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ストーリー

「どん底」
原作:マクシム・ゴーリキー 
上演台本・演出:
ケラリーノ・サンドロヴィッチ

2008年4月6日(日)―27日(日)
Bunkamuraシアターコクーン

演劇史上最も軽やか、だけではない『どん底』、誕生。

 昔の戯曲に現代風の笑いをプラスして上演するらしい、と認識していたら大間違いなので要注意。間もなく開幕する『どん底』は、笑いは当然あるが、演劇的に大きな意義も意味もある作品だ。上演台本と演出を手がけるケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA)は、開幕を目前に自信をのぞかせた。
「今回の戯曲の書き換え、結構、画期的なことだと思っているんです」

 社会主義リアリズムを誕生させたロシアの文豪ゴーリキーの代表作で、黒澤明が映画でリメイクするポテンシャルを持ちながら、最近ではほとんど上演されることのなくなっていた『どん底』。その理由は、これまではゴーリキーの政治思想に忠実な、つまり、とてもまじめで重いトーンで演出され、現代の日本人の感覚と距離を持つようになってきてしまったことが大きい。KERAは今回のコクーンでの上演に、多彩な人物が登場する群像劇として『どん底』をチョイスし、当初から現代の日本人にもしっくり来るテイストへのリライトを予定していたが、最終的には、せりふの増減といった表層のレベルではなく、戯曲の屋台骨を補強する根本的な手直しを行なった。そこに手応えを感じているのだ。

 「今の時代の観客が説教くさいと感じてしまうせりふは削ろう、というマイナスする作業は比較的簡単だったんです。代わりに笑いをプラスすることも、さほど苦労はしませんでした。でも書き直しを進めながら、それだけでは何かが決定的に足りないと感じていたんです。その何かが“関係性を結ぶ線”だと気付いたのは、作業を始めてしばらくしてから。ゴーリキーはおそらく、その人物がどんな思想を持っているかには興味があったけど、人物と人物の関係性にはあまり興味がなかったんじゃないかな」

 わかりやすい例え話もしてくれた。
「マーボー豆腐を食べている人がいるとしますよね。僕なら「それ、おいしいの?」「マーボー豆腐って言えばこの間さ」「だからそれ、おいしいの?」といった会話を重ねていって、ふたりの関係性を伝えていきます。でもゴーリキーは「私はマーボー豆腐を食べている」「私は野菜炒めが好きだ」って、各人の主張で終わってしまうんですよ。全然雰囲気が出ない例えで申し訳ないですけど(笑)」

 モノローグのようなせりふが並んでいるのを、そのシーンに出ている人物は変えずに、複数の人間が有機的につながっていく会話劇に。ストーリーは変えずに、登場人物全員が同じような濃さで観客の印象に残るように。全編でこの作業をしていくのが、想像以上に大変だったという。
「役名も立場も変えてしまった人もいるし、原作には登場しないオリジナルの登場人物もひとり書き加えてしまったけど、誰かひとりを思い出すと、続けて次々と別の人を思い出す作品になったと思います。登場人物のスピンオフ・ムービーをつくる気になったら、全員のができるくらいのふくらみは持たせてますよ。結果的にそれが、本来、ゴーリキーが目指していた方向とは逆になってしまったかもしれませんが、彼も“こういう時代にやるんだったら、それもありかもね”と納得してくれるんじゃないかな。僕自身はとても納得のいく作品ができました」

 登場人物全員を身近に感じ、ひとりひとりの“どん底”に触れられる、まったく新しい『どん底』が2008年の東京で生まれる。演劇史上最も軽やかな『どん底』を標榜していたKERAだが、それにプラスして、深く広い『どん底』が見られるはず。

演劇ライター/徳永京子

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