
鈴鹿央士
“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術にかける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。デビュー作の映画で数々の新人賞を獲得し、その後も若手実力俳優として躍進を続ける鈴鹿央士さんにお話を伺いました。涼やかな微笑みの奥に秘めた、表現への熱き思いとは…。
いい作品にするために
皆が力を合わせる
現場の熱気に惹かれて
“彗星のように現れた”という表現がピッタリな鈴鹿央士さん。高校生の時、自身の学校で行われた映画の撮影にエキストラとして参加し、出演していた俳優の広瀬すずさんに見出されてスカウトされたことは今や周知のエピソードです。エキストラ参加の動機は「芸能人が見たい、といった単なる好奇心でした」。思いがけず拓けた芸能界への道も「とりあえず試してみよう」と気負いなく第一歩を踏み出すと、すぐさま映画のオーディションに合格。若き音楽家たちの成長と葛藤を描いた青春映画『蜜蜂と遠雷』(2019年)で天才ピアニストを演じ、その透明感あふれるたたずまいと鮮烈な表現に高い評価が集まりました。
「オーディションに受かってすぐにピアノのレッスンが始まって、撮影に入りました。その現場が凄く楽しかったんです。一つの作品をいいものにしようと皆が集まっている、こんな素敵な人たちがいるんだな!と。その時に、この仕事を続けたい…と思ったから今がある、そんなふうに感じます」
「メンタル弱めです」とご自身を分析。「打たれ弱いくせに負けず嫌いなんです。頑固で面倒臭いんです(笑)」動物に例えると……「ハムスターみたいな感じですね。ヒョコヒョコ動いているけど、ちょっと指を出したら前歯で噛んでくる、そんなイメージです」
デビュー作で幾多の新人賞を手にした時の心境は「嬉しいと同時に、これからこれから!という感覚でいました」。慢心することなく、自身の立ち位置を冷静に見つめます。
「監督さんや助監督さん、カメラマンさん、ピアノの先生も二人いてくださって……、いろんな方の力によって生まれた作品で、たまたま僕が新人賞をいただけた。じゃあ次は自分の力で……と思ったりもしましたが、今思うと、俳優って自分一人では何も出来ない職業だなと。撮っていただき、照明を当てていただけるからその場に立てる。多くのことに気づけた新人賞でした」
順風満帆な俳優人生のスタート…と思いきや、2作目の映画『決算!忠臣蔵』で監督から受けたのは「下手くそ!」という喝。「そう言われて一気に身が引き締まった」と振り返ります。
「最初の作品ではひたすら楽しいな〜と、ファ〜っとした気持ちでやっていたので(笑)、この世界はやっぱり厳しいんだ!と思い知らされたように感じました。それからは毎作品、もっとこうすればよかったな、とか反省点が出て来て、なかなか自分の表現に納得がいかない。でもすべてに納得出来てしまったら、もう俳優の仕事はやっていないのかもしれませんね」
譲れないものは?の質問では、じっくりと時間をかけて考えた後に「自分の時間」というお答えが。「この一回の人生を生きているんだぞ、というのは譲れない。自分の人生は大切にしたいです」
芝居をやればやるほど
人間と向き合い
どんどん好きになってゆく
謙虚に自らを省みながら作品と出会い、経験を重ねるなかで、鈴鹿さんに新たな“初体験”が巡って来ました。10月の舞台『リア王』でエドガー役を担い、念願の初舞台を踏むことに。初挑戦にしてシェイクスピア戯曲、演出はイギリス人演出家のフィリップ・ブリーンさん、出演陣はリア王役の大竹しのぶさんを始め、宮沢りえさんなど錚々たる顔触れです。演劇ファンが大注目する華々しい舞台、その贅沢なチャンスを前に「自分でもチャレンジャーだなと思います」と笑みがこぼれました。
「事務所の先輩方の舞台を観に行く度に、いつか自分もやってみたいなとふんわり思っていたのですが、いざ決まると凄く緊張します(笑)。でも人生一回切りの初舞台で、こんなに素晴らしい先輩方と同じ舞台に立てるなんて本当に運がいいな、幸せ者だなと思います。台本を何度も繰り返し稽古して、作品を深く掘っていく、その作業を毎日出来ることがとても楽しみです。人間の闇が滲み出るような悲劇の物語において、僕が演じるエドガーは家族の信頼、忠義心といったものを見失わず、前を向いて生きていく希望のような人。自分を成長させてくれる役だと思うので、稽古でもっと理解を深めて、観てくださる方に光を与えられるような表現ができればと思っています」
昨年はロンドンを訪れ、シェイクスピア劇を鑑賞し、演出のフィリップさんにもお会いしてお話されたとか。終始和やかで慎ましい語り口のなかで、「僕、人との出会い運は人一倍強いと思っているんです」の一言に、揺るぎない自信が覗きました。映画での新人賞、そして初舞台と、唯一のタイミングを輝かしく掴み取って来た実績に納得するばかり。それでも驕ることなく自身の表現を探究し続け、自然体の努力と向上心を糧にさらなる飛躍の舞台『リア王』へと向かいます。
「お芝居をする中で、この人はなぜこうなったんだろう?と役について深く探っていくことは、つまりは人間と向き合っているということですよね。やればやるほど人間に興味を持つようになりました。俳優というのは人と向き合う仕事で、人間愛がとても大切なのかなと。また新しい自分とも出会える、そんな感覚があります。役でその人の人生を体験出来る、それはとても貴重なことで、そこから得られるものも多いなと。ただ、表現についてはまだ分からないですね。自分がこう表したいと思うことを、それを見た人がどう受け止めてくれるのか、そのバランスが難しい。まだまだこれから!です」
『リア王』に向けて始めたボイストレーニングで、鈴鹿さん自身が選んだ練習曲は、河島英五さんの『時代遅れ』。「この歌が好きなんです。河島英五さんのような力強い声を出すことが、喉の筋肉を動かす練習になるので」。ご自身のイメージとのギャップに驚く意外な選曲で、どんなふうに歌われるのか気になります!
取材・文:上野紀子

〈プロフィール〉
2016年にスカウトされたことをきっかけに18年より芸能活動を開始。同年秋に第33回『MEN'S NON-NO』専属モデルオーディションでグランプリを受賞しモデル活動を始める。19年に映画『蜜蜂と遠雷』で俳優デビューを果たすと、第44回報知映画賞、第43回日本アカデミー賞など計5つの映画賞で新人賞を受賞。ドラマでは『ホリミヤ』(21・MBS)で初主演を務め、『ドラゴン桜 第2シリーズ』(21・TBS)や『silent』(22・CX)などの話題作に多数出演する、今最も注目を集める若手俳優の1人。今作が初の舞台出演となる。近年の主な出演作に【映画】『ChaO』(8.15公開予定・声の出演)、『花まんま』(25)、『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』(25・声の出演)、『PLAY! ~勝つとか負けるとかは、どーでもよくて~』(24)、【ドラマ】『嘘解きレトリック』(24・CX)、『闇バイト家族』(24・TX)、『ゆりあ先生の赤い糸』(23・EX)などがある。
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〈公演情報〉

Bunkamura Production 2025
DISCOVER WORLD THEATRE vol.15
『リア王』
NINAGAWA MEMORIAL
2025/10/9(木)~11/3(月・祝)
THEATER MILANO-Za (東急歌舞伎町タワー6階)