授業レポート

1限目:セルリアンタワー能楽堂

はじめての能楽堂
~ 序破急とグルーヴ感 ~

4/25(金) 19:00~21:00

  • 先生 : 友枝雄人(能楽師シテ方喜多流)、成田達志(能楽師小鼓方幸流)
  • 司会進行 : 大石始(音楽ライター、編集者)
  • 教室 : セルリアンタワー能楽堂
  • 定員 : 80名

ようこそ、Bunkamuraへ!×シブヤ大学のコラボレーション企画『オープン!ヴィレッジ』の授業レポートです。『オープン!ヴィレッジ』はBunkamuraがプロデュースしている6つの施設を軸に、様々なジャンルの文化・芸術の楽しさを、シブヤ大学の協力のもとに紹介していく全6回の授業。1限目は能楽初心者の方が対象の『はじめての能楽堂~序破急とグルーヴ感~』です。

教室となったセルリアンタワー能楽堂は、渋谷駅西口に位置するセルリアンタワーの地下二階にあります。席数は201席と小規模ながらも静謐なたたずまいの舞台です。同じタワー内にあるセルリアンタワー東急ホテルの客室は19階~37階。ここから見える渋谷の夜景は思わずため息が出るほど。

シブヤ大学授業コーディネーターの佐藤さん

参加された生徒のみなさんは能楽堂の正面席にスタンバイ。最初にシブヤ大学・授業コーディネーターの“おやびん”こと佐藤さんから『オープン!ヴィレッジ』や今回の授業についての説明がありました。舞台を背景に、和装姿のおやびんのお話を聞いていると、ここが渋谷駅から徒歩数分の場所であることを忘れてしまいそうです。

進行役の大石さん(左)と喜多村さん(右)

そして進行役を務める音楽ライター・大石始さんと能楽堂のスタッフ・喜多村さんが登場。授業が始まりました。能の舞台に上がる際は“足袋”を履くのが原則。お二人もちゃんと足袋をはいています。

まずはお二人のトークで、能楽に関する基礎知識を勉強。「能楽堂の歴史」、「そもそも能楽とは何か?」などについてわかりやすく説明していただきました。能楽が”能”と”狂言”の総称であったり、江戸時代には猿楽と呼ばれていたことなど、初心者にとっては新鮮なお話がいっぱい。もともと屋外で演じられていた能。歌舞伎の花道のような橋掛と呼ばれるところに松が3本植えられてあるんですが、遠近法を使って舞台を大きく見せるために、奥に行くほど背丈が小さくなるなど、驚きの事実もたくさんありました。舞台はシンプルながら、さまざまな視覚効果を考えて作られています。

基礎知識を一通り学んだ後は、いよいよ今回の先生を務める、能楽師シテ方喜多流の友枝雄人さんと、能楽師小鼓方幸流の成田達志さんのお二人の登場です。シテ方とは主役を演じる方、小鼓方とはお囃子を演奏する方です。能楽師の登場に会場のテンションもあがります。
ここからは大石さん、喜多村さん、能楽師のお二人の4人によるトークセッション。大石さんが生徒代表として質問を投げかけ、能楽師のお二人が答え、喜多村さんがフォローされるという形で進行。

能楽師の成田達志さん(左)と友枝雄人さん(右)

大石さんから「なぜ能楽師になられたのか?」「日本にいる能楽師の数は?」「女性の能楽師はいますか?」など、基本的かつ興味深い質問が飛び出します。「それが聞きたかった」と思っていた人も多いはず。能楽師のお二人もリラックスした雰囲気で、ユーモアをまじえながら丁寧に答えてくださいました。能を構成するシテ方・ワキ方・囃子方・狂言方の役割のお話、それぞれの流派のお話はもちろん、”玄人”という言葉の一般的な認識との違い、リハーサルをほとんどしないなど、能の世界ならではのお話もたくさん聞けました。

授業開始から1時間ほど経過したところで一旦休憩。この時間は特別に生徒のみなさんも撮影OK。それぞれに撮影を楽しんでいらっしゃいました。

ここから授業は後半。いよいよ能楽師による実演が始まります。お二人が舞台に登場されたときから会場内の空気がまさに“一変”。舞台から発せられる緊張感が会場全体を飲み込んでいきます。

今回の演目は「八島」。『一調』という、能楽師が一対一で掛け合いを行う形式で演じられました。想像以上にリズムがあるのと、即興演奏のようなかけあいに、思わず引き込まれてしまいます。お二人のテンションが上がるに従い、生徒のみなさんの集中力も高まっていくのがわかります。3分ほどの実演でしたが、ずっと見ていたい、と思わせられる、圧倒的な緊張感と迫力でした。

実演を終えられたお二人をあらためて舞台にお招きして、後半トークのスタート。『一調』を演じられた際の、お二人のそれぞれの心情をお聞きして、目に見えないところでさまざまなやり取りがあったことを知りました。今回のテーマにもなっている”序破急”や、成田さんがお使いになられている小鼓についてもしっかりと学びます。
最も印象に残ったのは、能楽師が演目を演じるために、いかにご自身を肉体的、精神的に追い込んでいるかというくだり。お二人ともにこやかにお話されていましたが、その内容は鬼気迫るものがありました。永きにわたって受け継がれてきた伝統芸能の真髄をここに見た気がします。

そして今回の目玉企画ともいえる所作体験のコーナーに。参加者の中からランダムに選ばれた6名の方が、実際に舞台に上がって能の所作を体験できるのです。

選ばれたみなさんは足袋に履き替えて舞台に登場。和装の方もいれば、スーツ姿の方も。これだけでもかなり貴重な風景です。友枝先生の指導の下、“すり足”を体験。背筋を伸ばして前傾姿勢でゆっくりと前へ。短いながらも熱の入った指導で、みなさん上手にすり足をマスターされていました。

体験コーナーの後は、質疑応答の時間。生徒さんからの「様式化が進んだ芸能の中で、自分のカラーを出そうとされていますか?」という質問に対する、友枝先生の「様式がきっちり決まっているからこそ、それを演じる中でおのずと個性は立ち上がってくる」という内容のお言葉に、能の魅力が凝縮されているような気がしてハッとさせられました。一方で成田先生は、「私は囃子方ということもありますが、自分らしい鼓を打てるよう努力しています」との回答。能楽師の個性に注目するのも能の見所です。

質疑応答を終え、これですべてのプログラムが終了。みなさんお疲れ様でした。最後はみんなで記念撮影。これだけの人数での移動は大変なので、先生方に観覧席に下りてきていただいて舞台上から撮影しました。

お帰りの前にみなさんにアンケートをご記入いただいたのですが、せっかくなので何名かの方にお話しをお伺いしました。やはり能の舞台を見るのは初めて、という方も多く、みなさん基礎から学べて実演まで見られた授業に大満足されていました。

こちらの方は所作体験をされた生徒さん。「これだけの人数の前で緊張しませんでしたか?」とお聞きすると、「一生に一度の思い出ですから」とうれしいお言葉。確かにそうかもしれません。今日、この場にいた全員が、何か現実と夢の世界の狭間で一緒に過ごしたような、そんな感覚になる素晴らしい幽玄の場であったと思います。

能の魅力についてお二人の先生からいろんなお話をいただきましたが、個人的には、友枝先生のおっしゃった「緊張感が生み出す心地よい疲労感」、成田先生がおっしゃった「ハマると楽しい芸能」というお言葉が印象的でした。セルリアンタワー能楽堂で上演される演目は初心者の方でも楽しめるものが多いとのこと。次はぜひみなさんが実際に体験されてみてはいかがでしょうか。

文:中根大輔(ライター/世田谷233オーナー)
写真:大久保惠造