「オーケストラ!」ラデュ・ミヘイレアニュ監督&アレクセイ・グシュコブインタビュー

◆ラデュ・ミヘイレアニュ監督インタビュー

 パリでは『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』を抑えて、オープニングNO.1を記録した『オーケストラ!』は、偽のボリショイ・オーケストラがパリで公演するという展開のもと、ほのぼのとした笑いと圧倒的な感動を呼ぶ仕上がりとなっている。日本では『約束の旅路』が紹介されたのみだが、ヨーロッパでは高い評価を受けている監督、ラデュ・ミヘイレアニュの才気に満ちた演出が光る。

「2001年に、偽のボリショイ・オーケストラが香港で公演するという出来事をもとにした原案を渡され、共同脚本家のアラン=ミッシェル・ブランとモスクワに3週間ほど滞在して脚本の肉付けをしていきました。この題材に惹かれたのは人間性や政治的背景、アイデンティティや文化の問題など、あらゆる要素を織り込むことが可能だと思ったからです」

 設定を香港からパリに移したのはミヘイレアニュ自身の軌跡が大きく影響している。

「今の国籍はフランスですが、私はルーマニアからフランスに移住した人間です。もう30年間も住んでフランスについては良く知っているし、フランス語も喋れますが、自分自身のアイデンティティは東欧にあります。舞台をフランスに設定すればフランスとロシアの対比を通して西欧と東欧のギャップが描ける。私の実体験も十分に生かせると考えました」

 ルーマニア系ユダヤ人のミヘイレアニュだが、作品の軸となる1980年代ソ連のユダヤ人排斥の事実に関しては、ドラマの材料に使っただけ、糾弾する意味ではないと続ける。

「主人公の運命が壊されていくための材料として、悲劇的な過去の出来事がひとつ必要でした。グルジア人やジプシーなどの民族問題でもよかったのですが、たまたまユダヤ人排斥の歴史に突き当たったということです」

 作品の主眼は逆境にあっても希望を失わない人々をユーモアいっぱいに称え、音楽の持つ素晴らしさを映像に焼き付けることにある。

「とりわけ最後のコンサートのシーンでは、それだけで一本の映画がつくれるほどの労力を費やしました。最後のシーンは12分22秒あります。クラシック音楽にもドラマチックなリズムの存在することを伝えたいと同時に、ストーリーの謎解き的な意味をもつシーンですから、6か月間かけて入念に準備をしました。最後のシーンが成功するかどうかは作品の成否を決めるほどの大きな賭けでしたね」

◆アレクセイ・グシュコブインタビュー

『オーケストラ!』で主役の逆境から再起する指揮者に扮したのは、ロシアでは偉大な俳優と称えられているアレクセイ・グシュコブ。その彼も、オーディションを受けた時点では起用されるなど夢にも考えなかったと笑う。

「作品のすべてに魅力を感じていましたが、監督はこれまで一緒にやったことのない、フランス語のできないロシアの俳優を使うリスクを取らないだろうと思っていました。それに音楽という世界は、私にとって全くの未知の分野でした。だから出演が決まったことにいちばん驚いたのは、この私だったのです」

 その代わり、撮影までの期間にはミヘイレアニュからの厳しい指導が待ち受けていた。

「休日にも電話をかけてきて“チャイコフスキーは聴いているか?”とか、“フランス語はどれぐらいうまくなった?”、“役柄のことを考えているのか?”、果ては“いったい何を考えているのか?”などと詰問され、少しの休む暇もありませんでした。ミヘイレアニュはまさしく仕事中は専制君主そのものでした」

 そのおかげでフランス語は堪能になり、音楽の魅力も知ることができたと、続ける。グシュコブとミヘイレアニュは、私生活で家族ぐるみのつきあいをするほど意気投合した。

「最後のコンサート・シーンでは楽団員の人に助けられながら指揮棒をふりました。私は12分間だけ指揮できることが自慢なのです。ミヘイレアニュは常に何かを訴え、人々と分かち合いたいと考えています。この作品で再生や希望、音楽の素晴らしさを実感していただければ、参加した人間として幸せです」

インタビュー:稲田隆紀(映画解説者)

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