わたしたちが北欧のデザインに魅せられる理由
「技術」と「社会美」の交わるところ
Marimekko、Iittala、Louis Poulsenなど多くの人を魅了する北欧デザイン。12月2日からヒカリエホールで開催する家具デザインの巨匠、ハンス・ウェグナーの大回顧展を前に、 幅広い世代から愛されている北欧デザインについて「美意識」、「自然とのつながり」、「生活者の視点/人中心の考え方」、などを柱にその魅力の源について考えてみたいと思います。
北欧デザインのイノベーション 伝統と新時代の融合
高緯度に位置し、一年を通じて日照時間が極端で寒く暗い冬の時間が長い北欧の環境。北欧デザインは、このようなときに過酷な環境の中で、ヴァイキング時代(8~11世紀)の造船などの高い技術を育み、長らく手工芸の伝統と技術を発展させてきました。その伝統といくつかの新しい近代思想が結合し、デザインのイノベーションが生まれました。「北欧デザイン革命」の前夜は19世紀後半に見られます。技術面では、産業革命以降、科学技術の発展や科学を基盤にした量産やマネージメントなどの新しい方法論も注目される時代に入っていきます。そして、20世紀、いよいよ「モダンな世紀」に突入し北欧デザインは黄金時代を迎え国内外で大きな成功を収めていきます。北欧社会では新しい技術に関心を示しつつ、技術一辺倒ではなく、個人や社会を中心にした良いデザインを生み出していきました。
Bunkamuraザ・ミュージアムでは、これまでにもフィンランドを代表するライフスタイルブランド、イッタラの日本初の大規模巡回展『イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき』や『ザ・フィンランドデザイン展』を開催し、北欧デザインの魅力を伝えてきました。
すべての人のための美と社会美が埋め込まれた北欧デザイン
その背景として、19世紀後半の北欧デザインが開花する土壌に注目してみましょう。科学技術の発展のほか、啓蒙思想、アーツアンドクラフツ運動、労働運動、国民運動、国民高等学校運動が社会に根付いていった時期でした。「市民」や「国民」の概念が定着し、すべての人のための教育や社会という考え方が広まっていきます。機械化に抵抗しながら、芸術と暮らし・自然の融合を深めようという動きも生まれました。また、新しく生まれた労働者の権利を守る運動も活発化していきます。北欧社会では、農民や労働者を含めた「すべての人」のための社会を構築しようという合意が徐々に得られていきます。ある近代美術史家の方が、北欧デザインは「北欧の福祉や社会政策の考えを形にしたものですね」とおっしゃられ、その考え方にハッとさせられました。福祉社会、デザインは繋がっている、まさしくその通りだと思います。19世紀後半を象徴する思想家として、スウェーデンのエレン・ケイ(1849-1926)が想起されます。児童教育やフェミニズムの分野で知られるエレン・ケイはデザインの分野でも大きな影響を与えた人物で、19世紀末にイギリスのアーツアンドクラフツ運動、デンマークの国民高等学校運動の影響を受けて富裕層に限らず「すべての人のための美」を提唱しました(エレン・ケイ『美しさをすべての人に』池上貴之訳、Konst、2025)。自然や暮らしの「美」の感覚とモノの機能や目的を見極めることが重要だと説きました。また、美が個や社会に良い影響を与えるという「社会美」という考え方も示しました。

「美しくていねいに暮らす」喜びとヒントに溢れた、織田憲嗣先生の邸宅。
人と生活に寄りそう職人ハンス・ウェグナー
今回、ヒカリエホールで開催される展示の中心となるハンス・ウェグナー(1914-2007)にも「社会美」を強く感じます。
ウェグナーは木材などの素材を大切にし、生活者のための椅子を多く作ったことで知られます。10代から家具作りを始めすでに高い技術を持っており、1930年代に首都コペンハーゲンに出て高等教育機関で19世紀後半から20世紀前半にかけて発展した「デザインの理念」をしっかり学び、以降目覚ましい活躍をしていきました。技術に新しい知識が加わりそれが見事に昇華されたといえます。北欧諸国で普及した、生活者の連帯の仕組みである協同組合とも強い関りを持っていました。家具が嗜好品ではなく生活必需品として捉えられているのが特徴的です。多くの人が手に入れられる価格で良いものを提供するという考え方はまさしく19世紀以降に積み重ねられてきたものと合致します。職人気質のウェグナーは、モノづくりの哲学をしっかり持ち、センスを磨き、今でも私たちを魅了し続ける家具を数多く世に送り出しました。デザイナーのエゴではなく、人に寄り添った心地よさをウェグナーの作品から感じ取ることができます。強い情熱を持って、人のため、暮らしの椅子を作り、個人を、社会を豊かにしてきた人物といえるでしょう。

世界の宝、日本の宝、織田コレクションが教えてくれること
アジア最大ともいえる北欧デザインのコレクションを築き上げた東海大学名誉教授の織田憲嗣先生も北欧家具や日用品に魅せられ、「丁寧な暮らし」の重要性を広められてきた一人です。織田先生のご自宅を訪問するたびに、自然と建物と内装と人間の有機的な繋がりと豊かさ、潤いに驚かされます。家具は見るもの、飾るものではなくて、適切に使うものなのだと腑に落ちました。おのおのの審美眼を育てることの重要性も感じられます。

織田憲嗣
椅子研究家・東海大学名誉教授。1946年高知県生まれ。高島屋宣伝部に勤務する傍ら、椅子の収集活動を開始。以降半世紀以上にわたり近代家具、特に20世紀の北欧家具を研究・収集し、日用品として実際に使用することを基本理念としながら活動を続けている。
北欧家具やデザインの発展は近現代社会の形成と密接な関りがあります。自然との関係が深く(つまり、自然と暮らしが断絶しておらず)、技術力があり、美意識・社会をよくする意識が埋め込まれ、美意識の中に機能性の追求や使いやすさという視点が含まれている―ここに時に無意識に北欧デザインに惹かれている理由が見いだせるのではないでしょうか。人が人らしく生活を営み、豊かな日常、豊かな社会の原動力になる、そんな北欧デザインに私たちは惹かれ続けているのだと思います。
文:柴山由理子

〈展覧会情報〉
織田コレクション ハンス・ウェグナー展
至高のクラフツマンシップ
2025/12/2(火)~2026/1/18(日)
休館日:12/9(火)、1/1(木・祝)
ヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)
