授業レポート

3限目:オーチャードホール

「非日常」の体験お届けします
~ 魅惑の果樹園オーチャードへようこそ ~

6/25(水) 19:00~21:00

  • 先生 : 長谷川修(株式会社東急文化村 舞台芸術事業部 企画制作室 担当室長)
  • 教室 : Bunkamura オーチャードホール
  • 定員 : 70名 (抽選予約制)
  • 参加対象者 : 小学生以上、どなたでも。舞台芸術などに興味のある方。

『ようこそ、Bunkamuraへ!×シブヤ大学』のコラボレーション企画、『オープン!ヴィレッジ』の授業レポートです。『オープン!ヴィレッジ』はBunkamuraがプロデュースしている6つの施設を軸に、様々なジャンルの文化・芸術の楽しさを、シブヤ大学の協力のもとに紹介していく全6回の授業。

3限目となる今回は、Bunkamura3Fにあるオーチャードホールを教室にした『「非日常」の体験お届けします ~ 魅惑の果樹園(オーチャード)へようこそ ~』。クラシックコンサート、オペラ、バレエ、ポピュラーコンサートなど、様々なステージを実現できる『オーチャードホール』で、特に「オーケストラ」「バレエ」「オペラ」にスポットをあて、舞台芸術を身近に感じていただく授業です。

オーチャードホールは、高い天井、垂直の両側壁、浅いバルコニーが特徴的な、"シューボックス型"と呼ばれるホール。天井や壁面に音が何度も繰り返し反響することで、重厚で豊かな音響が生まれます。今回は授業のために、舞台前面にオーケストラピットと呼ばれる生演奏のオーケストラが入るスペースが設けられました。そのために席数が200席程度減っていますが、それでも総席数は約2,000席。中に入るだけで、ホールそのものの存在感に圧倒されます。

手前がオーケストラピット。舞台上には授業のために椅子が並べられています

シブヤ大学授業コーディネーターの佐藤さん

オープニング。舞台正面に着席した生徒さんたちの前に、シブヤ大学の授業コーディネーターの"おやびん"こと佐藤さんが登場。いつものように『オープン!ヴィレッジ』および授業について説明した後、今回の進行を務める"村人"で、オーチャードホールを担当されている、企画制作室 担当室長の長谷川さんを呼び入れます。

ところが、何度か"おやびん"が呼びかけても、なかなか長谷川さんが現れません。生徒さんたちが不思議に思っていると、何と、客席手前のオーケストラピットから、塀を乗り越えるようにして長谷川さんが登場。格調の高さを感じさせる空間での、トリッキーな演出に思わず生徒さんたちから笑い声が(笑)。続いて、オーチャードホールのスタッフが順次紹介されますが、ここでも広い会場のいろんなところからスタッフが顔を出して挨拶するという演出。そして長谷川さん曰く、「オーチャードホールで、これを鳴らすのは初めて」という、授業開始を知らせる「キンコンカンコン」というチャイムの音が響き渡ります。とにかく今回の授業は仕掛けがたくさん。生徒さんたちのワクワク感がこちらにも伝わってきます。

企画制作室 担当室長の長谷川さん(右)

ここから最初のプログラムである座学がスタート。長谷川さんご自身のプロフィールやオーチャードホールで勤務するまでの経緯なども交え、ホールの名前の由来、独特の形状、ステージに設けられた三重構造の可動式音響シェルター、今までに上演されてきた作品のエピソードなど、オーチャードホールの特徴や25年にわたる歴史をしっかりと学びます。

授業のスケジュールについて説明を行う際に、長谷川さんが取り出したのは、大きな薬のビンの形をした3枚のパネル。今回の授業の内容を表す「オケ(オーケストラ)」「バレエ」「オペラ」と書かれています。「今日、この3つのお薬を飲んでいただくことで、みなさんの中に楽しい変化が起こると思います」とのこと。

座学の間、長谷川さんが一方的にお話されるだけでなく、逆に長谷川さんから生徒さんにいろいろと質問する場面も。今回は、オーチャードホール"初体験"の方から、"通"の方まで、今まで以上に幅広い層の方がいらっしゃいました。質問に快く対応してくださる生徒さんとのやりとりで、会場に一体感が生まれます。さらにオーチャードホールこけら落とし公演のバイロイト音楽祭で上演された『タンホイザー』序曲がホールに流れるなど、楽しい演出の数々によって、あっという間に座学の時間が終了となりました。

手前がオーケストラピット。指揮台に脚立が(笑)

座学の後は、盛り上げ役として参加しているスタッフや関係者を客席に残し、生徒さんたちは、オーケストラピットに移動。非日常を実際に体験するプログラムが始まります。オーケストラピットに着席した生徒さんたちの前には、実際に使用されている譜面台と楽譜が置かれ、さらに本番と同様の照明効果を体験。オーケストラの一員になった気分を味わっていただきました。

ここでゲストとして、オーチャードホールをフランチャイズ(=本拠地)として活動されている、東京フィルハーモニー交響楽団のステージマネージャーの大田淳志さんが登場。大田さんが自ら用意してくださったオーケストラピットの図面を元に、セッティングの詳細、楽器にあわせた工夫、ステージマネージャーというお仕事についてなど、いろいろとお話を伺います。大田さんは、ステージマネージャーとして、現場に誰よりも早く来て一番遅く帰られるそうです。今日も大田さんの出演は19時半ごろでしたが、オーケストラピットの設営などを行うため、13時半に現場に入られたとのこと。質疑応答では、「なぜ譜面にデジタルメディアを使わない?」「メンバーが直前で体調を崩したらどう対応する?」など、バラエティに富んだ質問が飛び出しました。オーチャードホールの魅力やオーケストラピットの雰囲気を味わえたのはもちろん、最高の演奏を実現するために、オーケストラに関わるあらゆるマネジメントを行う、ステージマネージャーという繊細でハードな仕事の一面が垣間見られた内容でした。

東京フィルハーモニー交響楽団の大田さん

次のプログラムでは、いよいよ舞台にあがります。ここからの司会は、「生身の人間が生み出す"美"のパワーがバレエの魅力」と語る、"村人"の鈴木さん。オーチャードホールで主にバレエを担当されています。これから体験する「コール・ド・バレエ」(主役の周りで踊る群舞)について説明している間に突然、緞帳が下り、"客席のざわめき"や"オーケストラのチューニング"の音響が聞こえてきます。やがて舞台袖から、Kバレエ カンパニーに所属されている、バレエダンサーの益子倭さんが登場。衣装を身にまとい、集中力を高め、本番さながらのストレッチを始める益子さんを前に、舞台上の生徒さんたちにも緊張感が漂い始めます。

企画制作室の鈴木さん

バレエダンサーの益子倭さん

益子さんに少しインタビューしたところで鈴木さんが退場すると『海賊』序曲が始まります。序曲の最後に緞帳が上がり、アリのバリエーションの曲がスタート。益子さんのエネルギッシュなダンスにみんな酔いしれます。これだけ近い距離でダンサーの踊りを見られるのはかなり貴重な体験。舞台を端から端まで使い切る踊りに、最前列の生徒さんは、時に益子さんと触れ合わんばかりの距離に。しかも立ち位置が同じ高さなので、そのジャンプ力にも圧倒されます。音楽とともにダンスが終わると、生徒さんたちは益子さんの後ろで立ち上がって客席に向かって手を上げ、「コール・ド・バレエ」を体験。一緒に客席から拍手を浴びました。

踊り終わった後は、鈴木さんによるインタビューで益子さんからいろいろとお話を伺います。さらに質疑応答のコーナーがあり、最後はバレエの動きを体験するコーナー。益子さん指導の下、基本的なポジションなどを学びました。

そして授業は最後のプログラムへ。ここでは「オペラ」について学びます。まず、ピアニストの武田麻里江さんとオペラ歌手の土崎譲さんが舞台に現れ、歌劇『椿姫』より「乾杯の歌」を演奏してくださいました。これも同じ舞台上で生演奏を聴くという貴重な体験。武田さんの躍動感のある演奏と大きなホールの隅々まで響き渡る土崎さんの歌声。演奏が終わると、会場内に拍手と歓声が飛び交いました。

ピアニストの武田麻里江さん

オペラ歌手の土崎譲さん

ここからは、再び長谷川さんのナビゲートで、お二人にいろいろとお話を伺います。男性でオペラ歌手を目指す方は、声変わりを経験してからのスタートになるので、中学・高校から始める方が多いそうです。一方で楽器を演奏される方は、やはり幼い頃から学んでいる方が多いとのこと。普段なかなか聞くことのできない、興味深いお話がたくさん伺えました。

そしてクライマックスとなるオペラ歌手体験。まずは発声練習。ハエのブンブンという音や猫の鳴き声のような音など、ちょっと変わった練習方法を体験。みんなで何度か繰り返し練習した後は、実際に『椿姫』の「乾杯の歌」の一節に臨みます。生徒さんたちは、ヴィオレッタと彼女に恋するアルフレードがパーティで二重唱を歌うシーンで、パーティの参加者の一員として、場を盛り上げる役割。いきなりピアノに合わせて歌うのはなかなかの難易度のように思われましたが、土崎さんの丁寧な指導もあって、徐々に声が出てきます。最後には全員が一丸となり、即席の合唱団が結成されました。

そして本番。まずピアノに合わせて土崎さんが歌いだし、途中から生徒さんたちも加わって、渾身の歌声を客席に届けます。オペラ本番さながらの照明が当てられる中、難しかった最後の8小節を伸ばす部分も見事に決まり、素晴らしいエンディング。客席からの大拍手と歓声でオペラ歌手体験が幕を閉じました。

最後は先生方をあらためて舞台にお招きしてご挨拶。いつものように記念撮影を行い、これですべてのプログラムを終了。みなさん、お疲れ様でした。

お帰りの前にみなさんにアンケートをご記入いただくのですが、今回も何名かの方にお話しをお伺いしました。

こちらはオーチャードホールにはじめていらした生徒さん。「前からオペラに興味があったものの、なかなかホールに足を運べなかったが、今回大変いい機会に恵まれた」と喜んでいただきました。特にバレエの体験が心に残ったとのこと。ありがとうございました。

オペラはよくご覧になるという生徒さん。母国スイスでは、あまり歌を歌う機会がないので、「オペラ体験で思い切り歌えて楽しかった」とのこと。この後、授業の感想から、オペラと日本のカラオケ文化との関係について話が広がりました。大変面白い内容で、もっとお話をお聞きしたかった(笑)。

こちらの生徒さんは、お仕事帰りに参加してくださいました。最近はなかなか時間が取れず、オーチャードホールにいらっしゃるのも久しぶりとのこと。「バレエもオペラも、プロの方に直接教えていただけて感動しました」とおっしゃっていただきました。舞台芸術の楽しさをあらためて感じていただいたようです。

今回は、3つの体験授業があり、非常に盛りだくさんの内容でした。長谷川さんがパネルで用意してくださった3つの薬「オーケストラ」「バレエ」「オペラ」。なじみの無い人には、ちょっと敷居が高いように感じるかもしれませんが、長谷川さんはこの3つを"愛の薬"とおっしゃいました。そして、舞台を成功させるには、出演者やスタッフが協力し合うことはもちろん、客席のみなさんの"愛の力"が不可欠なのだと。

オーチャードホールの大きさ、構造、内装が醸し出す雰囲気は、そこにいるだけで、十分"非日常"を感じさせてくれます。しかしながら、その空間の中で踊り、演奏するだけで"非日常"の世界が生まれるのではなく、アーティストの肉体的、精神的に徹底的に突き詰めた表現、舞台に関わるスタッフのプロフェッショナルとしての完璧な仕事、それらをしっかりと受け止め、増幅させるホール、そこに観客の"愛の力"が加わることで、すべてがひとつになり、唯一無二の"非日常"の世界が表出するのではないでしょうか。そして、その"愛の力"は、知識や格式という要素ではなく、"楽しさ"から生まれるということを、今日の授業で学んだ気がします。みなさんも、ぜひ、この"楽しさ"をオーチャードホールで体験してみてください。

前回に引き続き、出演者&スタッフのみなさん、ご来場いただいた生徒のみなさん、ありがとうございました。

文:中根大輔(ライター/世田谷233オーナー)
写真:大久保恵造