第41回 2006年10月2日(月)19:00 開演

指揮:ウラディーミル・アシュケナージ
ピアノ:エレーヌ・グリモー
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 ニ短調op.15
エルガー:エニグマ変奏曲op.36
ドビュッシー:交響詩「海」



 今夜の最大の注目は、何と言っても、エレーヌ・グリモーの登場でしょう。彼女は、現在、最も人気の高いピアニストの一人です。指揮が、現代最高のピアニスト、ウラディーミル・アシュケナージであることも期待をふくらませます。グリモーとアシュケナージは今までにもコンサートやレコーディングで共演を重ねている気心の知れた間柄(2年前にはN響の定期公演でシューマンの協奏曲を共演)。グリモーが最も得意とするレパートリーの一つであるブラームスをどう奏でるかとともに、ブラームスのピアノ協奏曲第1番を熟知している(独奏者として何度も弾いた)アシュケナージがどう彼女をサポートするかも聴きどころです。
 さて、今夜のプログラムは、NHK交響楽団が今月中旬からのアメリカ演奏旅行に持っていく演目であり、ロサンジェルス、サンフランシスコ、フィラデルフィア公演と同一のものです。その意味で、本日のコンサートは“壮行演奏会”ともいえるでしょう。アシュケナージ&N響のアメリカでの活躍に想いを馳せながら聴くのも一興です。



 本日演奏されるピアノ協奏曲第1番は、ヨハネス・ブラームス(1833〜1897)の若き日の傑作である。ブラームスは最初この作品を「2台のピアノのためのソナタ」として書き始めた。しかし、ブラームスは、2台のピアノという編成に満足できず、交響曲にしようと試みた。だが、その構想は第1楽章で挫折し、結局、それをピアノ協奏曲の第1楽章として書き改めることにした。そして新たに第2楽章と第3楽章を書き加えて、現在のピアノ協奏曲第1番が1858年2月に完成した。ブラームスはまだ24歳の若さであった。なお、もともとの「2台のピアノのためのソナタ」の第2楽章は後に「ドイツ・レクイエム」の第2曲に転用され、第3楽章は作曲者によって破棄された。初演は、作品の完成から約1年後の1859年1月22日にハノーファーでブラームス自身の独奏によって行われた。ピアノ協奏曲第1番は、セレナード第1番と並ぶ彼の最も早い時期のオーケストラ作品であり、45分を要する大作に青年ブラームスの強い意志が感じられる。
第1楽章:マエストーソ。ティンパニの強烈なトレモロに導かれて、第1ヴァイオリンとチェロが力強く第1主題を提示する。第1主題の後半で出てくるトリルを伴う音型が印象的だ。管弦楽による主題提示のあと、独奏ピアノが静かに登場する。第1主題が全体で再現され、その後、おおらかな第2主題が独奏ピアノだけで提示される。20分を越える長大な楽章である。
第2楽章:アダージョ。緊迫した第1楽章とは対照的な安らぎの感じられる音楽。弦楽器とファゴットの柔らかい響きで始まる。クラリネットの旋律に導かれた中間部では感情が昂る。
第3楽章:ロンド、アレグロ・ノン・トロッポ。まず独奏ピアノが情熱的な主要主題を提示する。副主題も2つ登場。「幻想曲風に」と記されたカデンツァのあと、ニ長調に転じ、雄大に全曲が締め括られる。


 イギリスの音楽界は、16世紀から17世紀にかけて、タリス、バード、ダウランド、ギボンズ、パーセルなどの作曲家が現れ、黄金時代を築いたが、以後、200年間、エドワード・エルガー(1857〜1934)の出現まで、低迷を続けた。しかし、エルガーのあと、ヴォーン・ウィリアムズ、ウォルトン、ティペット、ブリテンなどが現れ、オリジナルな「イギリス音楽」が確立されていくことになる。  エルガーは、一時は法律事務所に勤めていたが、結局、音楽の道を選ぶ。1885年に教会のオルガン奏者となり、1889年にキャロライン・アリス・ロバーツと結婚し、妻の励ましにより本格的な作曲活動に入った。1899年に完成した「エニグマ変奏曲」で認められ、行進曲「威風堂々」、2つの交響曲、チェロ協奏曲などの傑作を残し、イギリス音楽界に“ルネサンス”をもたらした。  エルガーは、出世作といえる「エニグマ変奏曲」に、2つの“謎”を与えた。一つは、全体を通じて演奏されない別の大きな主題が存在するということ。すなわち、この変奏曲の真の主題は姿を現わさないということである。もう一つは、エルガーはこの作品で14人の身近な人物を描いたが、それが誰であるかを公表しなかったこと。しかし、こちらは各変奏のイニシャルから“謎”が解かれていった。 主題:アンダンテ。この主題は、エルガーのいう真の主題への対位的な役割を果たしていると考えられるが、真の主題がわからない以上、これをこの変奏曲の主題と扱うしかない。


第1変奏(C.A.E.): アンダンテ。エルガーの愛妻、キャロライン・アリス・エルガーを表す。
第2変奏(H.D.S-P.): アレグロ。アマチュア・ピアニスト、ヒュウ・デイヴィッド・ステュアート=パウエルを描く。ピアニストの速い指の動きを表すかのような音楽。
第3変奏(R.B.T.): アレグレット。アマチュアの役者、リチャード・バクスター・タウンゼンドをユーモラスに描いている。
第4変奏(W.M.B.): アレグロ・ディ・モルト。ウィリアム・ミース・ベイカーは精力的な大地主。
第5変奏(R.P.A.): モデラート。学者のリチャード・ペンローズ・アーノルド。重苦しい雰囲気だけでなく軽やかさもある。
第6変奏(Ysobel): アンダンティーノ。イゾベルとは、エルガーのヴィオラの弟子であったイザベル・フィットンのこと。ヴィオラのソロが印象的。
第7変奏(Troyte): プレスト。エルガーの親友で建築家のアーサー・トローイト・グリフィスを描く。ティンパニが活躍。
第8変奏(W.N.): アレグレット。ウィニフレッド・ノーベリ嬢を表す優美な音楽。
第9変奏(Nimrod): アダージョ・全曲中の白眉というべき感動的な音楽。友人のアウグスト・イェーガーを描く。「イェーガー」はドイツ語で「狩人」を意味し、エルガーは、旧約聖書に出てくる狩の名人ニムロドの名前をこの変奏曲に与えた。
第10変奏(Dorabella): 間奏曲。「コジ・ファン・トゥッテ」のドラベッラにちなんで、そうニックネームを付けられたドーラ・ペニー嬢を描く愛らしい音楽。
第11変奏(G.R.S.): アレグロ・ディ・モルト。ヘリフォード大聖堂のオルガン奏者ジョージ・ロバートソン・シンクレアとその愛犬。
第12変奏(B.G.N.): アンダンテ。チェロを弾く、エルガーの親友、バジル・G・ネヴィンソン。チェロの独奏で始まる。
第13変奏(* * *): ロマンツァ、モデラート。エルガーが作曲中に航海に出ていた女性の海路の無事を祈って書かれたものだといわれている。メンデルスゾーンの序曲「静かな海と楽しい航海」の主題の断片が現れる。
第14変奏(E.D.U.): フィナーレ、アレグロ。エドゥーとは、エドワード・エルガー本人のことである。途中で妻を表す第1変奏が回想され、壮大なクライマックスが築き上げられる。

 フランス近代を代表する作曲家であるクロード・ドビュッシー(1862〜1918)の「交響詩『海』」は、「牧神の午後への前奏曲」とともに、彼の最もポピュラーなオーケストラ作品である。ドビュッシーの「海」は、日本では一般的に「交響詩『海』」と呼ばれるが、オリジナルのスコアにはフランス語で「3つの交響的スケッチ『海』」と記されている。つまり、「海」は、何かのストーリー性(プログラム)を持った標題音楽(交響詩)というよりは、時間とともに変幻自在に変わっていく海を音楽的にスケッチしたものといえるだろう。そしてそのスケッチは非常に緻密である。特に微妙に変化していく調性感やオーケストレーションの巧妙さは時代を先取りしている。ドビュッシーは、海を愛し、水夫に憧れていたというが、1903年に彼がこの作品を書き始めた場所が海とは程遠いブルゴーニュ地方の妻の実家であったことは興味深い。ドビュッシーは、目の前の海ではなく、記憶のなかにある海を音楽にしていたのだ。なお、デュラン社から出版されたスコアの表紙は、葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」をコピーしたものが使われた。初演は、1905年10月15日にカミーユ・シュヴィヤール指揮ラムルー管弦楽団によってパリで行われた。 第1楽章:「海の夜明けから正午まで」。静かな海の夜明けから始まる。穏やかな波が続いた後、突然、4つに分けられたチェロ・パートが波の砕け散る音を奏でる。イングリッシュホルンとチェロによるゆったりとした旋律も現れる。最後は金管楽器の描く真昼の太陽。 第2楽章:「波の戯れ」。イングリッシュホルンが印象的な旋律を吹く。きらきらと光る波(ハープやグロッケンシュピールが効果的に使われる)が大きな起伏を伴いながら戯れる。そして最後には戯れのあとの気だるさが残る。 第3楽章:「風と海の対話」。強風を思わせる中低弦のうなりとそれに応える管楽器。独創的な管弦楽法から、様々な楽器の組み合わせによる様々な対話が聴こえてくる。



ウラディーミル・アシュケナージ

 1937年、旧・ソ連、ゴーリキー市生まれ。モスクワ中央音楽学校を経て、モスクワ音楽院でピアノを学ぶ。1955年のショパン国際ピアノ・コンクールで第2位に入賞。1956年のエリーザベト王妃国際音楽コンクールと1962年のチャイコフスキー国際音楽コンクールのピアノ部門で第1位を獲得。1963年、ソ連を離れる。西側亡命後、現代最高のピアニストの一人として国際的に活躍する。
 1970年以降は指揮活動も行う。ロイヤル・フィルの音楽監督、ベルリン・ドイツ交響楽団の音楽監督、チェコ・フィルの首席指揮者を歴任。フィルハーモニア管弦楽団やクリーヴランド管弦楽団の首席客演指揮者も務めた。現在は、フィルハーモニア管弦楽団、及び、アイスランド交響楽団の桂冠指揮者の称号を持ち、ECユース・オーケストラの音楽監督を務める。
 2000年にNHK交響楽団の指揮台に初めて立ち、2004年、N響の音楽監督に就任。現在、N響とベートーヴェンやチャイコフスキーの交響曲の録音を進めている。レパートリーは、チャイコフスキーやショスタコーヴィチなどのロシア音楽、ベートーヴェンやR・シュトラウスなどのドイツ音楽、ドビュッシーやラヴェルなどのフランス音楽はもちろん、アイスランドの作曲家の作品に至るまで、きわめて広い。

(C) K.Miura
指揮: ウラディーミル・
アシュケナージ


エレーヌ・グリモー(ピアノ)

 1969年、南フランスのエクサン・プロヴァンス生まれ。7歳の頃に音楽教室でピアノの才能を見出され、ピエール・バルビゼに師事する。13歳でパリ国立高等音楽院に入学。ジャック・ルヴィエ、ジェルジ・シャンドール、レオン・フライシャーらに師事。国際的なピアニストとして活躍。15歳のときにデビュー・アルバムであるラフマニノフ作品集を録音して以来、数多くのディスクをリリースしている。近年では、クルト・ザンデルリンクとのブラームスのピアノ協奏曲第1番、ピエール・ブーレーズとのバルトークのピアノ協奏曲第3番、エサ=ペッカ・サロネンとシューマンのピアノ協奏曲などの録音が知られている。ウラディーミル・アシュケナージとはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番のCDがある。また、アシュケナージ&N響とは2004年10月に共演し、シューマンのピアノ協奏曲で絶賛を博した。
 プライベートでは、オオカミの保護活動に取り組み、99年にオオカミの保護施設「ニューヨーク・ウルフ・センター」を設立。自伝的エッセー「野生のしらべ」が出版され、話題となった。

(C) J Henry Fair/DG
ピアノ:エレーヌ・グリモー


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