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宮下嘉彦(バリトン歌手)

“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、国際コンクールで受賞を重ね、オペラ界で熱い期待を浴びているバリトン歌手、宮下嘉彦さんをフィーチャーします。

バンドのヴォーカルが歌との出会い

昭和音楽大学首席卒業後、二期会オペラ研修所マスタークラスを最優秀の成績で修了。第16回アニタ・チェルクエッティ国際声楽コンクール3位、第60回日伊声楽コンコルソ1位および歌曲賞、第23回東京音楽コンクール声楽部門3位、第5回かわさき新人声楽コンクール1位および川崎市長賞など受賞多数……。輝かしい経歴を見ると、クラシック音楽のエリートコースを歩んできた音楽家のように見える宮下嘉彦さんですが、バリトン歌手になるまでの道のりはとてもユニーク。音楽との出会いからお話を聞きました。

「僕は先天性の小耳症で、右耳が聞こえません。でも、そのせいか、小さい頃から人一倍、音には敏感でした。1〜2歳の頃に見ていたCMやTV番組の曲を覚えていたり、まだ話せない年齢から言葉を言えたり。耳がいいというより、生活するために発達していったという感じでしょうね。僕自身、子ども時代はアニメや特撮の曲を聴くのが好きでしたし、母がピアノを弾けたりもしましたが、とくに音楽があふれている家庭というわけでもなかったです」

自分で音楽を演奏するようになったのは、中学2年生の頃。友人とバンドを組んだのがはじまりでした。

「親友がエレキギターにハマって、バンドがやりたいと言い出したので、友人たちとバンドを組みました。僕はドラムがやりたかったのですが、じゃんけんで負けてヴォーカルになってしまい……それが歌との出会いです(笑)。アニメソング、パンク、ハードロック、ヘビーメタルまで、ジャンル混ぜこぜでやってましたね。ロックは高い声で歌う曲が多いので、喉の発達していない子どもには大変で、練習の後は毎回、喉がしんどくなるんです。そこで『なにか対策しないとヤバいぞ』と思って、独学でボイストレーニングの勉強をするようになりました。古本屋さんで教則本を探したりして」

高校は、音楽科のある静岡県立浜松江之島高等学校に進学した宮下さんでしたが、クラシック音楽を学ぶきっかけも、バンド活動の延長線上にあったといいます。

「バンドをやって音楽が好きになって、もっと学びたいと思うようになったのですが、家の近くにはポップスを習えるようなところがなくて。ちょうど進路について迷っていた時期だったので、それならば音楽科のある高校に行けばいいじゃん! と。クラシック音楽についてはまったく知らない状態でした。そうしたら、当然のことながら受験直前に譜面を読まなきゃいけないという事態に直面しまして……。3ヶ月間に受験で歌う2曲のト音記号だけ読めるようにして、なんとか入ることができました」

同級生についていくのが必死だった高校時代

こうして音楽科で声楽の勉強をはじめたものの、学校のカリキュラムをこなすのに精一杯の日々。クラシック音楽を好きになる余裕もなく、ストレスからの逃避としてバンド活動にさらに熱が入る高校時代でした。

「門下になった先生はすごく合理的に教えてくださる方で、もともと僕はのめり込むと分析する癖がある人間なので、『この先生は正しいことを言っている』ということがわかって、すごく好きだったんです。なので、声楽の勉強は真面目にやっていたのですが、とにかく同級生についていくのに必死でした。『この子、ヘ音記号が書けないわよ!』と先生たちがざわついて、別室に連れて行かれて個人指導を受けたり(笑)」

それでも、音大に進学しようと思ったのはなぜだったのでしょう。

「当初、大学は音大ではなく、ギターを製作する専門学校に行こうとしていたんです。けれど高校3年生の中間試験のときに、非常勤で教えにいらしていた先生が『歌をやめるのはもったいないね』と言ってくださって。その先生は僕の歌を試験の数分間、数回しか聴いていないのに、そう感じられたなら、僕にも歌でやっていける見込みがあるんじゃないか。そう思ってから少し意識が変わりましたね」

昭和音大では井ノ上了吏先生のもとで研鑽を積み、卒業直前までバリトンではなくテノールだったというのも驚きです。

「高校の途中からテノールになり、大学でもずっとテノールでした。ところが、北イタリアのスキアヴォンという街にある昭和音大の研修所で、世界的テノールのウィリアム・マッテウッツィ先生にレッスンしていただいたとき、僕の第一声を聴くや『バリトンじゃない?』と言われて。それまではテノールとして、たとえば頑張って高い音を出すといったことなどが声楽の鍛錬であり肝だと思っていたのですが、自分の音域と全く同じか、それより低いことも多いバリトンではなにをどう頑張ったらいいのかわからなくて、最初は戸惑いました」

地の声に近いバリトンの魅力

現在では二期会を中心に日本のオペラ界を担うバリトンとして活躍中。そんな宮下さんに、バリトンならではの魅力を尋ねると、次のような答えが返ってきました。

「ソプラノからバスまでの声種のなかで、いちばん“地の声”に近いのがバリトンだと思うんです。普段の話し声に近い音域で歌うので、お客さんに言葉が届きやすい。だからこそヴェルディ・バリトンと言われるような、ドラマ性が重視されるジャンルが発達したのではないでしょうか。それと僕のようなテノールに音色の近いバリトンというのは、音域の面で自由度が高く、やりたい音楽表現をダイレクトにしやすい声種だと感じています」

11月のBunkamuraオフィシャルサプライヤースペシャル『未来の巨匠コンサート2026』では、そんなバリトンの魅力がたっぷり味わえる曲を披露します。

「マエストロ(沼尻竜典さん)から『あなたがいちばん輝ける曲を』と言われたので、重要なコンクールやコンサートで必ず歌っている『セビリアの理髪師』より〈私は街のなんでも屋〉を入れさせていただきました。僕がドニゼッティの作品でいちばん好きな『ドン・パスクワーレ』からはマラテスタのアリアや二重唱を歌いますが、この作品でドラマを動かす舵取りをしているのはバリトンのマラテスタなんですよね。『セビリアの理髪師』のフィガロもそうですが、バリトンにはこういった“回し役”が多いです」

最後に、宮下さんが音楽家として大切にしていることを聞きました。

「僕はイタリアものをよく歌うので、イタリアの様式感やイタリア語のディクションに対して、“美学”を持っていたいと思っています。ただ、それを“こだわり”にはしたくないんです。聴いてくださるお客さまがいらっしゃってこその芸術なので、ニッチすぎて届かないのでは意味がなくて。こだわりではなく、美学を持っている人になりたいと、いつも思っています」

取材・文:原典子
写真:大久保惠造


〈プロフィール〉

静岡県出身。昭和音楽大学首席卒業後、二期会オペラ研修所マスタークラスを最優秀の成績で修了。『椿姫』で東京二期会デビュー後、『コジ・ファン・トゥッテ』グリエルモ、『カルメン』モラレスなどで出演、25年スペイン・マエストランサ劇場『ドン・ジョヴァンニ』マゼットで欧州デビューを果たす。コンサートでは「第九」等で活躍。第16回アニタ・チェルクエッティ国際声楽コンクール3位をはじめ、第60回日伊声楽コンコルソ1位及び歌曲賞、第23回東京音楽コンクール声楽部門3位、第5回かわさき新人声楽コンクール1位及び川崎市長賞等多数受賞歴有り。今後は来年1月にドイツ・ハンブルク、エルプフィルハーモニーでの『午後の曳航』4号、5月には二期会『蝶々夫人』シャープレスも予定され、次世代を担うバリトンとして大きな期待が寄せられている。二期会会員。 X / Instagram


〈公演情報〉

Discover Future Stars
Bunkamuraオフィシャルサプライヤースペシャル
未来の巨匠コンサート2026

2026/11/3(火・祝)
Bunkamuraオーチャードホール

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