観劇レポート到着!

 
容赦なき揺さぶり・嬲られる快楽の三幕三時間!
 
     
 
 演劇に関心のある人ならば、知らぬ人はないないほどの名作にして難物『三文オペラ』。しかもシアターコクーンでは三度目の上演となる今回、一体何が起こるのかと客席は明らかに息を呑み待ち構えている風情だ。
 開幕。序曲とともに緞帳がわりに舞台前に立つ仕切り板には新聞や雑誌の記事、写真らしきものが高速で映し出される。およそ80年前の戯曲を、演出・宮本亜門はこの冒頭で一気に21世紀のトーキョー・シブヤとコネクトさせた。ゆっくりと板が上がり、現れた舞台は下手頭上に音楽監督・内橋和久率いる超絶技巧のオーケストラを戴くほかは、可動式のイントレを使ったシンプルなもの。劇場機構をフルに使いながらも野外劇のような迫力ある空間となっている。
 俳優は全員が白塗りメイク、コスチュームも無国籍。意表を突くビジュアルに、思わず引き込まれる。劇場を取り囲むシブヤの喧騒を舞台に再現するように、舞台の中央をグルグルと走り回り白塗りの人々に一人、ふらつく女が混じっている。ジェニー(秋山菜津子)だ。中央に運ばれたやぐらの上に上った彼女は、おびただしく血を流し、その股の間からはモリタート歌手(米良美一)が姿を現した!
 ここまで開幕から10分足らず。次々に繰り出される衝撃が客席をみるみるうちに劇世界に飲み込み、舞台上はフリークスたちが飛び跳ね回る異空間となった。
 従来のイメージとは違い、歌も演技も重々しくダークなトーンで押すピーチャム(デーモン小暮閣下)と、舞台全面を我が物と振舞う挑発的なピーチャム夫人(松田美由紀)に、キュートさの裏に意外な図太さを垣間見せる二人の娘ポリー(安倍なつみ)。権力と友情の狭間の揺れを繊細に見せるタイガー・ブラウン(田口トモロヲ)と、瞬間湯沸し的なポジションながら存在感たっぷりのルーシー(明星真由美)の父娘。情愛の熱と湿度、悲哀までを滴るよほど身にまとったジェニー。そして我らがメッキ・メッサー(三上博史)は、白塗りと艶やかな漆黒の羽マントの陰に真意を隠したミステリアスないでたち。
 劇が進行するとともに、ビジュアルの強烈さに言葉と音楽の波状攻撃が加わる。三上が手がけた歌詞は歳月を越え、今この瞬間舞台に立つ俳優たちの生理を戯曲に溶かし込む。確かな歌唱力を持つキャストたちもこれに応え、生々しく眼前の観客を挑発する。ハンドマイクを握り、客席を指差し、眺め回し、「あんたたちならどう思う、どうする。他人事な顔してんじゃねえよ!」と言わんばかりのパフォーマンス。特に『キャバレー』のMCさながらに客席を煽るモリタート歌手の采配は見事なもので、観客を歌と芝居、劇中と現実の狭間で思うさま操っていた。
 怒涛のドラマの中、気づけば終幕に。すべての人に裏切られたメッキを、どんでん返しの華やかで空々しい「あり得ないラスト」が取り込もうとするその瞬間に見せる、三上の“決して認めない”とでも言うかのような激しい表情が舞台に焼きつけられる。
 亜門版『三文オペラ』は、観客に最後まで安易に分かったフリを許さない。ただ一場一場、一曲ごとに出現するドラマに身も心も揺さぶられ、放心同然となったその先に感じるもの、舌触りは良くないけれど、紛れもない「真実」がそこにある。その「真実」と出会うために準備はいらない。観客はただ、劇場に体感しに行けばいいのだ。

Text:大堀久美子

 
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