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第13回「す」

クラシック音楽、演劇、アートなどには独特の専門用語が使われていて、知っておくと文化芸術をもっと楽しめるようになるものがたくさんあります。そうした用語の数々を、誰かに話したくなるようなトリビアを交えて解説する「Bunka Dictionary Bunka辞典」。第13回は「す」です。

【スウィング】Swing/演劇・ミュージカル/英語

演劇やミュージカルなどの舞台では、出演予定の俳優に体調不良やケガなど不慮の事態が生じても即座に代役を務められるよう、公演期間中に劇場で常に待機している俳優がいます。そうした人を「スウィング」と呼びます。同じような存在として「アンダースタディ」もいますが、アンダースタディがプリンシパル(主役または準主役)など特定の役を対象とするのに対し、スウィングはプリンシパルだけでなくアンサンブル(脇役)もカバーします。

スウィングは多い場合だと10人前後もの役を対象とし、もちろん全員分の台詞・歌・ダンス・立ち位置などを覚えておく必要があります。その成果を披露することなく公演が終了するケースも少なくありませんが、舞台を止めないためには欠かすことのできない重要な存在です。海外では『ウエスト・サイド・ストーリー』のアリアナ・デボーズなどスウィングの経験を通じて鍛えられトップへ駆け上がった俳優も少なくありません。日本でもコロナ禍をきっかけにスウィングの存在が広く知られるようになりました。

【スフマート】Sfumato/アート/イタリア語

「スフマート」とは、イタリア語で「煙のような」「ぼんやりとした」という意味を持つ美術用語。人や物体など対象物の輪郭線を“煙のように”ぼかす絵画技法のことを指します。透明になるほど薄く溶いた絵具を何層にも塗り重ねることによって、色の境界線が曖昧になるとともに微妙な陰影を生み出します。

スフマートはルネサンス期の画家レオナルド・ダ・ヴィンチが確立したとされています。ダ・ヴィンチはくっきりとした線による輪郭を用いず、対象物と背景との境界線をぼかすことで、より自然な描写を追求したのです。その代表例が《モナ・リザ》。顔の輪郭や口元にスフマートが用いられ、人物に神秘的で柔らかな印象を与えています。

【ズボン役】ずぼんやく/オペラ/日本語

オペラでは女性歌手が男性の衣装を身につけ、男性の役を演じることがあります。その際にズボンをはくことが多いことから「ズボン役」と呼ばれ、主にソプラノやメゾソプラノの歌手が務めます。

かつてオペラではイタリアを中心にカストラート(去勢によって高音域を保った男性歌手)が活躍していましたが、18世紀から19世紀にかけてその存在が衰退すると、それまでカストラートが演じていた高音域の男性役を女性歌手が担当するようになったのがズボン役の始まりとされています。ズボン役は、女性が男性を演じているという視覚的な効果に加え、通常なら男性が低音で歌うパートを女性が高音で歌うことによって、役に中性的なイメージを与えることができます。その代表例として、モーツァルト作曲『フィガロの結婚』のケルビーノ、フンパーディング作曲『ヘンゼルとグレーテル』のヘンゼルなどが挙げられます。

【摺り足】すりあし/能楽・歌舞伎/日本語

能楽や歌舞伎などの伝統芸能においては、足を大きく上げてドタドタと歩かず、足裏を床に沿わせるように滑らせて移動する「摺り足」という足の運び方が基本です。能楽では摺り足を用いた移動を「ハコビ(運び)」と呼びます。

摺り足のルーツは古代中国の道教で用いられた「禹歩(うほ)」という呪術的な歩き方にあるとされ、日本でも敵に気配を悟られない移動術として武士が身につけ、室町時代の能楽の成立期に基本動作として取り入れられたと考えられています。重心の位置を一定に保ちながら音を立てず摺り足で進むことによって動作を美しく見せるとともに、重心の置き方や動きの速さを変えることでさまざまな役柄を表します。稽古で培われた美しいハコビで役者が橋掛りや舞台で演じる姿にぜひご注目ください。