第29回 2004年4月29日(木・祝)15:30開演
今、一番聴いておくべき指揮者は広上淳一だろう。すべてのポストを離れて“充電生活”を送った後、現在、フリーとして活躍する広上の最近の充実ぶりには目を見張るものがある。特にN響とは素晴らしい相性を示している。2001年の「オーチャード定期」では絶妙なモーツァルトを披露。03年秋の定期演奏会に再登場し、04年の「オーチャード定期」ではドヴォルザークとチャイコフスキーの2大傑作を指揮する。広上の深い楽譜の読みと劇的な音楽づくりが、聴き慣れた名曲を新鮮に響かせることだろう。ドヴォルザークでは、有力コンクールに次々と入賞して国際的に注目されている、ドイツ生まれの石坂団十郎が日本のメジャー・デビューを果たす。
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ロ短調op.104
チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調op.64

指揮:広上淳一
チェロ:石坂団十郎
指揮:広上淳一 チェロ:石坂団十郎
【曲目解説】山田治生
 最近は1950年代後半から60年代生まれの日本人指揮者の活躍が目覚ましいですが、広上淳一さんは、大野和士さんや佐渡裕さんらととともその世代を代表する、世界的なマエストロです。広上さんとNHK交響楽団との関係は古く、初共演は85年でした。その後、91年、97年、2001年、2003年の定期公演に出演し、2001年9月のオーチャード定期も振るなど、近年、ますます、親密度を高めています(昨年11月のマーラーの「大地の歌」はドラマティックな名演でした)。今回はドヴォルザークのチェロ協奏曲とチャイコフスキーの交響曲第5番という超名曲プログラム。広上さんは、深い楽譜の読みによって、N響とともに聴き慣れた傑作を新鮮に響かせてくれるに違いありません。
 ドヴォルザークのチェロ協奏曲で独奏を務めるのは、ドイツに生まれ育ち、ドイツを代表する若手チェリストとして活躍している石坂団十郎さんです。既にバイエルン放送交響楽団ともドヴォルザークの協奏曲を弾いている石坂さんがN響との初共演でどんな演奏を聴かせてくれるか興味津々です。


◆チャイコフスキーとドヴォルザーク
 ピョートル・チャイコフスキー(1840〜1893)とアントニーン・ドヴォルザーク(1841〜1904)とは、わずか1歳違いの同年代人である。その上、チャイコフスキーはロシア、ドヴォルザークはチェコと、ともに東欧で活躍し、彼らは「国民楽派」(19世紀後半に盛んとなった民族主義的な音楽の思潮)を代表する作曲家と目されていた。
 そんな二人はお互いに尊敬し合い、直接に顔を合わせることもあった。1888年秋、交響曲第5番の初演を終えたばかりのチャイコフスキーはプラハを訪れた。同地でチャイコフスキーは自作のオペラ「エフゲニ・オネーギン」を指揮し、ドヴォルザークは大きな感銘を受けた。そしてドヴォルザークはチャイコフスキーを自宅に招き、二人は意気投合したという。数週間後、ドヴォルザークは「エフゲニ・オネーギン」で味わった感動を手紙にしたため、チャイコフスキーに送った。また、1890年3月には、チャイコフスキーがドヴォルザークをモスクワに招き、ドヴォルザークは同地で自作の交響曲第5番を指揮した。1891年にチャイコフスキーはニューヨークのカーネギーホールの指揮台に立ったが、ドヴォルザークがアメリカに滞在したのは92年から95年までであったので、これはニアミスに終わった。
 1893年のチャイコフスキーの死はドヴォルザークにショックを与え、94年にアメリカで作曲した「聖書の歌」にも影響を及ぼしているといわれている。そして、そのすぐ後に作曲されたのが、本日演奏されるチェロ協奏曲である。

◆ドヴォルザーク/チェロ協奏曲 ロ短調 作品104
 ドヴォルザークは、1891年春に、ニューヨークのナショナル音楽院の創設者であるジャネット・サーバーから、同音楽院の院長就任の要請を受けた。ドヴォルザークは、その招きに応じて、1892年にニューヨークに渡った。ナショナル音楽院は、当時として珍しい人種差別をしない進歩的な学校であった。ドヴォルザークはこの学校で多くの黒人の学生と知り合い、黒人霊歌や先住民の音楽に出会ったという。このことが、交響曲第9番「新世界より」、弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」、チェロ協奏曲など、彼のアメリカ時代の創作に大きな影響を与えた。
 チェロ協奏曲は、1894年11月から翌年の2月にかけて作曲された。この曲は、ドヴォルザークの望郷の念が生み出した傑作であると同時に、初恋の人であるコウニツ伯爵夫人ヨゼフィーナ(妻アンナの姉、つまり義姉)に対する思いも書き込まれている。ドヴォルザークは、この曲の第2楽章の草稿を書いていた頃に、ヨゼフィーナの重病を手紙で知った。彼は、そのことを念頭に置いて、ヨゼフィーナが気に入っていたドヴォルザークの歌曲「ひとりにして」の旋律を短調に変えて第2楽章の主題とした。ドヴォルザークは、1895年2月にチェロ協奏曲を完成させた後、4月にプラハに戻ったが、5月にヨゼフィーナが亡くなってしまった。ドヴォルザークは、急遽、第3楽章の終結部を書き替え、独奏ヴァイオリンに彼女が愛した歌曲「ひとりにして」に基づく旋律を長調のままで歌わせることにした。そして6月に現在演奏されている形のエンディングを完成させた。ブラームスも絶賛したこの名曲に、ドヴォルザークは個人的な思いをしっかりと書き込んでいたのであった。
 このチェロ協奏曲は、同郷のチェリスト、ハヌシュ・ヴィーハンの協力で作曲されたが、彼が改訂された新しいエンディングの変更と長いカデンツァを置くことを要求したなどの経緯から、結局、この作品は、1896年3月19日にロンドンで作曲者自身の指揮の下、イギリスのチェリスト、レオ・スターンによって初演された。
第1楽章:アレグロ。ソナタ形式。2本のクラリネットによる第1主題の提示で始まる。第2主題はホルンによって歌われる牧歌的な美しい旋律。そして、独奏チェロが登場し、第1主題を豪快に弾き、第2主題をゆったりと歌う。
チェロの超絶技巧とともに、旋律の美しさに魅了される。
第2楽章:アダージョ・マ・ノン・トロッポ。三部形式。抒情的で美しい緩徐楽章。クラリネットが優しい旋律を歌った後、独奏チェロがそれを受け継ぐ。中間部は非常に激しい音楽。オーケストラの全奏の後、独奏チェロが歌曲「ひとりにして」をト短調に転じた旋律を感動的に歌い始める。再びの全奏に続いて、今度はクラリネットとファゴットが「ひとりにして」に基づく旋律を静かに歌う。ホルンの3重奏で冒頭の旋律に戻り、独奏チェロが短いカデンツァを奏でると、フルートが美しく絡んでくる。最後は独奏チェロと木管楽器の静かな語らい。
第3楽章:アレグロ・モデラート。低弦の刻むリズムに乗って、ホルンがロンド主題を導く。そして、独奏チェロが完全な形でロンド主題を提示する。その後、クラリネットと独奏チェロが絡む抒情的な副主題、チェロが愛らしく歌う民謡的な副主題(この主題は独奏ヴァイオリンと独奏チェロのデュオにもなる)などが現れる。そして、コーダで、独奏ヴァイオリンが「ひとりにして」に基づく旋律を奏で、クラリネットやホルンが第1楽章を静かに回想する。
最後は、壮大なエンディングで結ばれる。

◆チャイコフスキー/交響曲第5番 ホ短調 作品64
 チャイコフスキーは、1888年の夏に一気に交響曲第5番を書き上げた。純器楽的な交響曲としては、1877年末に完成させた交響曲第4番以来、11年ぶりの新作であった(ただし、1885年に標題的な「マンフレッド交響曲」を書いている)。ちなみに最後の交響曲である交響曲第6番「悲愴」を完成させるのは、5年後の1893年のことである。

 交響曲第5番の一番の特徴は、第1楽章冒頭でクラリネットが提示する主題(しばしば「運命の主題」といわれる)が姿を変えながら各楽章に現れ、作品全体の統一感を生み出しているところにある。そして、全体は「暗から明へ」という構成をとっている。また、通常、交響曲では第3楽章を「スケルツォ」とすることが多いが、この交響曲では「スケルツォ」の代わりに「ワルツ」が採用されている。「花のワルツ」や「弦楽セレナード」の第2楽章など、ワルツの作曲を得意としたチャイコフスキーらしいアイデアといえる。1888年11月17日、ペテルブルクにおいて、作曲者自身の指揮によって初演された。
第1楽章:アンダンテ〜アレグロ・コン・アニマ。ソナタ形式。まず、クラリネットが「運命の主題」を提示する。序奏の後、アレグロの主部に入り、クラリネットとファゴットがリズミックで暗い第1主題を吹く。第2主題は、弦楽器が奏でる、シンコペーションのリズムによる優美なもの。
第2楽章:アンダンテ・カンタービレ、コン・アルクーナ・リチェンツァ(いくぶん自由に)。三部形式。まずホルンが哀愁を帯びた甘美な旋律を吹き、オーボエがそれに応えて新たな旋律を歌う。クラリネットの暗い旋律で中間部に入るが、トランペットなどが厳然と吹く「運命の主題」によって断ち切られる。その後、オーケストラ全体によって主部が再現され、大きなクライマックスを築いていくが、ここでも突然、トロンボーンなどが「運命の主題」を強奏する。
第3楽章:「ワルツ」、アレグロ・モデラート。優美なワルツ。中間部は弦楽器のスピッカートによる速い動きの音楽。最後に、クラリネットとファゴットが「運命の主題」をさりげなく吹く。
第4楽章:「フィナーレ」、アンダンテ・マエストーゾ〜アレグロ・ヴィヴァーチェ。ソナタ形式。序奏では長調に転じた「運命の主題」が弦楽器によって厳かに奏でられる。主部に入ると、弦楽器による荒々しい第1主題、木管楽器によって広々と歌われる第2主題、金管楽器による「運命の主題」などが、壮大なドラマを繰り広げていく。そしてコーダでは、長調に転じた「運命の主題」が勝利の喜びを表すかのようにオーケストラ全体で高らかに歌い上げられる。




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