市川團子(歌舞伎俳優)
THEATER MILANO-Zaでの歌舞伎町大歌舞伎『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』に、父・市川中車さんと共に出演する市川團子さん。十三役もの早替りに挑戦します。近年は『ヤマトタケル』や『義経千本桜』の「川連法眼館」通称「四の切」など、澤瀉屋(おもだかや)の家の芸にも果敢に挑み、注目度はますます上がっています。今年は大河ドラマにも出演する團子さんの歌舞伎への想いや大切にしていることをうかがいました。
祖父が出演している歌舞伎の映像が日常の風景だった
團子さんの祖父は三代目市川猿之助さんで、幼い頃から祖父の出演した歌舞伎のビデオを見てきました。父である中車さんが日常的にビデオを流していたそうです。
「歌舞伎に興味を持ったのは、祖父のビデオでした。『ヤマトタケル』や『義経千本桜』の「四の切」などを見て、宙乗りや立廻りをカッコいいなと子供心にも思いました。初舞台を踏ませていただく前に、父と見た『三人吉三』も三人の見得が決まるところのかっこよさが印象に残っています。歌舞伎役者になることについては、あまり迷いはありませんでした。祖父に憧れていたので、あのかっこいい舞台が、自分にもできるなら嬉しいし、やりたいと思いました。不安よりも好きとか憧れの感情に助けられましたね」
初舞台は8歳。スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』のワカタケル役で「とにかく楽しかったこと」を覚えていると言います。その後も、大変だけど楽しいが勝っていましたが、不安になったのは思春期の頃。
「歌舞伎座での『東海道中膝栗毛』シリーズで、5作出させていただきましたが、3作目か4作目くらいから、舞台に対する自我というのか、自分は今、どう見られているのかとか、自分がとっている形はきれいだろうかという気持ちが芽生えて、恥ずかしいとか悔しいとか不安が出てきました。1,2作目はそんなことはなかった。ちょうど成長期で毎年、身長が伸びて自分の身体の操り方がわからなくなって、不安だったのだと思います。でも、宙乗りも早替りも初めてさせていただいたのが『東海道中膝栗毛』で、本当に多くのことを学ばせていただきました」
不安を乗り越えるには、やはり稽古、稽古、稽古でした。
「大きな学びとなったのは、『連獅子』の仔獅子です。2022年の1月の歌舞伎座でした。お稽古したら、お稽古しないよりは立ち向かえると実感しました。仔獅子の役は若手の登竜門と言われますが、本当に学ぶことがとても多いんです」

「歌舞伎は難しくてお話がわからないと思われるお客様がいらっしゃいましたら、ぜひ観劇前にストーリーを知ってから観るということを体験していただきたいです。歌舞伎はネタバレをしても楽しむことのできる演劇です。筋書を読んでいただいたり、イヤホンガイドを聞いていただけたら嬉しいです」
落ち込む時はとことん落ち込むけれど、逆境には立ち向かう
まだ22歳になったばかりで、学ぶことはとても多そうです。
「役によって、いろいろな先輩方に教えてもらいますが、毎回、数えきれないくらい学びがあります。その作品に関することはもちろん、普遍的に通じるような台詞の基礎なども教えていただいています。その積み重ねを大前提として、祖父が残した芸談も大切な教えです。祖父は歌舞伎について書いた本を数冊出版していて、そのほかにも、『おもだか』というファンクラブの会報誌にも芸談がたくさん載っていて。その中で、ここを気を付けていると書いてあると、実際に、そのビデオを見てみます。すると芸談を読まないと気づくことのできないような細かい工夫に気づくことができるんです。読む前とは、180度見え方が変わり、発見があって、すごく嬉しいです」
三代目猿之助さんは、すでに1960年代から映像を残していました。ビデオ製作には相当な費用がかかる時代に自前で手配して撮影し、その数は千本以上。
「資料があるって、本当に全然違います。映像などの情報が大切になった現代を見越しているかのようで、祖父の先見の明は凄まじいです」

これまでに壁を感じることはあっても、そこで諦めることは全くありませんでした。それはどうやら澤瀉屋の家風でもあるようで。
「落ち込みがどん底まで行くと、やるしかないという思考になります。逆境に対する「やってやる」みたいな感情になるんです。澤瀉屋はよく反骨の精神と言われますが、祖父も高祖父も新しいことをやった人でした。それが自分の祖父であり、曽祖父であるというのも嬉しいですし、モチベーションになります。結構、ロールモデルを追いかけてモチベーションが出ることが多いですね。自分の一番好きなロールモデルを、身近で知れる環境があるのは、本当にありがたい」
猫の怪、宙乗り、早替り、視覚の楽しみも満載、南北の傑作に挑戦
歌舞伎界の新たなホープとして期待が集まる中、5月は『獨道中五十三驛』に出演。作者は『四谷怪談』などの四世鶴屋南北で、1827年に初演されました。その後、上演が途絶えていたのを、三代目猿之助が1981年に復活上演した演目です。澤瀉屋の中でも人気の高い演目で「三代目猿之助四十八撰」にも選ばれています。今回は、化け猫で知られる「岡崎無量寺の場」と大詰の変化舞踊「写書東驛道(うつしがきあずまのうまやじ)」を上演、また、声優たちによる「こえかぶ」とのコラボレーションでもあります。中車さんは「岡崎無量寺」で化け猫を、またTHEATER MILANO-Za初の宙乗りを勤め、團子さんは、大詰めで十三役もの早替りを勤めます。
「身に余る大役ですが、祖父が復活させた演目に出演できるのは本当にありがたく、嬉しいです。実は、南北の初演では、物語は京都三条大橋から箱根までしか描かれていなかったのですが、祖父が復活上演に際して、その先の小田原から日本橋までを舞踊で創作しました。「お染久松」の舞踊をベースに十三役、早替りをします。十三役には元の作品があって、役があるので、それをしっかり学ぶことから稽古をしたいと思っています。早替りは普通、女方から立役、または、その逆が多いのですが、今回は女方から女方と、女方の早替りが連続する難しいところもあります。ただでさえ役の経験数が少ない中で、十三役を演じ分けさせていただくので、それぞれの役がしっかりと変わって見えるように、心して臨みたいと思います。宙乗りもありますし、視覚的にも楽しくて、最後はスカッとできると思います」

「こだわっているのは鼻うがいを必ずすること。先輩に教えていただいたのですが、今では楽屋に入って手を洗い、鼻うがいをするのがルーティンです。鼻が通るというか、するとしないとではセリフの声の出しやすさが大違いです。」
初役での活躍が楽しみな團子さんは、これからの歌舞伎を担う人。
「歌舞伎が発展することに貢献したいとずっと思っています。歌舞伎が日本中、世界中で流行るというのが、僕の夢なので。それには、とにかく全力を尽くして一つ、一つ、丁寧にしっかりとやることが大事だと思っています」
※「澤瀉屋」の「瀉」のつくりは、正しくは“わかんむり”
取材・文:沢美也子

〈プロフィール〉
2004年1月16日生まれ。市川中車の長男。祖父は二世市川猿翁。 2012年6月・7月新橋演舞場スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』のワカタケルで、五代目市川團子を名のり初舞台。
2024年に新橋演舞場、御園座、大阪松竹座、博多座の四劇場でスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』にてヤマトタケルを務めた。
近年は『新・三国志 関羽篇』関平、『天守物語』姫川図書之助、『火の鳥』ウミヒコ、『義経千本桜』佐藤忠信実は源九郎狐を勤めるなど、今後一層の飛躍が期待される。

〈公演情報〉
歌舞伎町大歌舞伎 三代猿之助四十八撰の内
『獨道中五十三驛』
2026/5/3(日・祝)~5/26(火)
会場:THEATER MILANO-Za (東急歌舞伎町タワー6階)
