指揮:秋山和慶
ヴァイオリン:佐藤俊介
[ニューイヤー・コンサート]
J.シュトラウス:喜歌劇「こうもり」序曲
パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第2番ロ短調op.7
サン=サーンス:交響曲第3番ハ短調「オルガン付き」op.78 |
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| 指揮:秋山和慶 |
ヴァイオリン:佐藤俊介 |
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| ※やむをえず出演者、曲目等が変更になる場合があります。予めご了承ください。 |
| 【曲目解説】山田治生 |
| N響オーチャード定期の“ニューイヤー・コンサート”は、ヨハン・シュトラウスの喜歌劇《こうもり》序曲で華々しく始まります。《こうもり》は、大晦日から元日にかけての物語なので、ドイツやオーストリアなどのドイツ語圏の歌劇場では年末年始に盛んに上演されています。序曲も人気が高く、元日恒例のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートでも何回も採り上げられてきました。次に新年にふさわしいとびきりフレッシュなヴァイオリニスト、佐藤俊介が登場します。日本に生まれ、アメリカで育ち、フランスで学ぶ彼は、10歳で名門フィラデルフィア管弦楽団と共演し、昨年、20歳を迎えたばかりの俊英です。パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番で華麗なテクニックを披露してくれることでしょう。そして最後に、サン=サーンスの名作、交響曲第3番《オルガン付き》が演奏されます。マエストロ秋山のタクトのもと、N響とオルガンとの壮麗な響きが新しい年のスタートを祝います。 |
| ◆ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇《こうもり》序曲 |
《こうもり》は、「美しき青きドナウ」や「皇帝円舞曲」などの数多くのウィンナ・ワルツで知られる“ワルツ王”ヨハン・シュトラウス(1825〜1899)の最も有名なオペレッタ(喜歌劇)である。オペレッタとは、19世紀半ばにオッフェンバックがパリで興し、ウィーンに入って、スッペがウィンナ・オペレッタを作り、ヨハン・シュトラウス2世が大ヒットさせた、喜劇的なセリフ付きのオペラのことをいう。《こうもり》の初演は1874年にウィーンのアン・デア・ウィーン劇場で行われた。ストーリーは以下の通り。アイゼンシュタインは、ファルケ博士の誘いでオルロフスキー公爵の夜会に出ることになる。夜会でアイゼンシュタインはハンガリーの貴婦人を口説こうとする。しかし、彼女は実はアイゼンシュタインの妻ロザリンデだった。結局、アイゼンシュタインは浮気が妻にばれてしまうが、それもこれも、かつてアイゼンシュタインにこうもり姿の仮装のまま酔いつぶれて置き去りにされたファルケの愉快な復讐であった。
序曲はオペラの聴きどころをつなぎ合わせた名曲でしばしば単独で演奏される。オーケストラの全奏で華やかに始まり、オーボエやヴァイオリンが優美な旋律を歌い出す。そして、(第2幕の真夜中を告げる)鐘の音が聴こえる。美しい旋律のあと、活発な舞踏会のワルツとなる。その後、一転してオーボエが物悲しい旋律(第1幕の「ロザリンデの嘆き」の旋律)を歌う。やがてそのメランコリーも去り、陽気なポルカやワルツとなり、華々しいエンディングとなる。 |
| ◆パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ロ短調 作品7 |
ヴァイオリン史上最高の名手といわれるパガニーニ(1782〜1840)。その魔術的な超絶技巧は、聴衆を熱狂させ、同時代の多くの音楽家に強い影響を与えた。若き日のリストは、パガニーニの生演奏から啓示を受け、「ピアノ界のパガニーニになりたい」と決意した。そんなヴァイオリンの名手は、自らの技巧を最も効果的に聴かせるために作品を書き、それをレパートリーとして持ち歩いた。しかし、その技巧の秘密を知られたくない思いから、自作の協奏曲では、オーケストラのパート譜を演奏会ごとに回収し、ソロ・パート譜は決して他人に見せなかったといわれている。したがって、パガニーニの作品は、生前、「24のカプリース」やヴァイオリン協奏曲第1番など数作品しか出版されなかった。現在、パガニーニのヴァイオリン協奏曲は6つ存在しているが、第4番や第6番(第0番)は20世紀になってからその楽譜が発見され、第5番や第6番(第0番)はオーケストラ譜がないため後世の者による管弦楽版が用いられている。第1番と第2番は昔からヴァイオリニストのレパートリーとなっていたが、第3番以降は長い間埋もれていて、それらが蘇演されたのは20世紀後半になってからであった。
パガニーニの生まれはイタリアのジェノヴァ。ヴァイオリンのヴィルトゥオーゾとして、ウィーン、ロンドン、パリ、ドイツなどを旅してまわり、一世を風靡したが、彼の作品にはオペラの国イタリアならではの美しいカンタービレを聴くことができる(ちなみにパガニーニのほぼ同時代人にロッシーニがいる)。
「ラ・カンパネッラ」の愛称で親しまれているヴァイオリン協奏曲第2番は、1826年に作曲され、翌年、フィレンツェのペルゴラ劇場で初演された。楽譜は、作曲者の死後、1851年になってから出版された。第3楽章の中間部での独奏ヴァイオリンのフラジオレットとオーケストラのトライアングル(あるいはグロッケンシュピール)との呼応から「ラ・カンパネッラ(鐘)」のニックネームが付けられたといわれているが、第3楽章のロンド主題は、リストが「パガニーニによる超絶技巧練習曲」の第3曲「ラ・カンパネッラ」に用いたことでも知られている。
| 第1楽章: |
アレグロ・マエストーソ。弦楽器の不気味なトレモロで始める。オーケストラの導入部のあと、独奏ヴァイオリンが入り、伸びやかに歌う(ロッシーニの歌劇《セビリアの理髪師》序曲の旋律に似た主題も現れる)。重音や弓の跳ねを利用した速いスタッカートなどの難技巧も披露。楽章の最後に置かれた佐藤俊介自身の創作よるカデンツァが聴きどころだ。 |
| 第2楽章: |
アダージョ。ホルンの伸びやかな吹奏で始まる。オーケストラによる導入部はいささか劇的だが、独奏ヴァイオリンが入ると歌謡的な緩徐楽章となる。佐藤俊介の歌心が堪能できることだろう。 |
| 第3楽章: |
ロンド、アンダンティーノ〜アレグレット・モデラート。有名な「ラ・カンパネッラ」の主題で始まる。トライアングル(あるいはグロッケンシュピール)が鈴の音のように響く。後半には、二重のフラジオレットや左手のピッツィカートなども加わり、曲芸的な超絶技巧の度合いを深めていく。 |
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| ◆サン=サーンス:交響曲第3番 ハ短調 作品78 《オルガン付き》 |
サン=サーンス(1835〜1921)は、2歳半でピアノを弾き、3歳で作曲を始め、10歳でリサイタルをひらくなど、神童として注目された。そして音楽だけでなく、6歳でラテン語を読み始め、天文学、考古学、占星術、魔術などにも興味を持つ、天才少年であった。彼は、フランスを代表する作曲家の一人として室内楽からオペラまで幅広いジャンルの作品を手掛け、若い頃は革新的な作曲家とみられていたが、86歳まで生きた後年には古典主義者、保守主義者とみなされるようになっていた(彼はいささか時代に取り残されてしまったのである)。サン=サーンスは、青年時代の習作を加えると少なくとも5曲以上の交響曲を作曲した。本日演奏される交響曲第3番は、1886年に書き上げられた彼の最後の交響曲であり、彼の交響曲のなかで唯一、オーケストラの通常のレパートリーとして生き残った。
交響曲第3番の最大の特徴は、もちろんオルガンが用いられていることである。サン=サーンスは1857年から1877年まで聖マドレーヌ教会オルガニストを務めるなど、オルガンの名手としても知られていた。交響曲第3番はロンドンのフィルハーモニック協会からの委嘱で作曲された。オルガンのほか、ピアノが入るなど、当時としては大きめの楽器編成が採られている。全曲は2楽章構成が採られているが、それぞれの楽章が2つの部分に分けられているので、全体を4つの楽章からなっていると見なすこともできる。楽章を越えた主題的な統一もこの交響曲の特徴となっている。1886年5月19日、ロンドンで作曲者自身の指揮によって初演された。
| 第1楽章: |
前半の「アダージョ〜アレグロ・モデラート」と後半の「ポコ・アダージョ」の2つの部分からなる。前半は、ゆっくりとした「アダージョ」の序奏のあと、目まぐるしく動く「アレグロ・モデラート」の主部となる。後半の「ポコ・アダージョ」はオルガンの和音に導かれて始まる。弦楽器が静かに感動的な旋律を歌い上げる。ピッツィカートによる中間部を経て、最後は弦楽器群が8パートに分かれる。 |
| 第2楽章: |
前半の「アレグロ・モデラート〜プレスト」と後半の「マエストーソ〜アレグロ」の2つの部分からなる。前半は、弦楽器(ヴァイオリンとヴィオラ)とティンパニとの力強い呼応で始まる「アレグロ・モデラート」とピアノも登場する軽快な「プレスト」とが交互に現る。第1楽章の主題が低弦で回想されたあと、オルガンの壮麗な和音によって後半の「マエストーソ」が始まる。オルガンと金管楽器の強奏のあと、弦楽器のフーガ的な展開を繰り広げる「アレグロ」に入る。最後は、オルガンや金管楽器の強奏に打楽器が加わり、華麗に全曲が締め括られる。 |
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