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2月、オーチャードホールで、熊川哲也氏の率いるKバレエカンパニーが『バレエ ピーターラビット®と仲間たち』と『放蕩息子』を上演する。
『バレエ ピーターラビットと仲間たち』は、元はバレエ映画だが、その後舞台作品として作り直され、英国ロイヤル・バレエの大人気レパートリーのひとつになった(原題は Tales of Beatrix Potter)。毎年クリスマス・シーズンになると、このバレエか『シンデレラ』か『くるみ割り人形』か、いずれかが上演される。ロイヤル・バレエ時代を振り返って、熊川さんは語る。「バレエではふつうありえないけど、このバレエのときだけは、夢中になった子どもたちから声がかかるんです」。
原作はいうまでもなく世界中で大人気の絵本だ。舞台となっているのは観光地として日本でも有名な湖水地方。毎年、大勢の日本人観光客が訪れる。ピーターラビットが走り回った湖水地方の自然は、ポターのおかげでそっくり残っている。
ナショナル・トラストの創始者としても知られる原作者ビアトリクス・ポター™の生涯は、レニー・ゼルウィガー、ユアン・マグレガー主演の映画『ミス・ポター』にもなっている。ニアソーリーにある、ポターの住んでいた家は今もそのまま保存されている。
バレエは連続した5つの物語からなり、ピーターラビットをはじめ、カエル、キツネ、アヒルなど、ポターの物語のキャラクターたちがじつに精巧な着ぐるみで登場する。音楽は、バレエを知り尽くしたイギリスの作曲家ジョン・ランチベリー。
振付はロイヤル・バレエの育ての親であるサー・フレデリック・アシュトン。「われわれイギリスでバレエを学んだ者にとって、アシュトンは神様みたいな特別な存在です」と熊川さんは語る。「怖いくらいに動物の特徴をよく捉えていますね。だから稽古場はさながら動物園みたい(笑)」。熊川さん自身、ロイヤル・バレエ時代にかえるのジェレミー・フィッシャーどんの役を何度も踊っている。超絶技巧の脚さばきを見せる役どころだ。「着ぐるみですから、ほとんどまわりが見えないので、けが人が続出。だから、チケットは即日完売だけど、あんまりロングランできない」。
見どころは?「絶妙な形態模写とクラシック・バレエの見事な融合を見てもらいたいですね」。
さてもう一方の『放蕩息子』は、バレエ・リュス最後期の作品。バレエ・リュスというのは、セルゲイ・ディアギレフという大興行師が結成した、史上最高といわれるバレエ団だ。今日世界中でバレエが盛んなのは、ひとえにこのバレエ団のおかげだとされる。ピカソ、コクトー、シャネル、ストラヴィンスキーなど、このバレエ団で仕事をした芸術家たちのリストを眺めると、目眩がするほどだ。バレエ・リュスは1909年に旗揚げしたので、今年ちょうど100周年を迎える。だから今回の上演は、バレエ・リュス100周年を祝う作品ともなっているわけだ。
原作は新約聖書にある、イエス・キリストが語った寓話。家を捨て、放蕩の限りを尽くして一文無しになって帰宅した息子を、父親が暖かく迎えるという、神の慈愛を説いた話だ。美術はキリストの肖像で有名なジョルジュ・ルオー。音楽はプロコフィエフ。
振付は、若き日のジョージ・バランシン。彼はその後「抽象バレエ」の創始者として、20世紀最高の振付家のひとりとなる。第1場で主役が見せる独特の形をした跳躍や、第2場でのグロテスクな群舞、主役の青年を惑わす謎の美女など、見どころがぎっしり詰まっている。
久しぶりにファンたちの前に姿をあらわすことになる熊川さんは語る。「セルジュ・リファール、ミハイル・バリシニコフなど、20世紀を代表するダンサーたちが踊った役ですから、ライバル意識といったらおかしいけど、闘志を掻き立てられます」。
(文・鈴木 晶/法政大学教授)