ヘンデル・モーツァルト・ロッシーニを中心とするベルカント。私のオペラライフはこの3つが中心なのですが、今年はまた一人、忘れられない歌手の舞台を味わえました。それがケイト・オールドリッチです。毎夏イタリアのペーザロで開催されるロッシーニ・オペラ・フェスティバルに初登場。彼女の歌う「ゼルミーラ」をなんと3回!観てきました。
オールドリッチって人は幅広いレパートリーを持ってますよね。バロックからベルカント、最近はカルメン歌いとしても評価が高いし、ヴェルディやマスネ、R・シュトラウスまで歌うとプロフィールには記されている。ただ、ペーザロで実際聴くまでは少々不安もあったのです。何といってもロッシーニの音楽は超絶技巧と高い表現力を要求するし、「ゼルミーラ」というオペラは現代では稀にしか上演されないセリアだけに役作りも至難の技ですから。「お手並み拝見」的気持ちが少しあったのも事実。
ところがどっこい、彼女は凄かった。とにかくアジリタが巧み。こんなに上手いとは知りませんでした。細かい音符が並んで急速なテンポで上昇下降するパッセージを的確かつ表現豊かに歌う様子は圧巻。抒情的なフレージングやアンサンブルも素晴らしくて、毎公演やんやの喝采です。ロッシーニの音楽の生命線である様式感を見事に披露してくれました。この卓越した歌唱技術にあらためて感激。
歌手にも様々なタイプがいますが、オールドリッチは間違いなく女優型ですね。舞台姿に華があり、演技が上手い。「ゼルミーラ」は王女であり娘であり妻であり母でもあるヒロイン。その苦悩や強い意思や優しさを全身で表現する時の迫力は、歌のうまさと相まって
観る者をドラマの世界にグイグイ引き込んでいくのです。ここにお客はまた陶酔!
特にオペラ終盤、父王(バス)とゼルミーラが死を覚悟しつつ憎き支配者(テノール)と腹心(バス)と二重唱で対抗する場面はゾクゾクするくらいの存在感。そのあとも休む暇なくソロの大アリアを歌いきり、続くフィナーレでは天下のフローレスと共に華麗なるアンサンブルを熱唱。役を演じるのではなく、ヒロインそのものになる…その完全燃焼の舞台姿の美しいこと。カーテンコールでも彼女には熱い拍手が鳴りやみません。惚れた!
来日公演の「ウェルテル」ではシャルロットという貞淑な女性の典型を歌うそうなので、コンチェルタンテ形式とはいえ彼女の役へのアプローチにまたも興味津々。とにかく生で味わうオールドリッチには汲めども尽きぬ魅力がいっぱいです。
Text:朝岡 聡(フリーアナウンサー)
写真:フローレスと並んでカーテンコールにこたえるオールドリッチ(撮影:朝岡 聡)