組曲《惑星》は、20世紀前半にイギリスで活躍した作曲家、グスターヴ・ホルスト(1874〜1934)の代表作である。ホルストは、王立音楽院で学んだあと、1905年にセント・ポール女学校の音楽教師となり、以後、学校勤務のかたわら、作曲活動を続けた。その創作は主に週末や休暇を使って行われ、この《惑星》を作るにあたっては、土曜日ごとに学内の音楽室で同僚の手を借りた2台のピアノによる試奏が繰り返され、その後、フル・スコアが作成されたのであった。結局、組曲《惑星》の完成には約3年間もの年月が費やされた。
ホルストは、もともと、神秘的な ものを好んでいた。サンスクリット語を学んだり、インド古典文学を素材とするオペラも書いた。また《日本組曲》という作品も残している。占星術については、1913年頃に友人から話を聞き、星や天体について興味をもち始めたといわれている。1914年に第1曲「火星」を作曲したホルストは、1916年までに7つの惑星の音楽を書き、組曲《惑星》を完成させた。冥王星が入っていないのは、冥王星が当時まだ発見されていなかったのである(冥王星の発見は1930年)。人類が宇宙に飛び立つことなど考えられなかった時代にホルストは、占星術をヒントに、神秘的で鮮明
で独創的な音による宇宙を描き上げたのである。1918年9月29日にロンドンでボールト指揮ニュー・クイーンズ・ホール管弦楽団によって私的な初演(試演)が行われ、1920年11月15日にやはりロンドンでコーツ指揮ロンドン交響楽団によって初めて公開の全曲演奏がなされた。
《惑星》は、4管編成(ホルンは6本)に2台のハープ、チェレスタ、オルガンなどを含む大オーケストラを用い、第7曲「海王星」では女声コーラス(児童コーラス)まで使われる。その上、バス・フルート、バス・オーボエ、テノール・テューバなどの特殊楽器も用いられている。その音楽には、ドビュッシー、ストラヴィンスキー、シェーンベルクなどの同時代の作品の影響が感じられる。
第1曲: |
「火星」(戦争をもたらす者)。特徴的な5拍子のリズムの執拗な繰り返しによる威圧的な音楽。曲の冒頭、弦楽器パートは弓の木の部分を弦にぶつけるコル・レーニョ奏法を用いる。 |
第2曲: |
「金星」(平和をもたらす者)。「火星」とは対照的な穏やかな音楽。ホルンやフルートの柔らかな音にグロッケンシュピール(鉄琴)、チェレスタ、ハープ、独奏ヴァイオリンなどが加わり、まさに宇宙をイメージする響きが作り上げられる。「金星」は、英語で「ヴィーナス」であり、美と愛の女神でもある。 |
第3曲: |
「水星」(翼を持った者)。ユーモラスでスケルツォ的な性格をもった音楽。様々なリズムの工夫がなされている。オーケストラの音色も多彩。この曲でもチェレスタやハープが活躍する。 |
第4曲: |
「木星」(楽しさをもたらす者)。全曲中、最も有名な曲。明るく喜びに満ちた音楽。中間部の弦楽器とホルンの旋律がとても感動的である。平原綾香がヒットさせた「Jupiter」の旋律はこの中間部から取られている(「木星」は英語で「ジュピター」という)。 |
第5曲: |
「土星」(老年をもたらす者)。バス・フルート、バス・オーボエ、ファゴット、トロンボーン、チェロ、コントラバスなどの低音楽器が暗く重い雰囲気の音楽を作り上げる。中間部のベルの連打が印象的。老いは衰えや死を意識させる。 |
第6曲: |
「天王星」(魔術師)。スケルツォ的な性格を持った音楽。冒頭に金管楽器が謎めいた4つの音(音名でGSAHとなり、グスターヴ・ホルストの名前のアルファベットから採られている)を吹奏する。そのあとのファゴットのユーモラスなフレーズがデュカスの交響詩《魔法使いの弟子》(1897年)を連想させるのは、この曲が「魔術師」の副題を持つことと偶然の一致ではないだろう。ホルンの勇壮な旋律が楽しい。 |
第7曲: |
「海王星」(神秘主義者)。終始一貫、静かに演奏される神秘的な音楽。ゆっくりとした5拍子が採られている。後半に、舞台裏からヴォカリーズ(歌詞を持たない歌)による女声コーラス(児童コーラス)が聴こえてくる。チェレスタ、ハープ、コーラスによる響きはまさに天上の音楽だ。最後はコーラスだけが残り、同じフレーズを繰り返しながら、静かに消えていく。 |