尾上眞秀(歌舞伎俳優)
“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術にかける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。日本とフランスの文化に親しみ、日本語、フランス語、英語の3ヶ国語を話す尾上眞秀さんが選んだ道は、歌舞伎俳優。4歳から歌舞伎の舞台に立ち続ける眞秀さんに歌舞伎の魅力を伺いました。
いつもワクワクした気持ちで舞台へ
物心つく前から家では歌舞伎の映像を見て育った眞秀さん。それというのも、母方の祖父は、江戸歌舞伎の大名跡を継ぐ七代目尾上菊五郎丈で、祖父の舞台に影響を受けた眞秀さんも大の「歌舞伎好き」の少年だったからです。ある時、祖父から「舞台に出てみるか?」と聞かれて、「うん!」と即答したそうです。初お目見得は、2017年5月歌舞伎座での團菊祭。祖父が主役を勤める『魚屋宗五郎』に本名で出演し、酒屋の丁稚を勤めました。それから毎年、歌舞伎の舞台に子役で出演するなか、2023年5月歌舞伎座の團菊祭『音菊眞秀若武者(おとにきくまことのわかむしゃ)』で初代尾上眞秀を名のって初舞台。10歳で本格的に歌舞伎俳優としてスタートを切りました。
「尾上眞秀を名のった初舞台は、初めての主役にワクワクして、楽しんで舞台を勤めようと思いました。舞台も楽しいですが、楽屋では先輩たちや裏方さんなどたくさんの人たちと関われるから嬉しいです。大道具さんの仕事を見ているのも好きで、出番より早く楽屋入りして、舞台裏を見学していました。」

2025年5月の歌舞伎座「團菊祭」では、従兄弟の六代目尾上菊之助の襲名披露を祝して、『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』「稲瀬川勢揃い」の場の白浪五人男を同世代で演じました。南郷力丸役の眞秀さんは、祖父の七代目菊五郎に七五調の台詞術をみてもらいましたが、「何度も繰り返しの稽古で、いつも優しいひーま(祖父のこと)がとても怖かったです(笑)」と。ですが、その稽古の甲斐あって「本番の舞台での長台詞は、途中で息ができなくなる時もあって焦りましたが、やりきりました」と、舞台でのハプニングも乗り越える力がついてきました。
眞秀さんにとって、歌舞伎座はお芝居にまつわるものなら何でも揃うワンダーランドのような場所。時間があれば、お弟子さんたちの楽屋に遊びに行き、小道具の使い方を教えてもらったり、「とんぼ道場」(立廻りの宙返りを練習する場所)の砂場では、とんぼ反りの稽古をしながら、同世代の役者たちと一緒に遊んでいるそうです。
そんな眞秀さんに歌舞伎の魅力を尋ねると、「立廻りなど激しい動きがある一方で、男性が女性の役を演じる華やかな女方があるところが面白い」と答えてくれました。「どんな舞台でも楽しくて仕方がない」と瞳を輝かせて語る眞秀さんですが、初めて「舞台を降りよう」と思った時のことも話してくれました。
『連獅子』がターニングポイント
それは2024年の夏に行われた尾上右近さんの自主公演「研の會」でのこと。歌舞伎舞踊の大作『連獅子』で、右近さんの親獅子の精に対して、眞秀さんが仔獅子の精を初役で勤めることになりました。
作品の前半は踊りの振りも細かく、後半は獅子頭を被って毛振りをしますが、それも初体験。稽古では、思い通りに踊れず、獅子頭も重く、長い毛をうまく回すことができません。ついに稽古場で悔しさから泣いてしまった眞秀さんは、こんな状態では本番を迎えることができないと思い、右近さんに「やめたい」と言いました。すると、右近さんは「やめてもいいんだけど、本当はやり遂げたいんでしょう?だったら一緒に頑張ろう!」と言ってくれたそうです。その右近さんの言葉に励まされ、再び気持ちを入れ直した眞秀さんは、無事に本番を踊りきることができました。

研の會『連獅子』(2024年) より
「とっても大変だったけど、大変すぎて大変さを忘れるぐらい。身体は、へとへとだったけど、充実していました!」と振り返りました。これまで「楽しい!楽しい!」とだけ思っていた歌舞伎で、初めて壁に突き当たった眞秀さんですが、『連獅子』をやり遂げたことが大きな自信にもなりました。少し真面目な表情で「『連獅子』で変わったと思います。そして、もう一度『連獅子』を踊りたい」と力強く語りました。

初めて体力の限界まで挑んだのが『連獅子』。「『連獅子』は、ザ・激しい!という舞台。激しい踊りも好きだけど、艶やかな舞踊も好き。(曽祖父の)梅幸おじいちゃんの『藤娘』が可愛らしいし、玉三郎さんの美しい女方舞踊にも憧れます」
ダンス作品に初挑戦―新しい感覚を研ぎ澄ませて―
今年の12月には、K-BALLET Opto『踊る。遠野物語』に出演します。これまでテレビや映画などの映像出演はありますが、歌舞伎以外の舞台は初めて。Kバレエのダンサーや舞踏の人たちが出演するダンス作品に抜擢されました。
初めて顔合わせをした時は、「舞踏の人たちや演出の森山開次さんがちょっと怖かった」と素直な印象を話す眞秀さんですが、稽古が進むなかで、メンバーとも馴染んできて、いまは新しい感覚を研ぎ澄ませて挑んでいるとのこと。眞秀さんの役の少年Kは、あの世とこの世を行き来する設定ですが、「すごい能力をもっている少年。やったことがない役柄なので、イメージは難しいですが、稽古を重ねながら少年Kの役柄を掴んでいきたいです」と真摯に語りました。また、ダンスについては、「歌舞伎舞踊は型があるけれど、ダンスはとくに決まっているわけではないので、戸惑うところもありますが、逆にそれが新鮮で刺激を受けています」と話してくれました。

舞台で演出を受けるのも初めての経験。「演出家の森山さんが振りや動きを一から考えなければいけないのが大変なお仕事だと思いました。歌舞伎舞踊は、型があるから自由にはできない難しさがあり、ダンスは、身体全部を用いて自由に表現しなければいけないのが難しいです」と、それぞれの難しさの違いを話してくれました。
将来は、尊敬する祖父の当たり役の弁天小僧菊之助を勤めるのが夢だと語る眞秀さん。また、しなやかな動作に興味があるので、女方舞踊の『藤娘』や『京鹿子娘道成寺』を踊りたいそうです。「身体表現である舞踊は、海外の人たちにも伝わりやすいと思うので、いつかフランスでも公演をしたい」とのこと。今回のダンス作品での挑戦は、眞秀さんの新たな可能性を開花させ、必ずや未来の夢へと繋がっていくのでしょう。
取材・文:田中綾乃

〈プロフィール〉
歌舞伎俳優。東京都生まれ。
2012年9月11日、女優・寺島しのぶとフランス人クリエイティブディレクターのローラン・グナシアの長男として生まれる。祖父は人間国宝七代目尾上菊五郎。
17年5月歌舞伎座『魚屋宗五郎』の酒屋丁稚与吉で初お目見得。23年 團菊祭五月大歌舞伎 「音菊眞秀若武者」で初代尾上眞秀として初舞台、以降数々の歌舞伎作品に出演。
またドラマ、映画と歌舞伎以外の仕事にも意欲的に挑戦し、25年11月には映画『港のひかり』公開予定。
Instagram @maholoonoe

〈公演情報〉
Orchardシリーズ
K-BALLET Opto『踊る。遠野物語』
In association with PwC Japanグループ
2025/12/26(金)~2025/12/28(日)
東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)