナーです。「年間何本ぐらい映画をご覧になりますか?」「作品選びで想定されている年齢・性別はありますか?」「これから映画製作で注目される国は?」「ミニシアターの存続・盛り上げのために考えていらっしゃることは?」など、さまざまな質問をいただき、先生方よりお答えいただきました。

これで本日のプログラムが終わり、全6回の授業も終了となりました。と、ここでサプライズ企画。全6回すべて出席された生徒さんがいらっしゃるので、特別に表彰式が行われました。毎回募集の数倍の応募をいただく中ですべて出席されるというのはすごいっ。コンプリートされた生徒さんには、表彰状とBunkamura25周年記念グッズが手渡されました。 サプライズ表彰式を終えて最後は集合写真。アンケートをご記入いただいて解散です。

今回も会場で直接お客様にお話を伺いました。

「授業がすごく面白くて、あっという間に2時間が経ってしまいました。もっと個別の作品についてもいろいろお話を聞きたかったです。」「ミニシアターは映画に集中できるので、作品の良さがしっかりわかると思います。中村先生もおっしゃっていましたが、同じ映画を観ている人がいるという空気感も含めて、特別な空間です。」

お二人が並んでアンケートを記入されていたところを取材させていただいたのですが、実はこの授業をきっかけにお知り合いになられたばかりでした。まさに映画を通しての出会いですね。私もミニシアター好きとして、お二人とともに熱く語り合いました(笑)。

今回も前回に引き続き映像を見ながらの座学による授業でしたが、岡田支配人や中村先生からル・シネマのこだわりがたっぷりお聞きできたこと、参加された生徒さんにミニシアターファンが多かったことから、想像以上に熱い場になりました。

最後に中村先生はおっしゃいました。「一本の映画には、お客さまも含めてさまざまな人が携わっています。そんな人々の環の中で、一本一本違う映画を上映するたびに新しい出会いがあり、それが楽しくてこれまでやってこられました。私にとって映画はそういう出会いをくれる宝物です。みなさんも映画を観ることで、いろんなことに興味を持ち、いろんな人とつながってください。一本の映画がもたらしてくれるさまざまな出会いによって、みなさんご自身の世界が広がりますように。」と。
一本の映画を観るという"旅"。いろんな人の想いが詰まった作品を提供してくれるミニシアターは、そんな素敵な旅の入り口なのかもしれません。

前回に引き続き、出演者&スタッフのみなさん、ご来場いただいた生徒のみなさん、ありがとうございました。

文:中根大輔(ライター/世田谷233オーナー)
写真:大久保惠造