演出家・宮本亜門インタビュー

 

 

作品本来が持つ「エッジ」を取り戻すために

僕はクルト・ヴァイルの音楽が大好きで、ブレヒトにも興味津々。二人の代表作と言えば『三文オペラ』で、シアターコクーンで初演出をさせていただくことになり、作品選びの段階で劇場サイドと僕の意思が呼び合うように『三文オペラ』を選んだことは、ある種の必然だと思っています。
ただ、手放しで面白いと言える『三文オペラ』に多くの観客が出会ったことがない、という声も同時に聞こえて来ました。
それはなぜなのか。
ひとつには日本とドイツの歴史的・文化的考え方の違いがあると思います。
作品が生まれた当時も今も、ドイツでは政治や思想と演劇が密接な関係がある。クリエイターたちは政治や社会への批判を創作に盛り込み、挑発的な演出を施す。それを観た観客は、解釈や持論について活発に議論する。
そんな「思考と議論の場」として、演劇が社会に組み込まれているのがドイツです。
もうひとつ、ブレヒトと言えば彼が作り出した演劇的技法「異化効果」が有名。この作品で言えば、芝居と音楽の場面を意図的に切り離し、音楽が始まった時の驚きや違和感を観客にわざと印象づける「異化」です。僕はブレヒトたちが、その驚きによって、観劇中の「自分」を観客自身に意識させ、さまざまに思考できる環境を作ろうとしたのだと思いました。物語に埋没させず、我に返る瞬間を劇中に作る必要があるのだ、と。
日本とは随分違う演劇観と、作者の発想のもとに生まれた作品の魅力を、現代日本の観客にどう結びつけるか。方法のひとつが「強い俳優・強いプランナー」の選択でした。個性の強い俳優が、生身むき出しで汗や唾をほとばしらせてぶつかり合う。それを包む世界もまた過剰な装飾を廃した空間で、音楽も俳優同様にぶつかりあう要素。生まれ、現れるものは何も隠さず、すべてが露骨にさらけ出されてこそ、ブレヒトたちが創作当時に目指した「異化=エッジ」を、21世紀の日本の舞台に立たせられると思うのです。
幸い、それに相応しい人々を集めたカンパニーを作ることができました。あとは稽古を通し、飛び出してくる驚きや発見、さらなる化学反応のスパークを引き出すのが僕の仕事。普段、ミュージカルを演出する際の僕の論法とは異なる、実験的な演出に見えるかも知れません。
けれど、僕にとっては実験でなく、作品本来の魅力を取り戻すための作業です。
その成果を、どうぞ劇場でお確かめください。

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