猥雑なエネルギーに満ちたどす黒い喜劇
『藪原検校』は真っ暗闇から始まった。闇を切り裂く鋭い笛の音、激しいギターと三味線の音が響く。闇の中で、これが杉の市たちの世界なんだとまず、思い知らされる。やがて盲太夫の語りが始まると、ようやく舞台が明るくなる。雨戸の連なりが舞台の三方を囲い、ところどころには注連縄らしいものが張ってある。小さな神棚も見える。古いお社か、打ち捨てられた芝居小屋のようにも見える空間で、物語は進行する。盲太夫を狂言回しに、盲人たちが藪原検校の一代記を演じるという趣向になっている。

杉の市の生い立ちが、まず因果話だ。父親が座頭を殺した報いか、子供は生まれた時から目が見えない。仙台の琴の市に弟子入りした杉の市は少年時代から悪事を繰り返し、ついに師匠の女房、お市に手を出す。早物語が得意で稼ぎのいい杉の市の運命を変えるのは、悪どい佐久間検校。せっかくのおひねりを全て横取りされ、杉の市はどんなことをしても絶対に検校になることを決心する。古田が一瞬で不敵な顔になるのが迫力物。佐久間検校にさからい、なりゆきとはいえ、母親を含めて4人もの人を死に追いやった杉の市は、江戸へ向かう。旅の途中で一人、江戸で一人と殺しを重ね、初代藪原検校の弟子となって、貸し金取立てで頭角を現した杉の市は、主を殺し、まんまと検校位につくが、そのお披露目の日に捕縛され結局、極刑に処される。
杉の市の古田新太が、随所にコミカルな演技を見せて、悪人の嫌悪感を愛嬌に変えて見事。
金の力で成り上がる杉の市とは反対に、学問の力で検校になった塙保己市との対決も、ぞくぞくする。やり方は違っても、盲人の立場をよくしたいという思いは同じなのだ。実現しそうもないアイデアを語る杉の市に、塙が「あなたはお祭りのような人ですね」と言うせりふが、印象に残る。見せしめのために残酷な殺し方を提案するのはほかならぬ塙だが、「花道を作ってやったのだ」という言葉には、ある意味で同士であった杉の市を殺すしかない塙の血がにじむような真情が表れている。
しゃべり通しのような盲太夫の語り、膨大な早物語など、語る芸の面白さ、そしてここには書けないような卑猥な言葉に満ちた歌の数々など、エネルギーにあふれた作品だ。悪事で生きるしかなかった杉の市のバックボーンには、最下層に置かれた人間たちの怒りや悲しみ、したたかさがしっかりとある。
texts:沢美也子
photos:谷古宇正彦