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20世紀音楽を切り拓いた作曲家ラヴェルが追求した音の世界とは?

2025年はフランス近代音楽を代表する作曲家ラヴェルの生誕150年というアニバーサリー・イヤー。11月3日にオーチャードホールで開催する『Pianos' Conversation 2025』でもラヴェルのピアノ曲を中心にプログラムを構成しています。ラヴェルの代表曲といえば『ボレロ』を真っ先に思い浮かべる方が多いと思いますが、実は『ボレロ』以外にも数多くの名曲を残しているのです。そんなラヴェルの作曲家としての特徴と魅力に迫ります。

フランス独自の印象主義音楽とは?

ラヴェルが生まれる前の19世紀前半フランスは、当時ヨーロッパに広まっていたロマン派音楽が盛んで、『幻想交響曲』で知られるベルリオーズが活躍していた時期。その一方、当時のフランス芸術界はオペラやバレエの発展に力を入れていて、クラシック音楽の作曲家たちはドイツ音楽を模範として創作していました。そんな中、1871年にプロイセン(後のドイツ帝国)との戦争に敗北したことをきっかけにフランスでドイツへの対抗意識が高まり、同年にサン=サーンスを中心に国民音楽協会が発足。そこからフランス独自の音楽文化が意識されるようになり、フランス音楽界に大きなうねりが起きていったのです。
そして、絵画の世界に印象主義という新たな芸術運動が生まれた19世紀末、フランスで印象主義音楽という新しい傾向の音楽が誕生します。モネやセザンヌら印象主義の画家たちが輪郭を意識せず風景の中の光や空気を描こうとしたように、作曲家たちも光と影の常に変化する効果を表現しようとしました。そうした傾向を持つ代表的な作曲家としてドビュッシーと並び立つ存在だったのがラヴェルなのです。

ラヴェルの音楽は透明感と緻密さが魅力

では、ラヴェルは印象主義音楽の特徴を持つ楽曲においてどのような音の響きを実現したのでしょうか? ドビュッシーが繊細な音色の変化によって気分や雰囲気を表現し、色彩豊かな音の世界を創造したのに対して、ラヴェルはドビュッシーよりもさらに透明感のある音色を追求。水を音で表現するという前衛的なピアノ曲『水の戯れ』を弱冠26歳で完成させ、作曲家としての個性をたちまち確立。その後も『スペイン狂詩曲』(『Pianos' Conversation 2025』で演奏)『鏡』『夜のガスパール』などピアノ曲の傑作を多く発表したのです。
一方、ラヴェルは「管弦楽の魔術師」と呼ばれるほどオーケストレーション(オーケストラ楽器を用いた編曲技術)に長けていて、管弦楽の名曲も残しています。その代表格が『ボレロ』です。2つの主題をリズムもテンポも変えることなく延々と繰り返すというシンプルな構成でありながら、小節ごとに奏でる楽器を変えたり、徐々に音のボリュームを上げていくなど緻密な計算で構成。発表当時はあまりの斬新さに賛否両論が起きましたが、今ではクラシック音楽を代表するスタンダードとして親しまれています。また、ムソルグスキーのピアノ曲を管弦楽に編曲した『展覧会の絵』も、さまざまな楽器の特徴を生かしながら端正かつ色彩豊かな音色を組み立てていて、ラヴェルのオーケストレーションが光っています。
このようなラヴェルの作品に見られる特徴は、彼の生い立ちや性格が大きく影響しています。発明家の父の元で育ったラヴェルは音楽以外に機械工学にも興味を持ち、機械的な動きや構造に強い関心を寄せていました。それが『ボレロ』に象徴されるリズムの機械的な反復だったり、情感的な要素を抑えて精密さを重視する理知的な音楽として結実したのです。

(左)クロード・ドビュッシー(1908年)撮影:アトリエ・ナダール/(右)モーリス・ラヴェル(1928年)出典:フランス国立図書館

印象主義音楽の始まりは、ドビュッシーが1894年に作曲した管弦楽曲『牧神の午後への前奏曲』とされています。ラヴェルはドビュッシーが確立した技法を受け継ぎ、それまでの伝統的な音楽とは異なる新たな響きを備えた作品を次々と生み出していったのです。

ジャズで結ばれたラヴェルとガーシュウィンの交流

また、ラヴェルは20世紀初頭にアメリカから広まったジャズに強い関心を抱いていました。パリのナイトクラブに通ってはジャズの響きを楽しみ、自らも『左手のためのピアノ協奏曲』や『ピアノ協奏曲』などジャズの影響を受けた作品を残しています。1928年に行ったアメリカ演奏旅行では、『ラプソディ・イン・ブルー』などでクラシックとジャズの融合を果たした作曲家ガーシュウィンと出会い、彼の音楽に魅了されて親交を深めました。一方、ガーシュウィンはクラシック作曲家として成長するためラヴェルに弟子入りを志願したそうですが、ガーシュウィンならではの旋律の自発性が失われることを懸念したラヴェルが断ったといわれています。
繊細かつ緻密でありながら色彩豊か──。そんな独自の音楽の世界観を築いたラヴェルの魅力を、生誕150年を迎えたラヴェルを中心としたフランス・プログラムで構成する『Pianos' Conversation 2025』でぜひ体感してみてください。

ラヴェルの誕生日パーティー(1928年、ニューヨーク市)右端がジョージ・ガーシュウィン、中央に座っているのがラヴェル

ジャズを好むラヴェルはクラシックとジャズの融合を図るガーシュウィンに強い関心を抱き、晩年のアメリカ演奏旅行で親交を深めました。その際、ガーシュウィンから弟子入りを志願されますが「なぜ君はすでに一流のガーシュウィンであるのに、二流のラヴェルになろうというのだ?」と言って断ったそうです。

文:上村真徹


〈公演情報〉

『Pianos' Conversation 2025』

2025/11/3(月・祝)15:00開演
Bunkamuraオーチャードホール

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