渋谷・コクーン歌舞伎第八弾「三人吉三」公演レポート
「いつもの歌舞伎」とは、違う『三人吉三』
何度も見慣れたはずの『三人吉三』が、コクーン歌舞伎では新鮮なものに見えた。幕開きからして、研師与九兵衛と金貸し太郎衛門が客席から登場し、お客さんの真ん中で英語や歌まで飛び出すサービスぶり。見ているほうは、これで一気に物語の世界へ入ってしまう。
花道がないのを逆手に取った、客席を使う演出は、十三郎やおとせ、お嬢吉三の登場まで、何度も使われ、臨場感と役者たちとの一体感を強調する。舞台と客席の近さはコクーン歌舞伎の大きな魅力だ。
御家人崩れのお坊吉三、坊主崩れの和尚吉三、女装の盗賊、お嬢吉三、三人の吉三が義兄弟の契りを結ぶが、因果はめぐり、最後は三人刺し違えて死んでゆく。三人の悪党のピカレスク・ロマンかと思うと、串田演出は、ちょっと違う。「野良犬」のように描きたかったそうだが、
社会に身の置き場のない孤独な若者たちと見えてくる。お坊とお嬢が死を決意する吉祥院の場では、暗い原色の照明に照らされて、もはや逃げ場がない絶望感が色濃くなる。和尚の父親、伝吉の家も暗い照明で、伝吉を演じる笹野は、リアルに過去の罪を独白する。ほかにも通常の歌舞伎ではあり得ないような、役者の自由な動きや、定式を破る演技、演出(例えば、お坊とお嬢が闘うシーンのスピード感や、お坊が伝吉を殺すシーンでの切り取ったような照明、伝吉にすごまれてひるむお坊など)で、「リアル」が追求されている。どこか泥臭く、人間臭い。美しい絵にはまりきらない人間ドラマが浮かび上がる。とはいえ、大詰めでは真っ白な舞台に、大量の雪が舞い、立ち回りの勢い余って、舞台から客席までお坊と和尚が駆け出してくると、高揚感がわきあがる。白い雪が彼らの無念も罪も全て浄化していく。三匹の捨てられた子犬のように折り重なって死んでいく姿はやるせない寂寥感に満ちていた。
text: 沢美也子
photo: 松竹株式会社
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