
鳥羽咲音(チェリスト)
“文化の継承者”として次世代を担う気鋭のアーティストたちが登場し、それぞれの文化芸術に掛ける情熱や未来について語る「Bunka Baton」。今回は、国内外で熱い注目を集める20歳のチェリスト、鳥羽咲音さんをクローズアップします。
心臓の近くにある楽器から出る振動
2005年、音楽家の両親のもとウィーンで生まれた鳥羽咲音さん。5歳で日本に帰国し、6歳からチェロをはじめ、現在はベルリン芸術⼤学で研鑽を積んでいます。小さな頃からオペラやバレエが大好きだった彼女がチェロと出会ったのも、バレエを観に行ったときでした。
「休憩時間にオーケストラピットを見に行って、いろいろな楽器があるなかで、なぜかチェロにひと目惚れしました。ヴァイオリンやヴィオラの人数に比べてチェロが少なかったので、“もしかしてチェロなら目立てるかも?!”と子ども心に思ったというのもあります(笑)。母がピアニストで、父がヴァイオリニストなので、家族でピアノ・トリオが組めたらいいなとも思いました」
チェロをはじめてから2022年にベルリンに留学するまで、ずっと毛利伯郎氏に師事してきた鳥羽さんは、あたたかい指導のもと、チェロへの愛を深めてきました。
「レッスンに行って、先生に練習の成果を聴いていただくのがいつも楽しみでしたね。中学に入ってからは、1年に10回のコンクールを毎年受けていました。とにかく受けられるものはすべて受けていこうと。1回のコンクールにつき予選から本選まで何度も選考があるので大変でしたが、経験を積み重ねていくうちに、舞台で演奏できる楽しさがどんどん芽生えていきました。お客さまからフィードバックをいただけるようになってからは、すごくうれしかったです。
チェロは座って弾くときに、心臓の近くに楽器がきますよね。鳴らしたときに楽器から出てくる振動が身体に伝わってくる感覚を、最近とくによく感じるようになりました。自分が表現したいものが、振動を通じて音として伝わっていくイメージを描けるようになったというのでしょうか」
ベルリン芸術⼤学で師事しているイェンス=ペーター・マインツ氏との出会いも、鳥羽さんの情熱が引き寄せたものでした。
「2015年のチャイコフスキー国際コンクールで優勝したアンドレイ・イオニーツァさんと、2019年のミュンヘン国際音楽コンクールで優勝した佐藤晴真さん、おふたりの演奏を聴いて自分にピンとくるものがありました。テクニックがすごいのはもちろんのこと、隅々に至るまでアイデアに富んだ演奏だなと。こういった発想は一体どこからくるのだろうと思っていたら、おふたりともマインツ先生に習っているということを知ったんです」
2025年2月7日(金)ベルリン芸術大学大ホールにて、シューマンの交響曲3番やドビュッシーの海などを演奏。大学のオーケストラのチェロセクションと。
ベルリンでも日本食は欠かさず毎日
9月の『Bunkamura オフィシャルサプライヤースペシャル 未来の巨匠コンサート2025』では、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番を演奏します。この作品を選んだ理由については、次のように語ってくださいました。
「ドヴォルザークのチェロ協奏曲や、チャイコフスキーのロココの主題による変奏曲を弾かせていただく機会が多いので、今回はまったく違う雰囲気の作品を演奏したいと思いました。子どもの頃から、ミッシャ・マイスキーさんがこの作品を髪を振り乱しながら演奏する姿を見て、カッコいいなあと憧れていたんです。
この作品はスターリンの死後の“雪解け”の時代に書かれたものですが、それでもなおソ連の政治的背景の重苦しさや、それに対するショスタコーヴィチの心情が滲み出ているように感じます。解釈は人それぞれあると思いますが、私が20年生きてきたことのなかから引き出せる感情を込めて演奏したいです」
指揮:大友直人 管弦楽:京都市交響楽団
2025年4月13日 京都コンサートホール
演奏する姿も話ぶりも、20歳とは思えないほど落ち着いている鳥羽さんですが、音楽家として大切にしていることは?
「昨年、ザルツブルクでリッカルド・ムーティさんにお会いする機会があり、若いアーティストにいつもおっしゃっていることとして、“Be prepared at all times.”という言葉をかけていただきました。たとえば2日後にドヴォルザークの協奏曲を弾いてと言われても、“はい”と答えられるように、つねに準備ができている状態にしておきなさいということです。この言葉は、音楽家としてだけでなく人間としても、生きていくうえでとても重要なことではないでしょうか」
そのためにはメンタルを安定させておくことが必要だと語る鳥羽さんに、心身のコンディションを保つ秘訣を教えていただきました。
「もちろん規則正しい生活は大切ですし、食べるものはとくに重要です。私はベルリンにいても、日本食を必ず毎日食べるようにしています。たとえば、朝にごはん、味噌汁、ひじきや切り干し大根といったおかずをしっかりいただくことで心身が落ち着いて、一日の良いスタートを切ることができます。
それから、自然に触れることも心がけています。昨年、ザルツブルクで父と一緒にハイキングに行ったのですが、その経験が自分に大きな影響を与えていて。歩きはじめて1〜2キロはきれいな景色を見ながら気持ちよく進んで行きますが、3キロ、4キロ、5キロと進むにつれて景色もかわりばえしなくなり、薄暗い山道を歩きながら、本当にこのルートは合っているのだろうか? 一体自分はどこに向かっているのだろう? と不安になってきます。けれど、ぱっと頂上に出た途端、まわりに素晴らしく壮大な景色が広がって、それまでの疲れが吹き飛びました。そのとき感じたのは、これは人生と同じなんだということ。これまでの努力は報われると思うと、自分で自分のことを信じる力が湧いてくるのです」
最後に、どんな音楽家を目指したいかという問いには、次のような答えが返ってきました。
「今、私がいちばん目指しているのは、人の心に残るような、忘れられない一音を追求していくことです。そのために、マインツ先生のもとでしっかり勉強して、前進し続けられる音楽家でいたいと思います」
指揮:沖澤のどか 管弦楽:オーケストラ・アンサンブル金沢
2025年3月10日 アクトシティ浜松
文:原典子

<プロフィール>
2005年、音楽家の両親のもと、ウィーンで生まれる。6歳から毛利伯郎に師事。桐朋学園大学ソリスト・ディプロマコースを経て、2022年からベルリン芸術大学でイェンス=ペーター・マインツに師事。これまでに読売日本交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、群馬交響楽団、京都市交響楽団、広島交響楽団、ウィーン室内管弦楽団などと共演。使用楽器はアンネ=ゾフィー・ムター財団より貸与された1840年製のジャン=バティスト・ヴィヨーム。公益財団法人江副記念リクルート財団第50回(2021年)奨学生および、公益財団法人ロームミュージックファンデーション21、22年度奨学生。
Instagram @sakura.cello

〈公演情報〉
Bunkamuraオフィシャルサプライヤースペシャル
未来の巨匠コンサート2025
Discover Future Stars
2025/9/7(日)
Bunkamuraオーチャードホール
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