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オーチャードホールの未来を語る――芸術監督・熊川哲也インタビュー

Kバレエ トウキョウの創設者にして、Bunkamuraオーチャードホール芸術監督。“劇場は絶対的に非日常の場所でなくてはならない”と語る熊川哲也は、再開後のオーチャードホールにどんな未来を見据えているのか。自身の歩みとホールの記憶をたどりながら、「アーティストにとってのオーチャード」の本質と、次の世代へ受け継ぐべきものを聞いた。

出会いが連鎖する劇場
1998年に『Made in LONDON ’98』でオーチャードホールの舞台に立ったことが熊川とオーチャードホールとの強固な歴史の始まりだった。『Made in LONDON』は、1996年からスタートした自身のプロデュースによる公演で、自らの爆発的な人気はもちろん、当時誰も想像し得なかった斬新な公演構成で即日満席御礼の伝説的公演。最初の2年間は他の劇場で開催していたが、「熊川さんほどの方は、オーチャードホールで公演するといいですね」という周囲の声に、「世界のオペラハウスで踊っている自分にそこまでいう劇場とは?」とその名前が深く刻まれ、興味を抱いたと振り返る。
オーチャードの舞台に初登場してから半年もたたない翌1999年、「オーチャードホール10周年ガラ」でローラン・プティが熊川のために振り付けた新作『ボレロ』を披露(同年の「東急ジルベスターコンサート」でも上演)。熊川とオーチャードが、“劇場を使うアーティストのひとり“という存在を超えた関係になるのに時間はかからなかった。
このプティとの邂逅は熊川自身のキャリアにとっても大きな転機となった。その後に熊川はジュネーヴにプティを訪ね、Kバレエでの『カルメン』上演の話が決まったという。作品と人が交差し、次の制作へ結節していく“場”。熊川にとって、オーチャードは常に“次”を連れてくる劇場だった。



アーティストにとってのオーチャード――“さらけ出せる”舞台
熊川が強調するのは、舞台側から感じる独特の“気持ちよさ”だ。縦に長い奥行きのある客席配置はダンサーのスケール感を素直に伝え、舞台上の集中を促す。さらにステージが客席より高く、視線がすっと抜ける。「舞台上から観客の視線や左右の客席装飾が過度に目に入らないから、自分の表現に集中できる」。結果として、「技の誇示よりも表現そのものに没頭できる。舞台に立つ側からすると、“さらけ出せる”ハコなんです」と熊川は説明する。
近年では、演出・振付家として客席から舞台を観ることも増えているが、オーチャードホールで初演された作品を他の劇場で上演すると、印象が大きく変わることがあるという。
「オーチャードホールは、客席から舞台までの視界に無駄な要素がない。現実世界の要素が目に入らないということは、時代を超えた世界を繰り広げる古典芸術にはプラスでしかないんです」と語る。アーティストにとっての価値は機構の優劣だけではなく、舞台と客席が同じ呼吸を共有できることなのだろう。




劇場が非日常な空間であり続けるために――
オーチャードホール芸術監督就任(2012)の背景には、劇場の“気骨”への信頼がある。
「芸術監督就任のお話は田中珍彦さんが社長の時期にいただきました。芸術への情熱と信念にあふれた方で、渋谷に文化をつくるという気概を感じました。それは今でも変わらず、芸術を愛するスタッフが支えていると感じます。」
就任直後から掲げたのは「劇場は非日常の場所であるべき」ということ。もちろん、観客を非日常に誘うのは、劇場空間と舞台上の作品が高次元に融合した瞬間だ。
熊川には「新作はオーチャードホールで初演したい」という強い想いがあるという。実際、芸術監督就任記念作品の『シンデレラ』(2012)、翌年の『ラ・バヤデール』(2013)、『カルメン』(2014)、『クレオパトラ』(2017)、『新版・眠れる森の美女』(2023)など、新作のほとんどをオーチャードホールで初演してきた。
実は、今年7月に上演した「25th Anniversary Gala」も、実は当初は別の劇場で予定されていたという。しかし熊川の「節目の公演は、25周年の歴史をともに歩んだオーチャードホールでなくてはならない」という想いは断固としたものだった、というエピソードも。

そんな熊川は、新たな作品を初めて観るという体験以上に「非日常」なものはないということを確信しているのだろう。Kバレエ公演にとどまらず、Bunkamuraの周年事業においても、「25周年記念公演」で、自ら初めて踊るレパートリーとなるプティ振付『アルルの女』を初演したほか、「30周年記念公演」では『カルミナ・ブラーナ』をフランチャイズ・オーケストラの東京フィルハーモニー交響楽団の共演で初演するなど、つねに新作で劇場を非日常に彩ってきた。




再開後のオーチャードに望むこと
渋谷の街が大きく変わる今、熊川が見据えるのは「格式と開放性の両立」だ。ハイカルチャーの品格を保ちつつ、世界に向けて発信できるソフトを計画的に育てる。「ラインナップの審美眼を厳しく保ちながら、若い才能が挑戦し、やがて戻ってこられる“里”でありたい」。そのために10〜15年先を見据えた育成の回路を、若手公演や教育プログラムの継続で設計していく。これまでも、「オーチャード・バレエ・ガラ」(2015,2018,2019,2020)において、世界中で活躍する日本人のダンサーを紹介する公演と、世界中のバレエ学校を一同に集結させる公演というふたつのコンセプトで企画を展開してきた熊川だが、その想いの延長ともいえるのが、とりわけ、再開業後の循環を見据えて構想した2025年10月12日(日)にBunkamuraオーチャードホールで上演する《YGPオーチャード・ガラ “Stars of Today Meet the Stars of Tomorrow”》。世界の主力バレエ学校の選抜生と、第一線のダンサーが同じ夜に立ち合うことで、若手がオーチャードで初めて大舞台を経験し、数年後に成熟して戻ってくる道筋を劇場自ら設計する。「今日」と「明日」を一つの舞台で結ぶ仕掛けそのものが、オーチャードらしい育成の考え方だ。


結び――“オーチャードらしさ”を未来へ
「僕にとってオーチャードは、帰る場所であり、攻める場所です。ここでは作品の核がまっすぐ客席に届く。その確かさを支えに、新作を生み、若い才能に場数を踏ませ、成熟してまたここに戻る道筋を用意する。再開後のオーチャードでも、その循環をいっそう確かなものにします。舞台と客席が時間を重ねるほど、劇場の色は深まっていく。オーチャードの次のチャプターにおいても、その信念は変わりません。」(熊川)

取材・構成:Bunkamura高野


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